ある鎮守府のエンゲル係数   作:ねこまんま提督

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夏野菜の七夕パーティー

 

今日は7月7日、残念ながら空は薄く曇り、小雨が降っている。

 

艦娘寮の玄関ロビーでは、裏山から切り出してきた大きな笹に、浴衣姿の艦娘たちが願い事を書いた短冊や、手漉きの折り紙で作った七夕飾りを吊るしていた。

 

裁縫や織物の上達を願う、着物の形に折った「紙衣(かみごろも)」。

商売繁盛や金運を願う「巾着」。

大漁祈願に漁網を模した「網飾り」。

家族の健康と長寿を祈願した「折鶴」。

清潔と倹約の象徴「屑籠(くずかご)」。

 

そして、織姫の糸を象徴したのが「吹流し」。

願い事を書く短冊の起源は、そもそも中国で七夕のお供えの目印として、神聖な笹に五色の糸をかけたものだという。

 

笹は昔から、その葉に抗菌作用があるため邪気を払うと考えられ、天に向けて真っ直ぐ育つ姿から、天に届く聖なるものと考えられていたのだろう。

 

笹は、竹とよく似ているが違う植物。

間違って持ってこられた竹は、那智と最上が鉈で割り、玄関脇に大釜を出して茹でている。

 

茹でて油や水分を抜いたら天日で一月ほど乾燥させ、細長く切り、丁寧に削って磨いて、箸にするのだ。

 

妙高、羽黒、白露、時雨が、畑から収穫してきた蚕豆(そらまめ)を茹でるため、大釜が空くのを待っている。

 

「茹でておいてあげるから、お風呂に入って浴衣に着替えちゃいなよ」

「提督、お風呂一緒に入る? 背中流してあげよっか!」

 

お風呂を勧めた提督に、白露がキラキラした瞳を向けてくる。

 

最近、白露のサービスが非常に過剰だ。

白露を改二にする計画が事前に漏れてしまって、何というか……クリスマスプレゼントを事前に知った子供のように、はしゃぎながら毎日ベタベタ甘えてくる。

 

「はいはい、いいから行こう、姉さん」

 

時雨が白露を引っ張って温泉に連れていく。

ふぅ、と一安心した提督が、籠いっぱいのキュウリを運んできた艦娘たちに声をかける。

 

「あ、夕立と春雨もお風呂行っちゃいなさい。雨、冷たかった? 顔色が悪いよ?」

「この子は、春雨じゃなくて駆逐棲姫っぽい」

「あ、ゴメン」

 

春雨と駆逐棲姫はよく似ているので、制服姿ならともかく、ジャージ姿に麦わら帽子をかぶられると見間違えてしまう。

 

ぷうっと頬を膨らませている本物の春雨と駆逐棲姫をなだめ、お風呂に行かせると……。

 

「提督……」

 

今度は浴衣姿の山風が、ギュムッと抱きついてきた。

 

「江風が……ね、今年は雨だから、織姫と彦星が会えないって……年に一度しか、会えないのに……あたし…だったら、あたし……っ」

 

いかん、山風が泣いている。

 

「大丈夫だよ。本当の七夕は旧暦の7月7日だから、今年は8月17日。今日が雨でも、問題ないんだよ」

「……ホント? 良かっ……た」

 

安心したように、山風が泣き止んでくれた。

 

 

夕方になったら、宴会場に集まって、みんなでお食事。

 

平安時代の宮中の儀式や作法をまとめた延喜式には、索餅(さくへい)(そうめんの原形とされる、中国の麺料理)が、七タの儀式に供えられたという記述がある。

 

なので、七夕料理にそうめんは欠かせない。

 

大皿のそうめんの上に、薄切りにしたキュウリと錦糸卵を並べて天の川に見立て、オクラと、星形に型抜きしたパプリカ、ハムを散りばめる。

 

レタスと水菜のサラダには、茹でてすり潰した蚕豆と鮭フレークを混ぜたマッシュを添えて。

 

ほうれん草は胡麻和えに。

茄子、玉ねぎ、しし唐は、海老やキスとともに天ぷらに。

 

スズキとヒラメの刺身には、茹でたブロッコリーとカリフラワーを添え、みょうが、大葉、貝割れ菜の薬味をたっぷりと。

牛のたたきにも、たっぷりと玉ねぎのスライスをのせて。

 

お気づきのように、鎮守府の畑では夏野菜の収穫が絶好調。

今日の野菜で、買ってきたものはオクラだけ(畑のオクラが食べ頃になるのは1ヶ月ほど先になりそうだ)。

 

 

演台では比叡と青葉が、短冊に書かれた面白い願い事を披露している。

 

「提督、夜は分かっているな? 織姫たちはみんな、彦星を待っているからな」

 

長門に小声でささやかれ、提督はひきつりながら頷いた。

 

織姫との逢瀬は、彦星にとっての最大の喜びだろう。

 

問題は、提督には逢いに行かなければならない織姫が百人以上いることだが……。

明石が「とりあえず5ダース準備しときましたよ♪」と妖精さん印の魔法の精力剤を届けにくる。

 

七夕の夜は、始まったばかりです。




西日本の大雨に遭われた方々のご無事と一日も早い日常のご回復をお祈りします。

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