朝からどんよりした鈍色の雲の下に、シトシトと冷たい雨が降っていた。
さらに吹き寄せる北風が肌を指す。
春だというのに……。
こんな日には勤労意欲が全く湧かない。
そこで、ほっぽちゃんや港湾棲姫などに聞き込みしたところ、深海側でも当分大きな作戦の予定はないとのこと。
「なら、今日は休戦!」
提督の一声で、この鎮守府に関する限り、全ての出撃や遠征は中止になった。
暖房を焚いた艦娘寮では、温泉上がりの艦娘や深海棲艦たちが浴衣姿でくつろぎ、和気藹々と半休日を楽しんでいた。
提督もまた休憩室で、浴衣姿も艶やかな陸奥の膝枕に頭をのせて寝そべっていた。
休憩室は艦娘たちがくつろぐための五十畳の和室で、コタツがいくつも出ており、茶と菓子はもちろん、漫画や雑誌、将棋やトランプなどのゲーム(ただし非電源に限る)まで用意してある。
奥には鳳翔さんの居酒屋につながる厨房もあり、それなりの酒食も用意できる。
提督の前に出された御膳には、湯豆腐と日本酒の小瓶が並んでいた。
間宮謹製の絹ごし冷奴を、上等な昆布をひいた小鍋で軽く茹でた、深奥な旨味の湯豆腐。
合わせる酒は、淡雪のように優しく柔らかな、島根県の銘酒「十(じゅうじ) 旭日」。
目の前のコタツでは、新しく鎮守府に加わったばかりのアメリカ駆逐艦娘、サミュエル・B・ロバーツ(長すぎるので、以下は愛称のサム)が、大和、金剛、鳥海、利根、羽黒、能代、おまけの清霜を前にして、身ぶり手ぶりを交えて自身のサマール沖海戦での奮戦を語っている。
隣のコタツでは、サマール沖海戦を思い出して涙目になっている、ガンビア・ベイと護衛棲水姫(いつの間にか復活して、鎮守府にも遊びに来るようになった)を、改装されて空母の気持ちが分かるようになった鈴谷と熊野が慰めていた。
ブリキ艦と称されるほど貧弱な護衛駆逐艦の身でありながら、栗田艦隊の自分より大きくて強い艦たちを相手に、タフィ3の護衛空母群を守り抜いた(ガンビア・ベイは沈没したけど……)サムの頑張りは素晴らしい。
「ねえねえ、あたしもサムみたいに、戦艦になれるっ!?」
サムの“戦艦の如く戦った駆逐艦”という異名に、戦艦になりたい清霜は何か感じるものがあったらしい。
しつこく戦艦になる方法を尋ねている。
(よかったね~、さっそく友達が出来て)
と、微笑ましい光景に提督がもとから細い目をさらに細めていたら……。
「ちょっと、ごめんね」
陸奥がカレーを作っている長門に手伝いに呼ばれ、立ち上がって行ってしまった。
ごとん、と畳に頭を落とされても、そのまま目を細めている提督。
「なに? 寂しいの? OK! 私、相手してあげる!」
放置されている提督に気付いて、優しいサムがコタツを出てすぐに駆け寄ってくるが……。
「あぁぁーっ!!」
「うわぁあああっ!」
【教訓】 服に貼りついた湯豆腐は、とても熱い。
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最近、艦娘たちの増員に対応して、大幅に増築された艦娘寮。
新館に新たな部屋をいくつも増やし、別館の大食堂と大広間もスケールアップして250人収容可能となった。
その工事の一環として、バブル期にこの温泉旅館を買った東京の会社によって地下に増設されていた中浴場にも手が入った。
どこにでもある現代的な浴場で、ジェットバスやサウナといった付帯設備が目当ての艦娘ぐらいしか利用しなかったのだが……。
小奇麗なだけのモダンタイルを引きはがし、下町銭湯風の内装に改造した。
もちろん湯船の上の壁面には、富士山がタイル絵で描かれている。
桶や椅子も、黄色のケ○リンにしてやったもんね。
この新しい中浴場に関しては、アイデア出しの段階から色々関わったこともあり、提督はダダをこねて混浴OKを認めさせていた。
「セントー…裸のつきあい……ふぁっ!? …No problemですっ!」
というわけで、湯豆腐をかぶってしまったので、サムを連れてお風呂にやってきた提督。
湯豆腐の汁に濡れて気持ちの悪い浴衣を脱ぎ捨て、掛け湯の作法をサムに教えて、一緒に広い湯船に手足を伸ばすと心地よかったが……。
「提督、くっつきすぎよ」
提督が“不適切”なことをしでかさないようにと、大和の命令で矢矧と磯風が追跡してきている。
「…No, no problem!」
かつてのサマール沖海戦で重巡相手に獅子奮迅の戦いを見せたサムだが、ついに刀折れ矢尽き……そこに最期のとどめを刺したのが矢矧と磯風たち第十戦隊だ。
なので、サムも何だかソワソワ落ち着かず、矢矧と磯風から距離をとろうと逆に提督の方へと逃げてくる。
しかし、サムと磯風では、同じ駆逐艦でも圧倒的に排水量が違うというか何というか……軽巡の矢矧にも引けをとらない……。
「マジマジと見比べるな!」
その後も色々と矢矧と磯風に怒られたりイエローカードを出されたけど、楽しくお風呂に入り……。
「こうやって、足は肩幅に開いて目線は斜め45度、空いてる方の手はしっかり腰にあてる。ほら、軽巡棲鬼がやってるのを真似してごらん」
仕上げに、サムにフルーツ牛乳を奢ってあげ、由緒正しい銭湯での牛乳の飲み方を伝授しました。
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湯豆腐をぶちまけたお詫びと、日本式の銭湯入浴法を教えてもらったお礼にと、サムがお返しに得意料理を作ってくれることになった。
休憩室に戻ってコタツに入って待っていると、食欲をそそる、スパイシーな香りが厨房から漂ってきた。
「さぁ、食べて! サム風特製Chili con carne! 召し上がれ!」
チリ・コン・カルネ。
日本ではチリ・ビーンズという名で呼ばれることもあるが、本来はスペイン語で「チリと肉(カルネ)」という意味で、豆(ビーン)は必ず入れるものではない。
特にサラの故郷、テキサス州ではチリ・コン・カルネに豆類を入れることはほとんどない。
今日作ってくれたのも、炒めた牛挽き肉に、タマネギとニンニク、トマトペースト、チリパウダーなどのスパイス、ハーブ類が入っているだけで、豆の姿は一切ない。
しかし、真っ赤で刺激的な香りを放つチリ・コン・カルネに、浴衣とコタツはすごく似合わないなあ……。
「飲み物はcoffeeで良い? えっ…beer?」
バドワイザーの小瓶をもらい、チリ・コン・カルネを口に運ぶ……。
きた!
早速、脳天にピリッときた。
額に汗がじんわりとにじむ。
あわててビールを飲んで口の中を中和するが、やはり辛い。
だが、辛美味い。
辛さが美味くて止まらない。
ついつい次のスプーンが出てしまう。
お風呂上りなのに、また汗だく決定だ。
矢矧と磯風、それに浦風、雪風、清霜も頬を上気させ、額に汗をかいている。
「ほう、美味しそうだな。だが、辛そうだ……」
覗き込んできた長門に、そんなに辛くないからと無理矢理に味見させる。
結果、長門も駆逐艦娘たち以上に赤面して、ダラダラと汗をかき始めた。
よーし、食べ終わったら、またみんなでお風呂に行こうか。