陸奥湾は周囲を山々に囲まれ、そこから流れ込む無数の川が、栄養豊富な森の水を湾へと運ぶ。
また、まさかりのような形の下北半島の地形効果で、津軽海峡から流れ込む海流は一定量に抑えられ、海流も湾内を穏やかに周遊して再び津軽海峡へと戻るため、ホタテの生育に適した水温が年間を通じて保たれる。
そのため、陸奥湾はホタテの名産地として知られていた。
さて、その陸奥湾がある青森県。
西側の津軽地方と東側の南部地方には、ここで深くは触れないが、長い歴史的な確執があり、方言、文化の壁がある。
今日は、そんな青森県の津軽鎮守府との、合同演習五番勝負があった。
旗印は卍紋であり、名前の通りに津軽地方にある青森港に鎮守府を置いている。
埠頭に戻ってくる両艦隊を眺めながら……。
「提督さん、やへえね(残念だね)」
結果は2-3の敗北。
青森の南部地方から取材に来ていた、デ○リー東北のスポーツ記者さんが
そう、津軽地方と南部地方の間には新聞とテレビの壁もあり、南部民は津軽ではなくこちらの鎮守府びいきなのだ。
「その……もちろん、最後の戦いで勝てなかったのはとても残念ですし、制空権を失ったのが痛かったですが……内容自体は互角でしたし、砲戦力ではまだまだこちらが上なので、次は……」
記者さん相手に、敗戦した野球監督のような弁明コメントをしている提督の後ろでは……。
「わい、めぇ!(わあ、美味しい!)」
おもてなしのお菓子(銘菓「かもめの玉子」)を出されて喜ぶ、津軽提督。
ゆるふわセミロングに、カワイイ系のフェミニンな衣装、そして津軽弁という天然ギャップ萌え。
明らかにキャラ作ってんじゃね?(他人のことをとやかく言う資格のない天草提督談)という、女子提督だ。
演習では宿敵同士であっても、両鎮守府の仲が悪いわけではない。
秋田県の
そういえば以前、木更津提督が「あんまり津軽の提督と仲良くし過ぎるなよ。女提督相手に浮気なんかしたら、東北がうちのメンヘラ処女に核攻げぅ……」という途中で切れる電話をかけてきていたが……。
そんな心配をされなくても、津軽提督と会うときには必ず、両腕を金剛と榛名ががっちりホールドしているし、制服のすそをふくれっ面の敷波がつまんでいるので、浮気の可能性などない。
それに、遠くの木陰から北上さんが見てるし……。
ちなみに、木更津提督の妹である横須賀提督は、兄が大学の宴会芸で、自分の下着を使って変態仮面のコスプレをしていたのを知ったときから、兄の執務机に埋め込んだC4爆薬を起爆することに全くの躊躇がない。
それはさておき……。
「かみさいぎすな……けら。け。まんだ、来るはんで~♪」
ニコニコとしゃべる津軽提督だが、圧縮言語の津軽弁なので意味不明だ。
デ○リー東北の記者さんに来てもらったのは、その通訳のためでもある。
要約すると……。
東京(かみ)へ向かう途中に、演習観戦を兼ねて立ち寄ったよ。
これから県の特別観光大使として、東京のアンテナショップで広報活動をするんだ。
大型ヘリに、たくさんの青森の物産を積んできたので、お土産をたくさんあげる。
食べてね(津軽弁で「け」)。
また来るね~(分かれの言葉には語数を惜しまず標準語より長く)。
嵐のように(文字通り大型ヘリの二重ローターで突風を巻き起こして)津軽提督が去った後。
記者さんをタクシーで見送ったら、提督はさっそく艦娘寮の食堂に向かい、もらった食材(全部で米軍規格パレット3個)を使って艦娘たちにおやつを出し始めた。
「提督ー、津軽の提督の胸を見てたデース!」
「榛名は…大丈夫です……」
「可愛い女提督さんと話してデレデレしてさ。ふん!」
「北上さん、魚雷庫の鍵持ってる?」
津軽提督と会った後は、艦娘達の機嫌がすこぶる悪くなる。
とにかく食べ物で気を静めないといけない。
まずは、バターを塗った食パンに、さらに「りんご味噌」を塗りつけ、しらす干しとチーズをバッサリのせてトースターで焼く。
リンゴの甘酸っぱさと自然の甘みが、意外にも味噌のコクと塩気にマッチして、しらす干しという超ミスマッチな食材の旨味さえも受け止められる、懐の深い調味料となる「りんご味噌」。
さらにバターとチーズでコクをアップして、熱々カリカリのトースターとして食べれば、そりゃもう美味しいんですよ。
さらに、しょうがの風味とも相性がよいらしく、しょうがを少し加えて肉を漬け焼きにしてもいいらしい。
もともと明治政府が、廃藩置県で職を失った士族たちに仕事を与えるべく、新たな地域産業を興す狙いで、各地に文明開化で輸入された新しい果樹の苗木を配布した。
青森県にも、西洋りんごの苗が配布され、旧津軽藩士たちがりんごを植栽して、苦労の末に生産量を増大させていき、やがて「日本一のりんご産地」になったのだという。
「胸を見たいなら、艦娘のにしなヨー! 人間相手にセクハラすると、訴えられるネー」
「あの、榛名でよろしければ、いつでも……」
「食べ物でつれると思っちゃって……もぐもぐ……乙女はそんな単純じゃないんだからね?」
「北上さん。はい、あーんして?」
かなり風当たりが弱まってきた。
「よーし、今夜は
提督はわざとらしく大きな声で言う。
青森県五所川原市の北西部にある十三湖は、水と淡水が混ざった汽水湖。
ここで採れる大和シジミは、身が太って旨みが強く「日本一美味しいシジミ」とも言われる。
そのシジミをふんだんに使った、あっさりしながらシジミの旨みいっぱいの白濁スープが特徴の、五所川原名物シジミラーメン。
津軽提督のおかげで美味しいものが食べられると現金なもので、艦娘たちの不満も小さくなっていく。
中には、また津軽提督が来てくれないか、などと言い出す子もいた。
とりあえず火消し完了。
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艦娘たちが落ち着いたので、提督は鎮守府の庁舎へと引き返す。
そろそろ、出撃艦隊が次々と帰投してくる頃だ。
「い号にろ号 今日も今日とてオリョール泳いで 汗と涙が海に溶けても 魚雷を投げる
自作演歌を歌いながら、交代での連続出撃から帰ってきたゴーヤたち潜水艦娘。
最近、備蓄重視のために出撃がオリョクルばかりになってたいたのが申し訳なく、何か喜ぶものを食べさせてあげることにした。
庁舎の1階、4人がけの木製テーブルが2つ置かれたキッチンに、丸テーブルを4つ運び込み、12人の潜水艦娘たちを集める。
青森名物「ホタテの味噌貝焼き」。
本当は大きな18cmクラスの専用の貝殻を鍋代わりに使うのだが、貰ったホタテは15cmクラス(それでも大きい!)なので、おやつ程度で量も丁度いいだろう。
土鍋に水と日本酒を張って火にかけ、陸奥湾産イワシの焼き干しでダシをひきアクをとり、その汁を綺麗に洗った貝殻に注ぐ。
ひもと柱に分けて塩水で洗い、食べやすい大きさに切ったホタテを加え、炭火の七輪にのせて少し煮込んだら、味噌で味付けをして、溶き卵を流し込む。
最後に万能ねぎを散らして完成。
青森の多くの家には貝焼き用の大きな貝殻が用意してあるほどの、お袋の味だという。
家庭ではホタテの身を使わずに具が豆腐だったりグリルで焼いたり、観光用にはより豪華に多くの具材を盛ったりと、バリエーションも豊富だ。
ちなみに、焼き干しでダシをひく下北地方(東の南部文化圏に属する)では「ホタテの味噌貝焼き」と呼び、他の地方では「ホタテの貝焼き味噌」と呼ぶらしい。
シンプルだが滋味に溢れた味が、プリプリのホタテによく絡む。
子供が風邪を引いたときなどによく出されるというので、オリョクル疲れにも効くだろう。
「イムヤ、お茶入れるね?」
「また作ってくれるなら、ゴーヤ、明日もオリョクル頑張るよ」
「これは日本酒が欲しくなるなぁ。あるんでしょ、提督~? いぇい!」
「ダンケダンケ」
「ふにゅふにゅ♪」
喜んで貝焼きを食べる潜水艦娘たちに目を細め、やり切った感じの提督だったが……。
「あー! 何か美味しそうなもの食べてるー!?」
「んふふっ♪ 睦月ちゃん、きっと私達にもあるわよ」
「うーちゃんたちにも食べさせてくれなきゃ、呪ってやるぴょん」
「……別に……津軽の提督さんが来てたからって、怒らないです……」
東京急行(弐)の遠征から帰ってきた第三十駆逐隊に、ご馳走の現場を見つかってしまった。
キッチンの入り口から、無表情の神通と、ガルルーッと唸る夕立もこっちを見ている。
「もちろん、みんなの分もこれから準備するから」
提督は潔く、内線電話に手を伸ばした。
この狭いキッチンでは、追加の調理は難しい。
かといって余所で調理して他の子達に知られれば、どうせみんな食べたいと言い出すに決まっている。
まずは埠頭に大量の炭焼き台を用意して、間宮に食堂のホタテを出すようお願いして……。
大量に炭を
今夜は鎮守府の浜焼きパーティーになりそうです。