遠方の峰々は紅く色づき、青々としていた水田も黄色く熟した。
けたたましかった蝉たちの合唱が消え、昼はトンボが舞い遊び、夜は鈴虫が鳴く。
収穫の秋。
鎮守府の畑では、芋掘り大会が行われていた。
「駆逐艦の皆さん、行きますわよ! とぅおおぉ~っ!」
「三十一駆、全速前進!」
「いよーっし、岸姉。行くぞー!」
「ちょっと、朝ちゃん待って。熊野さんも沖姉も、何でそんなにはしゃいで……」
「リベ、これ何? Patata?」
「ふひひ♪ リベとキヨシモが教えてあげる!」
「同志、この紫の物体は本当にкартофель(芋)なのか?」
「そう、ヤポンスキーの誇るサツマーイム、Сладкий картофель(甘い芋)だ。ヤキーイムにすると美味いぞ」
ジャージ姿の艦娘たちの楽し気な笑い声が、移動式の簡易ビニールハウスの中から響く。
熱帯原産のサツマイモは雨に弱く、身に水分が溜まりすぎると腐りやすくなる。
今日掘るのも、前もって雨除けの簡易ビニールハウスをかけておいた、テニスコート程の広さの区画だけ。
このビニールハウスは、次の10月に収穫する分の区画へと移動させる。
サツマイモは傷をつけると味が落ちてしまうので、道具を使って掘るのは要注意。
慎重に手掘りし、一株まるごと引き抜くのが好ましい。
蔓に連なったサツマイモが、ズルズルと土中から姿を現す、楽しい作業。
この後には、サツマイモの炊き込みご飯も食べられるし。
ただ、サツマイモの甘みを十分に引き出すには、冷暗所に貯蔵しての熟成が必要。
今日の料理に使われるのも、一週間ほど前に掘り出して地下倉庫で寝かせておいた、先行収穫のサツマイモだ。
航空母艦娘の葛城とグラーフ・ツェッペリンが、一三式自走炊具(2トントラックの荷台に調理施設を搭載したもの)の中で、大量のサツマイモを皮付きのまま角切りにし、大鍋に張った水にさらしていく。
一三式自走炊具には、一度に100人前の米(10升)を炊ける炊飯窯が固定搭載されているが、鎮守府全員分の炊飯にはまだ能力不足。
普段は調理用途に応じて、焼き物用の鉄板や、煮物用の寸胴鍋など、4種類の装備から2種類を選択・交換して搭載できる追加ユニット部にも、炊飯窯がドンドンとセットされていた。
300人前の炊き込みご飯。
その下準備たるや大変なものだが、グラーフが責任者に立候補したのを見て、葛城もそれを手伝うことにした。
先の新ライン演習作戦。
ビスマルク、プリンツ・オイゲンとともに作戦に参加したグラーフ・ツェッペリンだが、強力な敵(鎮守府をプチ家出した空母ヲ級flagship)相手に制空力の不足が目立ち、葛城へとバトンタッチすることになった。
その葛城も苦戦を強いられ、加賀へと後を託した。
作戦で十分に貢献できなかった分、何か鎮守府の役に立ちたいと思うグラーフの気持ちは、葛城にもよく分かった。
と、一三式自走炊具の隣に、加賀の運転するハイエースが滑り込んでくる。
あらかじめ鎮守府の厨房で下ごしらえしておいた、大根、人参、しめじ、豆腐と、味噌汁の具を運んできたのだ。
加賀もまた制空戦に手いっぱいとなり、打撃力を発揮できないことから、鎮守府最強の空母艦娘イントレピッドへと役を譲った。
ハイエースの助手席には、葛城たちを退けた空母ヲ級flagshipが笑顔で乗っている(社会科見学に連れて行ってもらえることになったので機嫌が直った)。
加賀も、はしゃぐヲ級相手に優しく微笑んでいる。
隼鷹、飛鷹は、味噌汁用の巨大な寸胴鍋をセットしている。
鳳翔は大鷹と神鷹に手伝ってもらい、秋茄子で味噌炒めを作ろうとしている。
目立つ場所で、華々しい戦果を挙げるだけが艦娘の仕事ではない。
台風に備え、田んぼに防風ネットを張っている明石、夕張、あきつ丸。
収穫をしたカボチャを貯蔵庫へと運ぶ、水上機母艦娘たち。
みんなが少しずつ力を出し合い、この鎮守府を、大切な家族を支えている。
「よぉし、そろそろお米と混ぜましょうか」
「よろしい。塩加減は任せておけ」
新潟から贈られてきた新米と、黄金色のサツマイモ、裏山の澄んだ湧き水。
その素材の良さを最大に生かすために、あとは岩塩を少し加えるだけ。
「それじゃあ……」
「うむ。楽しみだな」
やがて漂ってくるだろう、極上の秋の香りを思い浮かべながら……。
葛城とグラーフは、炊飯窯に火を入れるのだった。