もとが温泉旅館だったこの鎮守府の艦娘寮には、四季折々の景色が広がる見事な日本庭園がある。
今の時期は、新緑の中に燃えるように咲くつつじ、大輪の豪華な花を咲かせた
ただし、この美しさは自然が勝手に生み出したものではない。
鎮守府の恩人の一人であり、今は亡き庭師の親方・徳さんから教わったことを守り、提督と艦娘たちみんなで愛情込めて手入れを続けているのだ。
さて、その徳さんの孫娘の沙希ちゃん(28歳、看護師さん)が今度、結婚することになった。
これは鎮守府としても、何かお祝いしなくてはならない。
そこで、結納の日に尾頭付きの鯛を贈ることにしたのだった。
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雄大な桜島を背にした波静かな
良型の大型真鯛が釣れるというスポットで、扶桑、山城、最上、時雨の4人が釣り糸を垂れていた。
「あの、今日は演習の予定ありましたっけ?」
通りがかった「丸に十文字」の紋をつけた
「お構いなく。ただ釣りをしに来ただけです」
素っ気なく答え、鯛ラバの仕掛けを海へと投げる山城。
鯛ラバとは、ラバージグという種類の疑似餌を使った釣り方だ。
ヘッドと呼ばれる波動を起こす特殊なオモリとフック(針)に、スカートとネクタイと呼ばれる波に揺れる細いゴムやシリコンのひもと短冊が付いたラバージグは、海の中でユラユラとイワシ、エビ、タコ、イカなどの小型生物のようなナチュラルな動きをして、鯛の注目を誘う。
このラバージグの選択が難しく、またそこに頭を悩ませるのが楽しい。
山城が使っているのは、玄界灘の釣り船「セブン」の船長が開発した、遊動式ラバージグの「セブンスライド キミドリ」。
オモリ、フック、スカート、ネクタイが分離可能なそれぞれ別の部品で構成されているのが遊動式で、フックに掛かった真鯛が逃げようと激しく暴れても、ヘッド部分が分離して動くため、ヘッドの重みによる遠心力でフックが外れてしまうという問題が少ないのが特徴だ。
また、状況に応じてスカート、ネクタイの形状や色のチェンジもしやすい。
「カラーを変えたら釣れたは単なるオカルト」と言う人(加賀など)もいるが、短気な山城は頻繁にカラーを変えていくタイプなので、遊動式がお気に入りだ。
一方、扶桑が使っているのは、大手釣り具メーカー・シマノの固定式ラバージグ「炎月 神楽 ケイコウオレンジ」。
名前のとおり、ヘッド、フック、スカート、ネクタイが一体型になっているのが固定式だ。
遊動式に比べてバレやすいというデメリットはあるが、遊動式で発生するヘッドの摩擦によるライン切れの心配や、海底での根掛かり等のトラブルが少ない、安定感のある仕掛けだ。
扶桑は自分の不幸さをわきまえているので、しょっちゅうライン切れや根掛かりする(あくまでも扶桑の主観です)遊動式は好まないのだ(その隣でよく、ライン切れや根掛かりした山城が「不幸だわ……」と呟いているという事実はあるが……)。
そして、最上はシーフロアコントロールという会社の「アンモナイト」というラバージグを使用し、「攻め鯛ラバ」というアグレッシブな釣りに挑んでいる。
側面にエグレが入ったヘッドによってイレギュラーな動きを生み出して真鯛へのアピール力を高め、(従来の常識である、引きがあっても完全に掛かるまで待つのではなく)引きがあれば即座に合わせて、特許取得の専用フックにより必ず掛けるという、新スタイルの鯛ラバ釣りだ。
スカートを廃し、狭い幅のネクタイのみで真鯛を誘うのも特徴の一つ。
このようにスタイルの差がある上、ヘッドの重さや形状によっても、沈下と反応の速度や、スカートやネクタイを動かす波動も異なる。
さらに、そのスカートとネクタイの形状や色をどうするか、糸のラインをどのように構築するか、どんな糸を使うか、どんな竿を使うか、リールは……選択肢の幅が物凄く広い。
それだけに、自身が選んだ仕掛けで良型の真鯛を釣り上げた時の快感は、他には代えがたいものがある!
ですが、結論から言うと……。
少し離れた場所で伝統的なコマセ釣り(コマセという冷凍オキアミ、イワシやサンマのミンチなどの寄せ餌を播いて対象魚を引き寄せ、そのコマセの中に隠した針付きの餌を喰わせるスタンドードな釣り方)をしていた時雨が、当日一番の大型真鯛を釣り上げましたとさ。
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鎮守府に帰ってきた4人と一緒に、大樽の露天風呂に入った提督。
「結果的に良い真鯛を沙希ちゃんに届けられたんだし。何よりも尊いのは、みんなの沙希ちゃんを祝ってあげようとした心と努力だよ」
そう言って、落ち込んでいる扶桑と山城の背中を流してあげた。
最上は大型サイズの真鯛こそ逃したが、全体の釣果数ではナンバー1だったので機嫌がよく、提督の背中を流してくれた。
風呂上りには、間宮に頼んでおいた鹿児島名物の「つけ揚げ」でビールを。
さつま揚げの名前で全国に知られているが、新鮮なイワシやトビウオ、春ニンジン、春ゴボウを使って丁寧に作ると、また格別な味になる。
続けて、山城が外道としてフックに引っかけた、アオリイカの刺身をいただく。
身が厚いのに軟らかく、旨みと甘味がいっぱいだ。
「こんな美味しいものを引っかけられたんだから、山城はついてるよ」
提督の言葉に、ビールでほんのり頬を染めた山城が、ポスンと提督の肩にもたれかかってくる。
箸休めには、桜島大根の粕漬け。
釣りの途中に、指宿鎮守府からタッパで差し入れられたもので、サクサクした食感と甘味に富んだ、クセになる味だ。
続いての料理は「こが焼き」。
カステラのような外観で、甘さが口いっぱいに広がるお菓子系の味だが、魚のすり身と豆腐を入れた卵焼きだ。
そろそろビールにも飽き、日本酒を飲み始めたところで……。
鯛の塩焼き、もちろん尾頭付き。
本日、扶桑が釣り上げた、50cmサイズの良型だ。
時雨の特大サイズの釣果がなかったら、これを贈り物にしても恥ずかしくはなかった。
「うふふ……時雨のおかげで、私の釣った鯛を提督に食べていただけますね。はい、あーん♪」
「そうだねえ。僕も嬉しい……よ、っ」
扶桑に身がほろりとほぐれる旨味の強い鯛を食べさせてもらって相好を崩しながら、時雨にお尻をつねられる提督なのでした。