平安時代のイケメン歌人・
まったく、桜という花は日本人にとっては特別な存在で、我々の心を騒ぎ立ててくれる。
つぼみが開くのは今日か明日かと、そわそわし。
満開はまだか、雨で散ってしまわぬかと、やきもきし。
卯月も半ばとなり、やっと艦娘寮の庭の桜も花盛りとなった。
待ちに待ったお花見です。
もとは温泉旅館だった艦娘寮、野趣溢れる草木が生い茂る日本庭園の池の端に、しだれ桜の老木が枝を垂らしている。
その老木の周りが定番のお花見会場。
巡洋艦娘たちが連携してブルーシートと断熱シートを一面に敷き詰め、駆逐艦娘たちがミニテーブルや座布団、ブランケットを持ち込んでいく。
提督が執務中のストレス解消に作っていた、段ボール紙を再利用した使い捨て座布団も、各所に置かれている。
「日向、次はガラスケースを付けるから手伝って」
「分かった。滑り止めの軍手をした方がいいな」
提督が準備を見回っていると、伊勢と日向がプロの
今年の目玉は、伊勢が豪快な藁焼きを実演する「鰹のタタキ」。
空洞のある乾燥した藁は、瞬時に超高温に燃え上がり、鰹の表面だけを炙るのに適している。
パリッと香り高く炙られた皮と、新鮮モッチリな身のコントラストを、たっぷりの薬味を載せて、土佐から取り寄せたポン酢ダレか天日塩でいただく。
昨年は火災防止のために企画段階でボツになったが、明石が耐火ガラスの囲いがついた調理台を作成してくれたので実現した。
「山城、これはどこにつなげばいいのかしら?」
「こっちです、姉様」
その横のテントでは、扶桑と山城が数台のビールサーバーを運び込み、ビア樽やガスボンベを装着しようとしている。
大和と武蔵が次々に運び込んでくる、瓶ビールのケースや焼酎の入った箱の数も相当だ。
「もう、みんなお酒のことしか考えないんだから。長門、生クリームはそんなに力任せに混ぜないで!」
可愛らしくピンクに飾られた陸奥のクレープ屋台からは、甘い匂いが漂ってくる。
少し離れた所では、速吸と神威がテント内にフライヤーを設置して、唐揚げを揚げる準備を始めている。
食堂版より小ぶりで、味付けも薄い塩味にし、衣の配合も変えて、冷めても美味しい味を心がけていた。
瑞鳳と祥鳳は、玉子焼きの詰まった重箱を、何段にも積み重ねて運んでいる。
瑞鳳の話だと、具に生の桜エビと小ねぎを入れたというので楽しみだ。
千歳、千代田、瑞穂の水上機母艦娘たちが作ってきたのは、いなり寿司。
提督も一つ味見させてもらったが、絶妙な甘さと酢加減に、プチプチした白ごまの食感と香ばしさと、しょうがとゆずの爽やかさが薫る、上品な味わいだった。
鳳翔さんは、龍驤、大鷹、秋津洲に手伝ってもらい、にぎり寿司を大量に仕込んできた。
目利きの球磨と多摩が集めてきた魚介類、美味いに違いない。
「提督、少しつまみますか?」
物欲しそうな顔をしていたのか、風呂敷を開いていた鳳翔さんが、寿司桶を一つ差し出してくれた。
漆塗りの寿司桶に美しく並ぶ姿を崩さぬよう、端の方からとり貝の握りをもらう。
ふんわりしながらプリッとしたとり貝の歯ごたえ、上品な磯の香りと甘みが舌の上でとろけ、ハラリとほどけるようにシャリが口に広がってネタと渾然一体になる。
一言で言うと、バカ旨。
後でバーナーを使って、炙りサバと炙りサーモンも食べさせてくれるそうだ。
「かぁ~っ、こんなん作れるなんて家庭的ないい女だなぁ、自分に惚れそうだよぉ!」
「もうっ、下ごしらえはほとんど私がやったんじゃない!」
隼鷹と飛鷹が作ってきたのは、ほっとする味の筑前煮。
鶏肉にさといも、たけのこ、しいたけ、こんにゃく、ごぼう、人参。
確かに、こんなの食べさせられたら、日本男子なら惚れずにいられない。
「提督、こっちもあるから楽しみにしててくれよ~♪」
隼鷹の周りには、色とりどりの日本各地の地酒の瓶が。
『南部美人』『十四代』『飛路喜』『〆張鶴』『天狗舞』『神亀』『磯自慢』『長珍』『諏訪泉』『白鷹』『獺祭』『美丈夫』『旭菊』。
本当の通なら絶対にやらないだろう、日本全国地酒トリップ。
いいんです、ただの呑兵衛ですから。
「加賀さん、バクバクつまみ食いしないでよ!」
「失礼ね、ただの味見よ」
「もう3個目じゃん! ほら、赤城さんもっ!」
正規空母たちは、おにぎりやサンドイッチを作ってきた。
梅酢と刻んだ桜の塩漬けを、ご飯に混ぜ込んで握った、美しい桜にぎり。
他にも、ちりめんじゃこと鰹節、昆布と大葉、焼鮭と
薄い12枚切りの食パンにくるまれた、タマゴ、ツナ、ハム&きゅうり、苺ジャム。
定番のロールサンドイッチ群も美味しそうだ。
「お花見にはやっぱり、ウィンナーですよね!」
プリンツ・オイゲンが言うように、ドイツ艦娘たちはお花見の定番、ウィンナーソーセージを大量に作ってきていた。
市販のウィンナーではなく、文字通り作ってきたのだ。
「提督、褒めてくれてもいいのよ?」
肉を挽き、岩塩とスパイス、ハーブで味付けし、自分たちで腸詰めとスモークもした本格派のウィンナーを自慢気に見せながら、ビールジョッキを片手にしたビスマルクが胸を張る。
提督が「偉い偉い」とその頭を撫でてあげると、グラーフやプリンツ、レーベ、マックス、ローちゃんも撫でて欲しそうに寄ってきたので、順番にナデナデしてから次の見回りに。
イタリア艦娘たちも張り切っていて、彼女らの屋台には迫力ある生ハムの原木が何本も吊るされ、ガラスの保冷ケースにはホールのままのチーズが何種類も置かれている。
他にも、モッツァレラチーズとトマトのカプレーゼ、エビとタコのブロッコリーサラダなど、彩りがよくワインに合いそうな前菜も用意して、宴会に向けて気合い十分だ。
ポーラが鼻息荒く運んでいる、ワインの箱も何箱あるのやら……。
フランス艦娘たちは、ブルーチーズやサーモン、レバーペースト、マリネなどをのせた各種のカナッペと、お洒落なオープンオムレツ。
ロシア艦娘たちは、ビーツでピンクに色づけしたマッシュポテトと、クラッカーにキャビア。
アメリ艦娘たちは、もちろんノリノリでバーベキュー。
「Darling! ぜひ食べてみて、うちのFish&Chips」
イギリス艦娘たちの屋台に近づくと、駆逐艦娘ジャーヴィスが体当たりするように抱きついてきた。
「GUINNESSもあるぞ。飲むだろう?」
アークロイヤルがクーラーボックスからギネスビールの瓶を取り出し、『パーフェクトパイント』となるように丁寧にグラスに注いでくれた。
日本のようにキンキンに冷やさず、濃厚な風味と苦味、そしてほのかな甘みを楽しむギネス。
鎮守府内の文化の多様性も、どんどん広がってきている。
良いことだ。
「テイトク……」
「ああ、よく来たね。屋台やお皿から、好きな食べ物や飲み物を貰ってね」
戦艦水鬼を先頭に、招待した深海棲艦ご一行様が到着した。
「ほっぽちゃん、陸奥の焼いたクレープ食べるかい?」
「タベル!」
春の青空に桜が美しく咲き誇る。
今日もここの鎮守府は平和です。