提督は花バサミを手に、もとは温泉旅館だった艦娘寮の庭の手入れをしていた。
植え込みのつつじを筆頭に、
いまだに朝晩の寒気が強いこの地域だが、陽気のよい日中にはそれなりに気温も上がる。
一通りの剪定を終え、箒で落ち葉をゴミ袋5杯分も掃き集めて回ると、紺のジャージの下にはけっこうな汗をかき、シャツが肌に張りついていた。
艦娘寮に戻って自室でひとっ風呂浴び、いつものようにパンツ一丁で艦娘寮をうろつく提督。
ここの提督、けっこう汗っかきなので、湯上がりはいつもポーラに負けず劣らずの裸族で過ごす。
艦娘たちももう慣れてしまい、特に気にしないが……。
「…ん? 司令? なっ、なに…? あたしは別に…、でも…、平気。平気、だから…」
鎮守府にやってきたばかりの浜波が、重そうにメロンの箱を運んでいたので、手伝おうとしたら逃げられてしまった。
いつもオドオドして藤波の後ろに隠れている浜波とは、いまいち親睦が深まっていない。
いつも髪で表情を隠し、声も小さくて早口でどもるくせがある浜波。
他の艦娘たちとも、なかなか打ち解けていない気がする。
鎮守府全員みな家族と思っている提督としては……。
これは良くない、良くないですぞ。
提督、今日は浜波と夕飯を食べて交流しようと、勝手に決定するのだった。
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というわけで夕方。
「提督、来たわよ」
「あ、あの……何で、司令の部屋…?」
「なーに、司令?」
「おっ!?」
能代に頼んで、自室に問題の浜波と、藤波、島風を連れてこさせた。
提督の私室は広く、独立した家屋のような造りになっており、玄関風の入り口を入ると土間があり、応接間を兼ねた四畳半の次の間、トイレと洗面台、浴室、そして稽古事もできる広さの十二畳の和室の本間へと続く。
4人ともお風呂上りの浴衣姿で、石鹸の良い匂いがした。
「今日は、もんじゃでも食べながら浜波たちとゆっくり話してみたくてね」
提督の方も、瑞雲柄に染められた越後木綿の着流しを着用している。
本間の畳の上には、業務用の鉄板焼きテーブルもセット済みだ。
もんじゃ焼きは東京下町を中心とした関東のローカルフードで、ゆるく水溶きしたドロドロの小麦粉生地に直接ソースなどの調味料を加え、鉄板で糊状に焼いて食べる。
焼くときにタネで文字を書いて遊んだことから「
緊張している浜波をテーブルの向かいに座らせ、能代と自分にはビール、駆逐艦娘たちにはサイダーの瓶を配った。
みんながコップに飲み物を注いだところで、まずは軽く乾杯。
「まずは、オーソドックスに焼こうか」
たっぷり粗みじんに刻んだキャベツに、桜えび、揚げ玉。
ゆるく溶いた小麦粉には、だし汁とユニオンソース(ペンギン印の栃木県のソースメーカー)で薄く味付けをしている。
「はーいっ! あたし焼きたいっ!」
すでに、もんじゃを何回も経験している島風が手をあげるので、任せることにした。
まずは具だけを鉄板に広げ、その上に生地を少しずつ注ぎ込むのだが……そこは島風、全部の生地を一気に流し込んだ。
提督も溢れて急に周囲に広がった分をヘラで押し戻して手伝いながら、生地がブクブクと泡立ってくるのを待つ。
「うー、まだかな?」
落ち着きのない島風をなだめながら、ビールをチビリ。
生地が泡だってきたら、かつお節と青のりをかけ、中央に押し戻しながらまとめていく。
「よーし、もう食べられるよ」
島風は提督の言葉が終わらないうちに、小さなヘラでもんじゃをこそぎ取り、鉄板にジューッと押し付けて焦げを作ったらそのまま口へ。
「あづっ!」
島風は冷まさなかったので熱いのも当然であるが、鉄板から直接、各自のへらですくって食べるのが下町流。
観光地化した月島あたりのもんじゃ屋はいざ知らず、取り皿にちまちま取り分けるなんて、水臭いことはここではなしだ。
鉄板を囲み、わいわい騒げば少しは浜波の殻も破れるんじゃないか、というのが提督の作戦だ。
ちなみに、今日のメンバー。
藤波は同じ第三十二駆逐隊の同僚。
能代はその第三十二駆逐隊を指揮した、二水戦旗艦。
島風は藤波と能代の喪失後、二水戦旗艦を引き継いで浜波とともに戦った縁がある。
「こうやって鉄板にこびりついてる膜も、へらでこそぎ落として集めて食べるんだよ」
「は……はい……こう?」
そういう配慮に気付いているからか、浜波の方も提督が話しかけるたび、どもりはするが何とか会話を続けようと努力してくれる。
もんじゃを食べ終わったら、いったんイカ、エビ、ホタテ、タマネギ、ナス、ジャガイモをバターで焼く。
ビールが無くなったので藤波に冷蔵庫からとってくれるよう頼むと、藤波もビールを飲みたいと言い出した。
ついでに浜波にもすすめてみると……。
「す、少し……ならっ。…はい」
「はーい、あたしもー!」
というわけで、全員ビールに。
鉄板焼きには、やっぱりビールでしょ。
続くもんじゃ第二弾は、もちと明太子にチーズを入れて。
第三弾は、ウィンナーとベビースターを入れてカレー粉をふり、ジャンクな味で楽しむ。
もんじゃ焼きは、お好み焼きと違って腹にたまりにくいので、じゃんじゃんいける。
「次は黒毛和牛を焼いちゃうもんね」
牛脂をひいて上等の牛肉を焼き、上手に切り分けていく提督を、浜波も頼もしそうに見るようになってくれた。
「あ……あの、っ…司令……ど、どうぞ」
ビールから下町の名脇役「キンミヤ焼酎」のレモンサワーに代わった提督のため、浜波がたどたどしくグラスに氷を入れてくれる。
「このレモンサワーはね、鳳翔さんが生レモンを絞ってブレンドしてくれてるんだ。すごく爽やかで飲みやすいよ」
「んっ、これ美味し…っ!」
「はわぁ~っ♪」
「うっまーい!」
「はい……美味し…ぃです」
とろけるような牛肉を口に入れ、笑顔を見せる艦娘たちに提督は目を細める。
浜波とも、たわいもない話の最中に、なごやかな視線を交し合えるようにもなった。
さあて、〆はオーソドックスなタコ足に、余った具材やトッピングを全部加えたミックスもんじゃにしようか。
次の焼き物のため、ほろ酔いのまま鉄板を掃除しながら……。
確かな家族の絆が生まれていくのを感じ、提督は幸せだった。