ある鎮守府のエンゲル係数   作:ねこまんま提督

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人間は、他の動物と同様に、
「食べなくては、生きていけない……」
ようにできている。

私どもが食物に対して、なみなみならぬ関心をしめさざるを得ないのは当然だろう。

                 池波正太郎『散歩のとき何か食べたくなって』より


名取の味噌ラーメン

「第百一戦隊、大東! 出撃だぁ! ついてきなぁーっ!」

「わーい♪」

「こらー、待つかも! 旗艦はあたしかもー!」

「3人とも、埠頭で走るんじゃないわよっ!」

 

元気よく海に向かって駆ける大東とリベッチオを、慌てた秋津洲が追いかけ、それを五十鈴が叱る。

 

手を振って見送る提督の横には、グアノ環礁沖から帰還した神通が木箱を抱えて控えている。

 

さて、中身を拝見……。

 

提督がおそるおそる木箱を開け……ガックリ膝をつく。

 

「知ってたし」

 

中身はもちろん、お米だった。

 

 

鎮守府は現在、ミニイベントの真っ最中。

 

提督としては、各地の姫クラスが守る(強奪されたという設定の)食材を奪還しつつ、最終的には敵本拠地である【深海中枢泊地】に乗り込んでいく的なノリを想定していたのだが……。

 

あろうことか中枢棲姫、渡した食材を500個の補給木箱に詰め、北はアルフォンシーノ方面から南はサーモン海域、東はKW環礁から西はカスガダマまで、広大な海域に散らばる深海艦隊にバラまいてくれた。

 

「世界中ニ散ラバッタ宝ヲ探スゲームダト聞イタ。サスガニ私ノ管轄デナイ、欧州ニハ送レナカッタ……」

 

残念そうに中枢棲姫が、夕張から見せられたドラゴンボールの単行本を開く。

確かに、ドラゴンボールがビューンと散らばるシーンだけど、それは7つだから!

 

「私はこう、リランカ島とかほっぽちゃんの基地に、高く積み上げるイメージで木箱をたくさん作っただけですよぉ」

「ドラゴンボール集めって例えが分かりやすいだろう、って言ったのは明石さんじゃない!」

 

恨みがましい目を向ける提督に、明石と夕張が企画意図が上手く伝わらなかった責任をなすりつけ合う。

 

かくして太平洋に散らばった500個の木箱を回収すべく、艦隊は西へ東へ。

息抜きのミニイベントのはずが、阿鼻叫喚の大規模作戦となってしまった。

 

 

そんな食材の中でも、稀少なものから先に回収したいのだが、米ばかり出る。

 

やたらと米ばかり出る。

 

とにかく米ばかり出る。

 

超大事なことなので三度書きました。

 

「保存が効くものを優先して渡しましたから、お米が全体の7~8割ですかねぇ。あっ、工廠特製の補給木箱は、2~3週間ぐらいは絶対に中の食材を劣化させませんから安心してください!」

 

明石の言葉に、提督は全然安心できない。

 

2~3週間以内に、全ての木箱を回収できる自信が全くないのだ。

 

稀少食材を優先回収しようにも、開けてみるまで中身は分からず、今回みたいに米ばっかりだし……。

 

 

しかし、艦娘たちの反応は違う。

 

「わーい、お米だー!」

「ハラショー!」

「明日はご飯が食べられそうなのです」

「司令官、やったじゃない!」

「Gut! 私は親子丼が食べたいわ!」

 

食糧庫の米を全て放出してしまったため、しばらくパンやパスタ、ラーメンの食事ばかりが続いていた(鳳翔さんと間宮には「食べ物で遊ぶんじゃありません!」と物凄く怒られ、代替のお米購入は否決された)。

 

美味しい和食に慣れきった、ここの艦娘たち(日本の艦娘かどうかは問わず)にとって、お米のご飯がない食生活は辛かっただろう。

 

提督も気持ちを切り替え、お米の入った木箱を大切に抱えて大食堂へと向かった。

 

 

今日までにそれなりの量のお米を回収できたのに免じて、明日からご飯メニューを復活させるという、間宮のお許しが出た(提督がコメツキバッタのように頭を下げまくったおかげもある)。

 

艦娘たちが大喜びし、青葉がそんな喜びの声を「ども、恐縮です」と取材して回っているが……。

 

明日は明日。

まずは今日の食事も楽しまねば。

 

提督が昼食として注文したのは、名取が作った「味噌ラーメン」。

 

本当に素っ気なく、メニュー表にただ「味噌ラーメン」とだけ几帳面な字で書いてあるが……。

 

提督は、名取のラーメン技術に一目も二目も置いているし、一昨日に出撃を頼もうとしたら、「ご、ごめんなさい……明後日の食堂当番があるので、できれば……他の子に……」と言って断られたばかりだ。

 

名取が、ゲンコツと豚足と鶏ガラを下処理から始めて一昼夜煮込み続け、大量のチャーシューを仕込み、寝不足の中で手打ち麺の仕込みを行っていたのを、提督は知っている(提督たるもの、艦娘の努力は陰日向なく見届けねばならない)。

 

そして、期待を全く裏切らない一杯が着丼した。

 

上から、一味唐辛子をかけた白髪ねぎ、迫力ある分厚い炙りチャーシューと二つに割った半熟卵、ニラともやしと刻み玉ネギ、これらの具材が迫力ある山を為している。

 

その下には、仙台の赤味噌と長野の白味噌をブレンドして熟成させた味噌ダレが、長時間煮込まれた動物ダシのスープ、おまけに背脂と刻みニンニクと渾然一体となって、凶暴なまでに食欲をそそるドロドロの茶色い海が広がっている。

 

さらに、その海に潜っているのは……。

 

まずはニンニクの香る極濃スープをレンゲですすり、背脂の甘みと味噌の風味、旨みとコク、塩気の絶妙なバランスを確かめ……箸を具材の中に突き入れて、太いちぢれ麺をほじくり出す。

 

たっぷりとドロドロスープを麺にからませて、わざとらしく白髪ねぎを巻き込んだまま口へと運べば……。

 

これだよ!

 

さっき、すでに完成していたと思ったスープが、太麺のモチモチした食感としっかりした小麦粉の香り、唐辛子の辛さをまとった白髪ねぎを正面から受け止めて、さらなるハーモニーを紡ぎ出す。

 

そして、これだけ濃厚ドロドロの味噌ラーメンなのに、後味は驚くほどにあっさりとしてくどくなく、勝手に次の箸が動き出す。

 

「もし、私を倒せる者がいるとしたら……それは妹の名取かもしれない」

 

鎮守府最強のラーメンマスター・長良の台詞が甦る。

まさに、長良の超繊細な「塩ラーメン」とは真逆からのアプローチだが、甲乙つけがたい完成度だ。

 

「よしっ」

 

すぐに汗が吹き出してきた。

汗っかきの提督は白い第二種軍装を脱ぎ捨てて、シャツのボタンを外していく。

 

今はとにかく、このラーメンに正面から向き合おう。

 

食材の回収数とか、残り資源とかバケツのことなんて後で考えよう……ズルズルーッ。


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