ある鎮守府のエンゲル係数   作:ねこまんま提督

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提督会議と青春の半チャーハン

群青色に染まった夏の夕暮れ空に、うっすらと白い月が浮かんでいる。

風に揺れる水面の先には、休むことなく白煙を吐き続ける巨大な煙突や、天を衝く巨大なクレーンが見える。

 

ここは横須賀、うみかぜ公園。

 

ボーダー柄のカットソーに、ユ〇クロのストレッチジーンズ、足元は白のデッキシューズ。

夏を楽しむ民間人にしか見えない服装で、辺境から来た提督が竿を出していた。

 

昔は実家から、赤い電車に乗ってよく釣りに来たこの公園。

ここでの釣りの特徴は、提督もよく知っている。

 

この釣り場では、それほどの大物は狙えないが、一方で東京湾の速い潮の流れに流されない、重めの錘が必要になる。

 

そこで用意したのが、黒地に青いラメの差し色が入った、ダイワの「小継せとうち」。

中小物の釣りに特化した万能竿で、普通の磯竿より重い錘が背負えるし、仕舞い寸法も短いので楽に電車に持ち込める。

 

 

そんな提督の横で竿を出すのは、西海岸風の派手な柄のポロシャツにショートパンツ、サンダルをつっかけた茶髪の男。

 

東京湾の対岸から来た、木更津の提督だ。

 

中高大と同級生の腐れ縁で、昔はよくこうして一緒に釣りをしたものだ。

 

木更津提督が使っているのは、シマノの「ホリデースピン」。

入門用の投げ竿だが、バリバリの硬い投げ専門竿とは違って、万能竿としての適性も高い。

 

チョコチョコと探る繊細な釣りが好きな提督。

とにかく仕掛けを投げ飛ばすのが好きな木更津提督。

そんな釣りの好みは昔と変わらない。

 

「オリョール海にイ級後期型とか酷いよね~」

「それより5-4にツ級なんか置くんじゃねーよな」

「道中の評価、かなり渋くなったからキス島で練度上げが出来なくなっちゃったしねえ」

「そのくせ任務の達成条件は据え置きとか、アホかっつーの。駆逐艦入れてWレ級相手に突撃しろとか、どんだけ鬼畜なんだよ」

 

よくテスト開けの学校帰り、テスト問題への愚痴をこぼしながら、二人で釣り糸を垂れたものだ。

その昔のままのノリで、各海域で戦力を配置転換した深海勢と、それに伴って評価の計算式を変更した大本営への恨み事をこぼす。

 

 

本当に先月の提督業は大変だった。

 

海水浴に浜焼き、花火大会、流しそうめんと忙しい中、各海域に新しい門を設置して回り。

 

大本営が8月すでに各拡張海域での戦果を得ていても、再攻略すればもう一度戦果をくれるというから、町内の夏祭りの準備を手伝いながら、珍しく参加した戦果争いのために港湾棲姫やレ級と再度戦ったり。

 

ホタル観賞や登山キャンプに出掛けたり、新編三川艦隊の任務やZ作戦を完遂したり……。

 

連日連夜の自主的サンマ漁に、ブルネイ泊地沖への出撃の連続……。

 

「おい、存分に夏を満喫してんじゃねーか。テメーもいっぺん、1位目指してみろ」

「むーりぃー……って、引いてるよ」

「おっ、強ぇ引き! タモは?」

「持ってきてるわけないよ」

「マジかー」

 

などとバカ話をしながら釣りを楽しんだ後は、いつものように駅前の中華屋で半チャーハンとギョーザでビールを。

 

ベシャッとした何というところのない普通の町の中華屋のチャーハンに、焦げ目が破れたりするのもご愛嬌のギョーザだが、忘れられぬ青春の味だ。

 

久しぶりに食べる……。

 

久しぶり……?

 

「あっ」

「ヤベッ」

 

学生の頃の習慣に従い、当たり前のように駅へと向かう道を歩いていた提督2人。

 

これから横須賀鎮守府で会議なのを思い出し、慌ててタクシーを止めようと海岸通りに戻るのだった。

 

 

「あんたら、その服はナメてんの?」

 

私服で会議室に入った途端、天草の女提督から辛辣な言葉が飛んできた。

 

なかなか空車をつかまえられず、何とか会議の開始前には到着できたものの、制服に着替える時間までなかったのだ。

 

確かに、格調高く厳粛な雰囲気の漂う、巨大鎮守府の重厚な会議室に、2人の私服姿はものすごく浮いているが、浮いているといえば、他にも……。

 

天草提督の隣の席、熊本鎮守府の元少女小説家提督が、いつものようにゴスロリ服を身にまとっている。

 

「服? なら……んぐ」

 

木更津提督がそこに触れようとしたので、提督は慌てて彼(自走式地雷踏み器)の口を手でふさいだ。

 

同県なのに(だからこそ?)、天草提督と熊本提督は犬猿の仲。

下手に熊本提督(毒舌キャラ)を巻き込むと、猫の縄張り争いの百倍やかましい、収拾不可能な女の戦いが勃発してしまう。

 

まだ何か言いかけるバカの口をふさいだまま、天草提督と熊本提督から距離を取ろうとするが……。

 

「センパイたち、ちーっす!」

 

と、高知県の浦戸鎮守府の元フリーター提督が割り込んできた。

オレンジの長髪に皮ジャン、高校中退後コンビニでバイトしながら路上ミュージシャンをしていたという分かりやすい経歴の、この二十歳そこそこの若い浦戸提督も、木更津提督並みに地雷を踏む特技を持っている。

 

現に「センパイたち」という言葉に、年齢が気になるお年頃の、天草提督と熊本提督(そして少し離れた位置にいた三重県の鳥羽鎮守府、元サーファー女子提督)の眉の角度が少し上がっている。

 

そして熊本提督が小声で「ちっ、三馬鹿トリオがそろいやがった……」と言ったのが気になります……。

 

「見てくれましたかぁ? 最終日のうちの戦果!」

 

ビシッと妙なビジュアル系のポーズを決め、ニヤニヤ笑ってくる浦戸提督。

そういえば先月の最終日15時の時点で、ボーダーギリギリにいたところ、浦戸鎮守府が追い上げてきていた。

 

それでも、戦果値は220離れていたし、さらに22時の締め切りまでに50ほど積み増ししたので、抜かれることはないと思うが……。

 

「俺、あの後に撃っちゃいましたからね! 人生初のZ砲、イェーーーーーイ!!」

 

浦戸提督の絶叫に、会議室内が静まり返る。

 

通称Z砲。

季節任務のZ作戦を遂行することで、戦果+350を稼げるが……。

 

任務達成による戦果の加算は14時が締め切りである。

 

 

「彼は……どうかしたのですか?」

 

議長である横須賀提督が現れ、全員が着席したが、浦戸提督だけはポカンと立ち尽くしている。

 

「着席してください」

 

と横須賀提督が促しても、ボーッと天井を見つめたままの浦戸提督。

これが提督でなく、ただの軍人や役人だったら、ガダルカナルでドラム缶を数えるだけの簡単なお仕事に回されるところだが……。

 

「放っておいてやれ」

 

という佐世保の筋肉提督の言葉もあり、横須賀提督は彼を無視して会議をすすめる気になったようだ。

 

「まず、9月7日より開始する”初秋作戦”について……」

「センセェー、”晩夏作戦”じゃなかったんですかー!?」

 

横須賀提督の第一声に、すかさず嫌味を被せていく天草提督。

 

「だれが先……」

「センセェー、舞鶴のおじいちゃんがオシッコしてまーす」

 

横須賀提督が声を荒げかけたところに、福岡鎮守府の女子高生提督が手をあげて報告する。

横須賀提督が大学生の時、福岡提督の在学していた小学校に教育実習に行ったので、彼女が先生と呼ぶのは嫌味ではない。

 

あ、ちなみに舞鶴のおじいちゃん提督は犬です、念のため。

 

さすがに元教え子の訴えと、最長老である舞鶴提督の粗相を放っておくわけにもいかず、横須賀提督が議事進行を中断したとたん……。

 

「今日はなんか釣れた? 俺さ、こないだ和歌山にイカ釣り行ってさ、かぁー……もうさ、君も夏にランカーなんかやっとる場合じゃないよ? こうさ、(おか)っぱりから軽く投げただけで餌木(えぎ)にガンッとイカちゃんが喰い付くわけよ! 分かる? こう、ガンとさ!」

 

提督の所に、丸々と太った釣り好きのおっちゃん、静岡の清水提督が近づいて話しかけてくる。

 

日南(にちなん)の旦那。明日はアキバに狩猟に行くでござるか?」

「ああ、もちろんだ。確保しておきたいNゲージの再販モデルがいくつかある」

「お……俺も、行こう……かな」

 

秋田県土崎湊のアニオタ提督が、宮崎県日南の鉄オタ提督に話しかけ、佐賀県唐津のゲーオタ提督がのっかる。

 

「あしたなっとばへでぐはんで」

「にふぇーやいびーん」

 

こちらは女同士、青森県の津軽提督が、沖縄県のうるま提督を明日、池袋乙女ロードに連れてく約束をしているようだが……なぜ会話が成立するのか不明だ。

 

ざわざわとカオスになっていく会議室に「学級崩壊……」という熊本提督のクスクス笑う声。

 

人類の未来は、不本意ながらこの人たちにかかっています。


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