底冷えこそするが、昨日も気温は零度を下回らなかった。
山中や日陰にはまだ白いものが残っているが、漁港付近の雪はすっかり熔けだしてきている。
この鎮守府は先の大規模作戦で備蓄資源を使い果たし、軍事施設としては開店休業に陥っていた。
それでも、祝勝会とひな祭りの準備で、鎮守府の中は朝から割とあわただしい。
「ビールの追加注文は50ケースでいいかな?」
「瓶ビールは30ケースでいいから、お昼のバーベキュー用に缶ビールを30箱」
「ヴァイツェンやシュバルツも注文してよね」
特に酒飲みどもの活気たるや凄まじい。
「ひな祭りもあるんだから、肝心の
瑞鳳が注意するが、のん兵衛たちはあまり聞く耳を持っていない。
「今回は、陸奥八仙、南部美人、雪の茅舎、高清水、手取川をそろえてみようか」
「何や北の酒ばっかやなぁ。七ツ梅とか亀泉も入れようや」
「霧島の赤黒と佐藤、あと兼八は外せないよな」
「ストリチヤナのウォッカと、ワイルドターキー、あとカンパリもお願い」
あれやこれやと日本酒や焼酎、洋酒の銘柄選びに真剣になっている。
「ポーラ! ワインの注文数30を80に書き換えたの、あなたでしょ!」
「ザラ姉さま、それは……あ、あの~。あの~……。」
料理の準備も各所ですすんでいる。
「那珂ちゃん、アンコウが届いたからさばくのお願い」
「神通ちゃん、それアイドルの特技として相応しくないから大きな声で言わないで」
「海老の下処理をするから、七駆は集まってくださーい」
「暁ちゃん、第六駆逐隊はホタテの殻むきをお願いします。はい、殻むきヘラ」
「任せて、ホタテむきは得意なんだから!」
「ヒモと赤いところは集めておいて、鳳翔さんのところに運んでね」
一方、堤防では釣り部隊が組織されていた。
「第十七駆逐隊、堤防釣りに出撃するぞ!」
「五水戦、出るわよ! みんな準備はいい? 松風、釣れなかったら、後で笑ったげるわ!!」
「今日はヒラメがきてるニャ。あの辺を狙って投げ入れるニャ」
また、昼のバーベキューパーティーの準備を始める海外艦娘たちもいる。
「アイオワさん、試製一六式野外焼架台改(バーベキューグリル)の設置、手伝って」
「オフコース! No BBQ,No Life」
「ビスマルク姉さん、一三式自走炊具のバーナーの燃料が切れてますって」
「ふふん、灯油ポンプの使い方を教えてあげるわ」
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夕張が製作した試製一六式野外焼架台は、1メートル×50センチのバカでかい焼き台を2つ備え、片方の焼き台は中の溶岩石を過熱し遠赤外線で肉を焼き上げ、もう片方は6基のガスバーナーで高火力を発揮でき、六分割されているフードを閉めれば個別に蒸し焼きも可能、さらに煮炊き用コンロ2基と、調理台に配膳テーブルまで引き出し可能に装備している、変身ロボのようなギミックに満ちた高性能バーベキューグリルだ。
当初、火加減の調節が難しく、火の通りやすいものがすぐ焦げるという欠点があったが、ガス量を五段階に調節できる調整レバーと、焼き台から距離をとれる低温用の網棚が追加されて、“改”仕様となった。
しかし、いまだ欠点は多い。
まず、巨大でものすごい重量があるくせに、移動用の車輪がついていない。
そのため、運ぶのには大和、武蔵、アイオワなどの高パワーの戦艦娘の協力が不可欠だ。
次に、これでアイオワにバーベキューをやらせると、参加人数の計算などお構い無しにノリノリで100人分ぐらいの大量の肉を焼きまくってしまう。
さらに、大量のプロパンガスをあっという間に消費し、燃焼コストが非常に高い。
というわけで、初号機が作られた時点で早くも失敗作と断定され、より小型で汎用性の高い、旧型の一四式野外焼架台(ただドラム缶を真っ二つにして足をつけただけの炭火用グリル)の量産が行われている。
それでもやはり、試製一六式野外焼架台改のインパクトはスゴイので、鎮守府全体での祝勝会などを盛り上げる賑やかしには最適だった。
すでに、深雪や嵐、江風、朝霜、新人のイヨことイ14などが、目をキラキラさせて試製一六式野外焼架台改の設置と展開に歓声をあげている。
一三式自走炊具は、明石が製作したもので、こちらは堅実な作りだ。
陸自の野外炊具1号・2号をお手本に(公式にはそう言っているが、実際は陸自のものより20年以上は先進的なドイツ軍やフランス軍のフィールドキッチンシステムを参考に)、40分以内に100人分の米飯と、50人分のおかずを作れる灯油バーナーと給水タンク、発電機を、2トントラックのガルウィング式開閉の荷台に格納している。
炊飯用の固定窯に加えて、調理用途に応じて、焼き物用の鉄板、煮物用の寸胴鍋、炒め物用の大鍋、揚げ物用のフライヤー、4種類の装備から2種類を選択・交換して搭載できるユニット構造を採用しているのも使い勝手がよい。
さらに、冷蔵・保温スペースには、すでに調理した数十人分の料理や弁当を収納しておくこともできるし、ガルウィング式に開いた荷台の壁は二段伸長が可能で、悪天時の雨避けにもなる。
県内のイベントなどに出動すると、自治体の防災担当者から問い合わせが殺到する、この鎮守府の名物装備だ。
提督は空っぽになった備蓄倉庫にテーブルを出し、一心不乱に様々な肉を一口大に切っていた。
次々と切られてボウルにたまる肉を、野菜を交えながら夕雲、巻雲、風雲、長波が串に刺していく。
「巻雲、この作業初めてだっけ? 同じボウルの肉ばっか連続で刺しちゃダメだぜ」
「え、どうして?」
「巻雲さん、提督はね、お肉の質や脂身の多さで、分けてボウルに入れているの」
「最後に刺す先端の肉が、最初に口に入る肉でしょ? だから、こっちの旨味が強い上等なのを使うのよ」
「巻雲さん、こういう脂身が多いものは、真ん中にして野菜で挟むのよ」
「ふわわぁ~、知りませんでした」
「司令! バーベキューソースの味、これでいい?」
陽炎が、調合したソースを自分の指に塗って、提督の口にもってくる。
ペロリ、陽炎の指を舐めてソースを味見し、提督は細い目をさらに細めると……。
「ハチミツの甘味が強すぎるかな。レモンの酸味も目立ってるから、ケチャップじゃなくて中農ソースを増やして、ちょっとだけ味噌を加えてみて。あと、こしょうでもう少しパンチを」
「うん、やってみる!」
「提督、埠頭に白熱電灯20灯、設置完了しました」
照明の設置を命じていた、第六一駆逐隊の照月が報告にくる。
「うん、今日のバーベキューは夕方は片付けだけだから、それで十分だね。照明用の発電機はガソリン式だから、灯油との区別はしっかり頼むね」
「はいっ!」
大規模作戦中、出撃には直接関係なかった艦娘たちでも、様々なストレスを感じていた。
だから、今日はそれを一気に発散する日。
勝利を祝い、新たにこの鎮守府の家族に加わった艦娘たちを歓迎し、一昼夜思いっきり楽しむ。
それぞれの艦娘が、それぞれの準備に、真剣に楽しく全力で取り組む。
この鎮守府は今日も平和です。