輝く太陽の光に、心地よい潮風。
止むことのない潮騒と蝉の声の中、多くの笑い声が響き、飛来した海猫たちが喧騒に輪をかける。
切り立った岩肌に沿って続く、長さ300メートルほどの玉砂利の浜と、干潮時に姿を現す平らな磯場。
海に向かって回廊のように突き出した磯場の先端は巨大なエリンギ茸のように隆起していて、その隆起の上にある数本の松の木と、航行祈願のために建てられた赤い鳥居は、満潮時には海面ギリギリに浮かぶことになる。
鳥居の先にも、同じように長年の波浪に削られて沖に取り残された岩礁があり、さらに沖合いには海に取り残されたかつての山が小島となって多くの海鳥たちの住処となっている。
南国のリゾート地のような美しい白浜は無いが、多くの自然と触れ合える、野趣あふれる海岸線。
ここは鎮守府のプライベートビーチ。
北のこの地方では、海水浴に適するのは夏のほんの一時期に過ぎないが、それは……。
今でしょ!
明日は終戦の日(8月15日は日本がポツダム宣言の受諾を公表した日で、正式な終戦は日本が降伏文書に署名した9月2日だという連合国艦娘たちの言い分は措いといて……)ということで、深海棲艦たちとも一時休戦して夏休み。
海で泳ぎ、磯で遊び、そして食べる、水着姿の艦娘と深海棲艦(+謎の浮き輪さん)たち。
バーベキューや浜焼きの焼き台はもちろん、カキ氷の屋台も出し、急造ピザ窯(撤収も急いでしないと次の満潮時には水を被ってしまう)も設置した。
「酒匂、早く運んじまえよ」
「ぴゃあっ、天龍ちゃん待ってぇ~」
この海岸には遊歩道が通っているだけで、車両は乗り入れできない。
追加の食材や酒などは、駐車場に停めた軽トラからキャリーカートで運ぶことになる。
「ケンGからピートロとハラミが届いたぜ」
天龍が追加の豚肉を持ち込み、バーベキュー会場が盛り上がる。
ちなみにケンGとは、県内の養豚場の三代目社長のアダ名だ。
若い時ラッパーになると上京した後に何やかんやの紆余曲折があって、今でも金髪のままだが、立派に家業を継いで美味しい豚を生産しながら、バツイチのシングルファーザーとして小5の息子を育てている、テレビの実録密着番組が作れそうなナイスなブラザーだ。
ピートロは、トントロとも呼ばれる、豚の首の周辺肉のこと(ただし、正式な食肉の部位ではなく、焼肉業界などから勝手に広まった名称なので、解釈は各業者に委ねられる)。
ケンGのところのピートロは、やわらかい肉質に上質な脂肪が霜降りに入った、舌でとろけるような逸品だ。
ハラミは横隔膜で、脂は控えめなのに肉汁たっぷりでジューシー。
鎮守府のワガママを聞いてくれ、こうしたバーベキューの日にちを伝えておくと、それに合わせて事前に切り出して清掃した横隔膜を、細かくカットせずに指定した特製ダレに漬け込み、塊の状態で届けてくれる。
「Good! ステキね! いいじゃない!」
「はわわ…鉄板からはみ出しちゃう」
「あ、すごいいい! さすが、Ken-G’s Pork!」
バーベキューの本場、アメリカの艦娘たちにもケンGの豚肉は好評だ。
あ、ちなみにケンGというアダ名の由来は、もちろん本名の「賢治」だ。
郷里の生んだ偉大な童話作家にあやかって、養豚場の先々代社長である祖父が名付けたものだが、ケンGは中学の時にその作家の豚を主人公にした作品を読んで以来、豚が食べられなくなり家を出ることを決意した……とか、色々と興味深いエピソードがあるのだが、それはまた別の話。
「スペアリブ、ダ」
天龍と酒匂に続いて、どでかいダンボール箱を軽々と抱えた戦艦棲姫がやってきた。
ホットパンツにタンクトップという姿で、何がとは言わないがバインバインしている。
「どうだい、ケンGは面白かったでしょ?」
「変ナ人間ダ。突然、早口デ訳ノ分カラナイ歌ヲ歌イナガラ、自己紹介シ出シタ」
提督の問いに、ケンGから肉を受け取ってきた戦艦棲姫が怒ったような困ったような顔で答える。
社長になった今でも金髪でラッパー魂を忘れない、それがケンGという男だ。
「君も、ちゃんと挨拶できた?」
「ウン、私ハBB-67”モンタナ”」
照れたように、提督からもらった偽名を名乗る戦艦棲姫。
まあ偽名など使わず深海棲艦だと打ち明けても、ケンGなら「問題ないぜ深海棲艦。元の女房はナースで正看。昔ボラれた
「うん、よく言えました」と、服を脱いで水着になった戦艦夏姫の頭を撫でる提督。
「提督、戦艦棲姫ばっかりズルイですっ!」
ムーッとふくれっ面の水着の大和が二人の間に割って入り、争奪戦が発生して提督が圧死する。
そんな、いつもの夏の光景を横目に、長門が届いたばかりのスペアリブを焼き始める。
一四式野外焼架台(遠征用のドラム缶を真っ二つにして足をつけただけの炭火用グリル)に焼き網をかけ、ゴロゴロと骨付き肉を並べて焼いていく。
豚の解体後、すぐに下茹でして汚れと余分な脂を落とし、ニンニク、玉ねぎ、リンゴの擦りおろしに、赤ワインとハチミツ、醤油、味噌などからなるタレに浸して、真空パックしたスペアリブ。
最初は、提督が大量発注の際に「下処理して、このタレに漬け込んでから真空パックして」という、超ワガママ注文をしたのが始まりだ。
さすがに面倒くさそうな顔をしたケンGだが、間宮の特製ダレを舐めたケンG、すぐにレシピを教えてもらって商品化し、一般向けの直販事業を開始した。
これが絶好調で、さらに鎮守府の試食意見を参考にハラミなどホルモン系の商品開発も次々と成功させ、今では通販部門だけで年商1億円を稼ぐようになっている。
お礼に安く肉を用意してくれるし、ワガママな細かい注文にも応じてくれるので、鎮守府とはWin-Winの関係だ。
「長門、肉ッ!」
「スペアリブ~♪」
香ばしい匂いに誘われ、南方棲戦姫と戦艦レ級が焼けたスペアリブをもらいにくる。
深海勢はこの後、帰ってから引っ越しを計画しているらしい。
海域の長である南方棲戦姫はともかく、戦艦レ級が南方から出てきたら……。
「鉄風雷火の艦隊決戦か、胸が熱いな。よし、いっぱい食えよ」
「レ?」
戦艦レ級の皿にスペアリブを特大に盛ってやる長門。
その後ろでは、イタズラをしたPT小鬼群を霞が追いかけまわし、空母棲姫が何やら深海鶴棲姫に小言を言っていて、それを加賀と瑞鶴が苦虫を噛みつぶしたような顔で眺めている。
ここの鎮守府は今日も平和で、みんな仲良しです。