日曜日のお休みという感じでお読みください。
寮内がガヤガヤと騒がしい。
提督が自室の布団の上でぼんやり目を開けると、雨戸の隙間から朝の光が漏れている。
昨夜、一緒に寝ていた雲龍型三姉妹とヲ級の姿は、すでに部屋にない。
時計の針は5時50分を指していた。
「三日月、龍田んとこ行って、先に朝飯食っちまうように伝えてくれ。俺は畑までトラック出して、陽炎たち迎えに行くからよ」
「ロゴスの氷点下パックが見つからないのね」
「それなら、もうシオンたちに持ってかせたでち」
「誰か、ガンビア・ベイがどこ行ったか知らんか!?」
「違う、ザラ姉! これはジュースだから……あぅ、ごめんなさいー!」
「そこの装甲空母姫、服を着なさい! せめて下着だけでも!」
普段は6時起床、6時40分まで基本的に外出禁止、当番や朝練、釣りなどで外へ出る場合も、できるだけ音は立てないという規則があるが……。
今日のような日は仕方ない。
鎮守府総出のピクニックなのだ。
布団をたたみ、身支度を整えていると……。
「よっしゃあー! 6時ジャスト! 司令、起きてっかー!」
「いひっ、朝だーっ! 食堂、もう開いてるぜ!」
「テイトク、アサゴハン!」
ドアを蹴破るような勢いで乱入してきた朝霜と佐渡、ほっぽちゃんに飛びつかれ、そのまま腕を引っ張られて食堂に連れていかれる提督だった。
「山城、水筒の数はこれで足りてるかしら?」
「足柄姉さん、レジャーシートの入ってるダンボール、どこに置いたか知りませんか?」
廊下や玄関付近ではジャージ姿の艦娘たちが、荷物を持って慌ただしく行き交っている。
大人艦娘たちは大忙しで猫の手も借りたいだろうが、提督は猫の尻尾よりも役に立たないから、邪魔にならないよう子守をしつつ、おとなしく朝食を食べているのが一番だ。
朝食は手軽に済ませられるよう、すでに配膳台に伏せた空の茶碗とおかずを載せたトレイがいくつもセットされており、その横には湯気をあげる雑炊の鍋が置いてあって、セルフでよそえるようになっていた。
おかずは、イワシの丸干しが二尾、卵焼き、わらびの醤油漬け、蕪の浅漬け。
昨夜の夕食に使った鯛のアラと骨で濃厚なダシをとった、温かくて優しい味の雑炊。
薄塩と天日で旨味がぎゅっと凝縮した旬のウルメイワシ、さやえんどうの入ったシャキシャキ食感が楽しい卵焼き、春の残り香のお漬物。
山歩きを前に、あくまでも軽く消化よく、それでいて栄養豊富な朝食だ。
厨房からは、肉を焼く良い匂いに、大量の麦茶を煮出す香りも漂ってくる。
と、朝潮と浜波が急ぎ足にやってきた(寮内は走るの禁止です)。
「司令官、長門さんから出発時間の最終確認です。8時半でよろしいでしょうか?」
「あの…あの……司令、や、大和さん……が、倉庫…の、す、炭を……あの…持ち出す……きょ、許可を……」
ここの鎮守府には携帯電話などないので、寮内でも急ぎの連絡は伝令を出すことが多い。
浜波にも、上手に伝令ができるぐらいドモリ癖を治してもらいたいが……まだまだ難しいかもしれない。
提督はそれぞれに許可を出し、頭を撫でてご褒美の駄菓子『モロッコヨーグル』を渡してあげた。
熱気に包まれた朝が過ぎていった。
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風は少し強いものの、良く晴れた絶好のピクニック日和。
地域の気温は30℃の夏日を記録していたが、緑に覆われた裏山の林道には、涼しい空気が流れていた。
鎮守府の裏山は標高300メートルちょっと。
中腹の池の周りには紅紫の花菖蒲が群生していて、目を楽しませてくれる。
金剛に比叡、大鳳、足柄、アイオワ、サラトガ……etc。
そして今年は新たにイントレピッド。
明るくノリの良い引率役たちの盛り上げのおかげで、楽しく山を歩くことができた。
「Hey! 皆さ~ん、よく頑張りましたネー!」
「提督、おっそーい!」
8時半の出発から休憩を挟んで2時間少しで、全員が山頂にたどり着いた。
山頂といっても、より高い隣の山へと続く尾根伝いに開けた台地なので、けっこうな広さがあって、200人を超える鎮守府一行でも、雑然とはするが十分に荷物を広げられる。
「ダカラ……留守番シテルッテ言ッタノニ……ッテ、寄ッテ来ルナヨー!」
提督とともに最後尾で到着し、荷物を下ろした途端にへたりこんだ引きこもり体質の集積地棲姫だが、礼号組にじゃれつかれて悲鳴を上げている。
山頂でみんなで食べるお弁当。
おにぎりは2種類。
枝豆と塩昆布、天かすの握り、ちょっぴり麺つゆで味付けしたものと、刻んだ梅と大葉に、じゃこ、塩ごまを振って握ったもの。
おかずは、ひじき入りの豆腐ハンバーグに、オクラの豚肉巻き、ブロッコリーのおかか炒め、きゅうりの漬物。
枝豆や大葉、オクラ、ブロッコリー、きゅうりは、早朝に畑で収穫したばかりの新鮮なものだし、梅も鎮守府で漬けた自家製だ。
ついでに、間宮謹製の豆腐も、鳳翔さんが煮出してくれた香ばしくふくよかな麦茶も、畑で育てた大麦を刈り入れたものを使っている。
戦艦娘たちが手分けして運んできた焼き台では、目の前の湾で昨夜釣ったばかりの、脂ののった鯖の切り身が焼かれている。
これに自家製マヨネーズをかけ、朝採りのレタス、トマト、玉ねぎとともにバゲットに挟めば、絶品の鯖バーガーの出来上がりだ。
おしゃべりしながら、嬉しそうに舌鼓を打つ艦娘や深海棲艦たちの笑顔を見て、提督の顔も自然とニヤける(決して港湾棲姫が胸を押し付けてきているからではない)。
ここには最新のテーマパークも、話題のショッピングモールも無いが、豊かな自然がある。
澄んだ空気に綺麗な水、美しい景色、さわやかな草木の香りに、美味しい食材。
あとは大切な家族がいれば、他には何もいらない。
「寮に戻ったら、温泉に入って宴会だぞ」
「週末にも七夕の宴会があるから、それまで泊っていったらどう?」
「ソウサセテモラオウカ」
と、長門と陸奥が戦艦水鬼を誘い、何やら提督の意思とは無関係に深海勢のお泊まり延長が決まってしまった。
「そして互いに英気を養い、夏は存分に戦おう。姫級6との艦隊決戦……胸が熱いな!」
やめてください、そんなことになったら死んでしまいます。
拳を握りしめる長門の言葉に、提督は白目を剥くのだった。