ある鎮守府のエンゲル係数   作:ねこまんま提督

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福江と春のお昼ご飯

おだやかに晴れわたった、春のうららかな日。

 

もとは温泉旅館だった艦娘寮の庭の奥、藁葺き(わらぶき)屋根の離れの茶室。

 

その縁側で、白細縞の小紋の着物を着た提督が日向ぼっこしながら、秘書艦の瑞穂に足の爪を切ってもらっていた。

 

縁側の先には土が香り立ち、(すみれ)や桜草、勿忘草(わすれなぐさ)、淡い白紫や鮮やかな青の花々が目を引く。

 

先頃まで庭を色とりどりに染めていたつつじは散り始め、そこかしこに黄色の彩りを添えていたタンポポも、今は大半が白い綿毛を飛ばしている。

 

次は菫が散り始め、紫陽花(あじさい)がつぼみを開いて、春が終わりゆくのを知らせるだろう。

 

茶室の周囲には、松、梅、桜、椿、桐、楢、欅、楓、八手など、高低様々な樹木も植えられており、今では桐の木が清らげな紫の花をつけている。

 

そんな四季の移り変わりを繊細に映す庭園を眺めながら、ふわあっと猫のようなあくびをする提督。

 

別に退屈なわけではない。

ここしばらく、鎮守府は食材集めのミニイベントで大忙しだったが、それもようやく一段落。

 

膨大な資源と高速修復材(バケツ)を消費したものの、食材をあらかた回収し終わり(回収する端から「腹が減っては戦になりません。ね、加賀さん?」とか言う艦娘たちにどんどん食い尽くされていったが……)、提督も久しぶりにのんびりした休日を送っていた。

 

ちなみに、ほとんど空になった備蓄倉庫は、田植えを待つ稲苗や、芽吹いたばかりの野菜の種を大切に納めておく、育苗庫(いくびょうこ)として有効活用されている。

 

「はい、お疲れ様でした。お茶を淹れますね」

 

提督の足の爪を切り終えた瑞穂が、太ももに置かれていた提督の足をそっと縁側の床に置き、水屋へと向かう。

 

茶室に備えられる水屋は本来、お茶のための水を汲んだり、茶道具を洗うためだけの場所だが、宿泊を前提としたこの離れの茶室には、台所といって差し支えない広さの水屋が備わっている。

とはいえ、機能的には薪で炊く竈が二つと、石造りの流し台と水瓶があるだけだ。

 

薄暗い水屋の中で、竈に薪をくべる着物姿の瑞穂が火に照らされ、実に絵になる。

 

提督も卓袱(ちゃぶ)台に向かったが……。

 

「司令、来たぞ!」

「ぼっ!」

 

縁側から急に声をかけられ、卓袱台の足に、自分の足の小指をぶつけた提督が奇声を上げる。

 

「司令、どうかしたか!?」

 

慌てて茶室に上がってきたのは、花浅葱(はなあさぎ)の鮮やかな青髪を、右に小さく結わいた年少の艦娘だった。

 

今回のミニイベントの出撃中に拾った建造資材から、偶然にも顕現させるのに成功した、海防艦娘の福江(ふかえ)だ。

 

福江に心配ないと手を振りながらも、畳の上で涙目で身悶える提督。

 

今日はこれから、艦娘としての心得とか話そうと思っていたのに……。

艦娘たちの範となるべき提督が「卓袱台に足の小指をぶつけて大破した」とか、さすがに情けなさ過ぎる。

 

そんな間抜けな提督をよそに、湾の潮騒や海鳥たちの鳴き声に負けじと、庭の木々を行き交う小鳥たちが賑やかに歌っていた。

 

 

「お昼でも食べていきなさい」

 

ようやく痛みから立ち直った提督だが、あまりの気まずさに間が持たず、福江にそう告げると水屋に立った。

 

ミニイベントで回収した米を丁寧に研いで、(ざる)に入れてしばらく置く。

 

その間に、たらの芽を茹でてアクを抜き、胡麻味噌和えを作っておく。

 

そして、竈に米を入れた羽釜をかけて、ご飯を炊く。

 

始めチョロチョロ、中パッパ、ジュウジュウ吹いたら火を引いて、赤子泣いても蓋とるな。

やがて、湯気から漂うご飯の良い匂いがしてくる。

 

同時に、目の前の湾で育ったコンブを土鍋にしき、間宮謹製の豆腐を茹でる。

このいたってシンプルな湯豆腐を、酒と醤油、みりん、酢のタレ、青ネギと削り節の薬味、そして粉山椒を振って食べるのが最近の提督のお好みだ。

 

最後に藁を一握り、羽釜をかけた竈に投げ入れて、パッと燃え立ちゃ出来上がり。

 

粒立ちよくキラキラ光るご飯をふんわりと茶碗によそって、福江の前に出す。

 

お米の甘みと豊かな風味、これぞ日本の心。

 

ホクホクしたたらの芽も、もうすぐ食べ納め。

また来春、その香りを味わえるのを楽しみに。

 

大豆香る豆腐は、昆布の旨味と合わさってさらに濃密な味が楽しめる。

 

あとは梅干と海苔、それに鳳翔さんの漬け物があれば、他のおかずは不要。

 

質素だが、贅沢極まりない昼餉を、福江と瑞穂とともに囲む、豊かな時間。

 

障子を開け放した縁側から、心地よい風が吹いてくる。

 

食べ終わったら、お昼寝でもしようか。


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