ある鎮守府のエンゲル係数   作:ねこまんま提督

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アメリ艦と居酒屋『鳳翔』

今年は本当に気温の乱高下が激しい。

 

先週、初夏並みの陽射しが射し、気温も25℃に届きそうになったかと思えば、今週は冷たい雨が降り始め、今朝は1℃まで冷え込んだ。

 

例年より早くほころび始めた桜も、寒さに震えて縮こまるかのように、花弁の開きを遅らせている。

 

そんな中、艦娘寮の各部屋には艦娘たちの衣類が溢れていた。

春物の衣類を引っ張り出したものの、冬物がまだまだ手放せないのだ。

 

この艦娘寮はもとが温泉旅館であるため、ただでさえ収納には苦労する。

 

特に、アイオワ、サラトガ、イントレピッド、ガンビア・ベイの四人部屋(10畳の本間に2人掛けのテーブルが置ける広縁を備えただけの、シンプルな梅の部屋)。

 

もともと私物の多いアメリカ艦娘のアイオワとサラトガが住んでいた二人部屋に、急に新人空母が二人も転がり込んだため、手狭感が尋常でない。

 

クローゼットや押し入れに収まらなかった制服やジャージ、作業着、ミニスカポリスやバドガールのコスプレ(ナニに使うんですかねえ)が板の間に張ったロープにハンガーで吊るされ、それでも足りずにコタツの周りにも私服が散乱している。

 

現在、寮では増築工事がすすんでおり、広い松の部屋が完成次第に引っ越し予定でいるが……工事は遅れている上、完成前に新しいアメリカの駆逐艦娘が来るのではないかという噂がある。

 

四人でコタツに入り、甘夏みかんを食べながらの雑談タイム。

全員、いまだに仕舞えない冬用の綿入り袢纏を羽織っている。

 

「ZUIUN-FESTIVAL? What is it?」

 

増築工事が遅れている原因についてサラトガから聞かされた、イントレピッドとガンビア・ベイが首を傾げている。

 

「Don’t think... feel!」

 

瑞雲祭りが何なのか、言葉で説明しても疑問符が増えるだけ。

昨年の祭りの体験者であるアイオワとサラトガは、あえて多くは語らない。

 

そして……。

まるで古刹の山門のように風雅な寮の正門前に、日向の発注した2018年瑞雲法被と瑞雲modeジャージ(全員分)を積んだ、ヤ○ト運輸のトラックが今まさに到着しようとしていた。

 

また鎮守府に衣類が増えます。

 

 

夕刻、アメリカ艦娘たちは温泉に入って羽を伸ばした後、浴衣に袢纏姿で、鳳翔さんの居酒屋へと気晴らしにやってきた。

 

せっかく春の訪れに合わせ、瀟洒(しょうしゃ)な麻生地の白暖簾に掛け換えたばかりなのに、気候が冬に逆戻りしてしまいガッカリした鳳翔さん。

 

お客様には、せめて気持ちだけでも春本番を感じてもらおうと、店の入り口の横に信楽焼の鉢を置き、会津から取り寄せた花つきのいい桜を一枝挿してある。

 

「Oh, beautiful!」

 

そんな心配りに喜び、はしゃぐアメリ艦たち。

 

「いらっしゃいませ。カウンターの方がよろしいですよね?」

「はい、おしぼりです。本日も、お疲れ様でした」

 

暖簾をくぐると本日のバイト艦、瑞穂と春風が優しい笑顔で席へと案内し、温かく良い匂いのするおしぼりを手渡してくれる。

 

と同時に、シュンと清潔な白木のカウンターに、人数分の箸と醤油皿をスッと置いていくのも忘れない。

 

匂い立つように華やかだが、豪奢ではなく。

凛と清廉な空気が漂うが、堅苦しくはなく。

 

「いらっしゃいませ。まずは梅酒と、鯛の煮こごりをどうぞ」

 

カウンターの向こうから鳳翔さんがアメリ艦たちに声をかけ、人数分のリキュールグラスと、ガラスの小皿を用意する。

 

甘く薫る琥珀色の梅酒。

同じく琥珀色の煮こごりと、散らされた葉ネギの緑。

 

梅酒のさわやかな甘みと、煮こごりにされた鯛の凝縮した甘み。

肩肘を張らずにすむ、春の木漏れ日のような穏やかで温もりのある接客。

 

食前酒とお通しを楽しむアイオワたちに、鳳翔さんが今日はどんなものを食べたいか尋ねると……。

 

「春らしいもの」とのこと。

 

 

それならまず、と鳳翔さんが出したのは、若竹椀。

筍とわかめの春の出会いが、上品な味わいをもたらす。

 

最初に合わせる日本酒は、静岡の『開運』の冷や。

クセがなく、すっきりした味わいで海外艦にも飲みやすい。

 

逆に刺身は、少しクセのある光物を味わってもらおうと……。

半透明の身が美しく盛られた、サヨリの姿造り。

 

敷波が釣ってきてくれたアイナメがあったのでブツ切りにして、新ごぼうとともに煮付けにする。

北の海で育った締まった身に、甘辛い汁がしっかりと染み込む。

 

柔らかくて、皮ごと食べられる新じゃが芋は、串に刺してバター焼きに。

ほっくり熱々、大地の恵みが詰まった味。

 

そして、もっともお酒がすすむのは、春野菜の天ぷら。

 

ふきのとう、独活(うど)、菜の花、つくし、矢生姜、青紫蘇。

力強い野の草の生命力、その歯応えやえぐみを楽しむ、日本の食文化。

 

「Oh,Japanese WABI & SABI!」

 

菜種油とコーン油に、少量の胡麻油をブレンドした、すっきりした揚げ油に、薄い衣。

あくまでも素材の持ち味を活かし、抹茶塩でいただく。

 

合わせるのは、福井の『(ぼん)』の純米大吟醸を、ぬる燗で。

 

『梵』には、政府専用機の機内酒にも採用されている『日本の翼』などもあり、すっきりとした飲み味としっかりした旨味を基礎として、華やかな香り、ほどよい甘味、さっぱりした酸味……様々な日本酒の魅力となる諸要素が、高い水準でバランスよくまとまっている。

 

それでいて特別に高価でもなく、贅沢ではあるが、自然と手を出せる価格。

大吟醸だから冷やで、なんていう古臭い固定観念にはとらわれず、少し温度を上げてあげると、この地力のしっかりした酒は本領を発揮する。

 

 

途中に自慢の漬物を挟んで、口をさっぱりさせたら、天ぷらの第二段。

海老、穴子、イカ、なす、かぼちゃ。

 

今度は大根おろしを添えた、濃い口のつゆで。

揚げ油も、先ほどより胡麻油の割合を増やして香り高く、衣も少し厚めにしてある。

 

油の爆ぜる音をBGMに、宮城の『浦霞(うらがすみ)』を、ひと肌燗で提供していく。

少し甘めでしっかりした味わいが、濃厚な天ぷらをどっしりと受け止める。

 

おしゃべりに花が咲き、気持ちよく酔いが回った頃、〆に桜海老と新玉ねぎでかき揚げを。

 

「天茶漬けにしましょうか」

 

こまやかな心遣い。

濃いめのお茶と、わさびの爽やかさが、油のくどさをまったく感じさせない。

 

「OMOTENASI……Hyuga said,It's the ZUIUN spirits.」

「Yes,Now I see.」

 

アメリ艦たちを喜ばせながら、居酒屋『鳳翔』の夜は更けていくのだった。


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