朝、鎮守府の庁舎に向けて艦娘寮を出た提督と、今日の秘書艦である神通の前を、
燕が低く飛ぶのは、雨の兆しだ。
はたして提督が空を見上げると、西にどんよりとした鈍色の雲が見える。
「那珂と、ウミタナゴの一夜干しを作ってただろう? 早めに取り入れたほうがいいかも、って伝えておいて」
「はいは~い!」
提督が玄関に振り返り、那珂が率いる第四水雷戦隊所属の村雨(ジャージ姿)に告げると、ちょっと良い返事が返ってきた。
今年は例年より早く梅雨の季節が近づいてきている。
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今日の艦隊業務は、遠征任務が中心。
陽炎と不知火が、新人のサミュエル・B・ロバーツを連れ、鎮守府担当海域にある深海領域へつながる門へとパトロールに向かう。
門には結界が張ってあり、はぐれ深海棲艦が通常海域に流出してくることは滅多にないのだが、そこはそれ……異常なしを常に確認し続けるのが安全管理の鉄則だ。
それに艦娘が海域をパトロールしている姿は、地元の漁師さん達の安心にもなる。
地域密着型のこの鎮守府にとって、一番大事な仕事だ。
朝風、春風、松風、旗風の第五駆逐隊は、外海での長距離練習航海へ。
よい練習報告書を本部に提出すると、ご褒美に
白露とジャーヴィス、
これまた世のため人のためになる遠征任務だし、海峡突破を図る敵潜水艦を発見できたりすると
遠征で
提督もゴーヤたちオリョクル艦隊の出撃(すまぬすまぬ)を見送ると、神通に書類整理をお願いし、台所でおやつ作りを開始した。
メレンゲを丹念に泡立て、塩、砂糖、バニラエッセンスなどを加えて焼く。
焼いた生地で生クリームとイチゴ、ラズベリー、ブルーベリーを巻いて、「ムラング・ルーラード(メレンゲ・ロールケーキ)」を作るつもりだ。
「イギリスで美味しいものを食べたいのなら、朝食を一日三回食べよ」という、作家サンセット・モームの言葉は有名だが……。
「一日何回もティータイムをとれ」と言い換えてもいいぐらい、イギリス人の茶菓子にかける情熱はすごい(あっ、すでに、アーリーモーニングティー、ブレックファーストティー、モーニングティー、アフタヌーンティー、ハイティー、アフターディナーティー、ナイトキャップティーって一日何回もティータイムをとる習慣があるか……)。
オーブンからバニラの甘い香りが漂ってきた頃、まずは陽炎たちが帰ってきた。
報告書作成のために陽炎を残し、代わりに霞と霰を加えて、防空射撃演習へと向かわせる。
その後戻った第五駆逐隊も、朝風には報告書作成を命じ、代わりに神風を加えて二度目の長距離練習航海へ。
台所のテーブルで報告書を書く陽炎と朝風を背に、提督は焼きあがったメレンゲの生地をオーブンから取り出した。
文章に詰まり、ブツブツ言いながらエンピツで頭をかいていた陽炎と、唇にエンピツをのせて足をブラブラさせていた朝風が、パッと顔を輝かせる。
「味見、味見」とうるさい二人を無視して、荒熱をとるため濡れたナプキンの上に型を置く。
「一口だけでもっ、ケチー!」
さらに提督が生クリームを泡立て始めると、二人はガタガタと椅子を揺すって騒ぎ始めた。
「……っ!」
と、背後でピーピーガタガタとやかましかったのが、突然ピタリと止まる。
提督が振り向くと、予想通りに神通が台所に姿を現していた。
「いったい、何の騒ぎですか?」
陽炎と朝風は、報告書に覆いかぶさるような姿勢で下を向いて固まっている。
(自習の時間、騒いじゃって隣のクラスの先生が来たときみたいだな~)
提督は、のほほんとした微笑みを浮かべ、青春時代を思い出す。
結局、「ムラング・ルーラード」が完成し、全遠征部隊が帰還するまで、神通は陽炎と朝風の背後に無言で立ち続け……。
書き上がった二通の報告書には、ところどころに汗のシミが滲んでいた。
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まだ薄日が残るうちから、提督は神通と大樽の露天風呂に入っていた。
あの後、おやつを食べていると、音もなく雨が降り始め、ザーッと激しい本降りになったかと思うと、一時間ほどで急に止んだ。
その後、晴れ間が顔をのぞかせたのだが、南風も吹き込んできて蒸し暑い午後となり、かなり汗をかいた。
出撃12回で敵輸送艦を3隻以上撃沈、遠征13回成功。
ある程度まとまった資源をもらえる目標を達成し、提督は17時きっかりで業務を終了させたのだ。
「ふぅ……っ」
神通がため息をついた。
湯けむりの中に浮かぶ、神通の白く細い肢体。
くっきりとした鎖骨のラインに浮かぶ、珠のような汗。
提督の心に思わず邪な気持ちがムクムクと芽生えてきて、神通にそっと手を伸ばしかけた瞬間……。
「やっほーい!」
「那珂ちゃん参上! でも残念、アイドルだから水着だけど……ポロリもあるよ♪」
全裸にタオル一枚でジャンプする川内と、紐ビキニを身に着けた那珂が露天風呂に乱入してきて、R-18タグの危機はギリギリ回避されたのだった。
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もとが温泉旅館だった艦娘寮には、三段階のグレードの部屋がある。
その中で一番狭い、梅の間と呼ばれるグレードの、10畳の本間に2人掛けのテーブルが置ける広縁を備えただけの、シンプルな川内型三姉妹の部屋。
提督は神通たちとともに、夕食をこの部屋でとることにした。
提督含め、四人ともが風呂上りの浴衣姿だ。
間宮の大食堂から晩酌セットの出前を運んできてくれた黒潮と雪風に、お礼にミナツネの「あんずボー」をあげる。
棒状のビニール袋に入った、あんずの果肉入りシロップを冷凍庫でシャーベット状に凍らせて食べる、関東定番の駄菓子だ(冷やさずにチュルチュル吸ってもいいが、常温だと脳天直撃の甘さが際立つ)。
提督たるもの、この手の子供心をくすぐる駄菓子を、いつでもサッと渡せるようにしておきたいものだ。
さて、間宮が作ってくれた晩酌セットのメニューは……。
すり潰した枝豆が入っているのだろう、緑がかった朧豆腐がガラスの小鉢に。
他には、蕪の浅漬け、きんぴらごぼう、マカロニサラダ、ニラ玉、そばつゆをかけた小海老のかき揚げ。
あくまでも甘味処兼食堂としての建前を崩さず、酒の肴はあまり作らない間宮だが、頼めば酒に合うつまみメニューだけを、まとめて出してもくれる。
ただし、それらは全て食堂で出すメニューの付け合せや、残りものの流用だ。
栓を開けたビールの大瓶と冷やしたグラスが人数分、そして「下町のナポレオン」こと、麦焼酎いいちこ(もちろん普通バージョン)の一升瓶と氷がついてくる。
提督のグラスにビールを注ぎながら……。
「うーん、鳳翔さんの居酒屋と差別化しようって意識を感じるよねー」
提督も思ってはいたが、口に出しにくいことを、川内がズバリと指摘した。
あえて聞こえなかったふりをして、乾杯してビールに口をつけただけで、すぐに箸をとる。
「おーいーしーいー!」
隣でミ○ター味っ子風の大袈裟な口調で那珂が叫ぶ(耳にキンキンくる)が、本当に美味しい。
まろやかながら濃厚な豆の旨味を主張する枝豆入り朧豆腐に、蓮根、人参、ごぼうへの包丁の入れ方が絶妙でまさにプロのきんぴらごぼう。
それらをつまみながら、ビールを飲み、いいちこを注ぎ……。
「サブ島沖の夜戦はさ、バルジで耐えるより、やっぱタービンの高速で切り抜けた方が……」
「駆逐隊の訓練メニューですけど、最近は雷撃がおろそかになっている気が……」
「畑の北の方のPH値なんだけど、少し酸性に偏ってない?」
何となく、仕事の話(?)を
この後は、鳳翔さんの居酒屋でしっぽり静かに飲むもよし、海外艦のバーに繰り出して騒ぐのもよし。
それとも、那珂ちゃんのウミタナゴの一夜干しで秘蔵の日本酒をクイッとやり、早めに電気を消して夜戦(意味深)突入するか……。
さあて、今夜はどうしようかな。
食材イベント、2つ目のカタパルトもらうのにてこずって更新遅れました。
どんどん出なくなっていく仕様は、社会人には(特に精神的に)辛かったです。
カタパルト3つ目は諦めたけど、あとは高級おにぎり1つ(ネジ3)追加で欲しいなぁ。
◎今回の部屋のイメージ図、「fire-cat」さんが作ってくださいました!感謝です!