ある鎮守府のエンゲル係数   作:ねこまんま提督

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ご注意。
新艦娘ネルソンとゴトランドの台詞バレがあります。


ネルソンとフーカデンビーフ

「Enemy ship is in sight…. 各々方…さあ、始めるぞ!」

 

波濤を蹴立てて進む、豪奢な超弩級戦艦が宣言する。

新しく鎮守府に加わった仲間、英国のネルソンだ。

 

前方から迫りつつある演習相手の艦隊は、島根県稲佐の浜(いなさのはま)鎮守府所属。

 

旗印は中の空いた四角形を四つ正方形に配した、平四つ目結(ひらよつめむすび)

出雲の戦国武将、尼子氏の家紋だ。

 

稲佐の浜は出雲大社、建御雷神(タケミカヅチ)大黒主神(オオクニヌシノカミ)と対面した国譲り神話の舞台であり、毎年旧暦10月に全国の神様が一堂に会する神議り(かむはかり)の際に出雲上陸の地とする神聖なパワースポットでもある。

 

その稲佐の浜鎮守府の提督は、長い黒髪の美しい巫女様で、こと霊力に関しては提督中随一、戦闘海域に支援艦隊や友軍艦隊を送り込む新たな門を開くための術式を完成させたのも彼女だ。

 

「各艦! 複縦陣で敵の中央に突撃する!  聞こえなかったか?複縦陣だ! 行くぞ!!」

 

そして、我が方の旗艦ネルソンが指示したのは、ネルソン・タッチと呼ばれる新戦術。

彼女の名前の由来であるネルソン提督が、トラファルガー海戦でナポレオンのフランス艦隊を壊滅させた、複縦陣による敵中央突破、分断各個撃破戦法である!

 

とか、そういうフンワリどうでもいい知識は横に置いておいて……。

 

稲佐の浜鎮守府の艦隊は、軽空母1、駆逐艦2、海防艦1。

どう見ても近海の対潜掃討を行ったついでに、演習に応じてくれた接待編成だ。

 

「ナガート、ムツー! 遅れるな!」

 

それを相手に世界のビッグセブンたる艦娘が3人も揃って、大人げなく一斉射撃を……。

 

「主砲、1番!2番! 行くぞ、もう一撃だ!」

 

やっちゃった。

 

後ほど鳳翔さんがお詫びに、鎮守府の果樹園で採れたリンゴから作った100%生搾りジュースと、手作りごぼう茶を届けに行きました。

 

 

5~6月の食材集めイベントに、8月の戦果争い、少し大きめの中規模(嘘やん)な初秋作戦と、つい魔が差して参加してしまった9月の戦果争い。

 

ここ半年ほどフル回転(ゆとり鎮守府にしては)していたが、今はのんびりモード復活。

 

阿武隈と第一水雷戦隊は、畑の除草作業。

神通と第二水雷戦隊は、稲刈りして干しておいた稲穂を、台風から守るために貯蔵庫へ輸送中。

川内と第三水雷戦隊は、裏山へ柴刈り(低木を伐採したり、落ち木を拾って薪の材料を集める)に。

那珂ちゃんと第四水雷戦隊は、川へ洗濯……ではなく、海で海苔や昆布の養殖棚の補強作業。

 

そして名取と第五水雷戦隊など、残る多くの艦娘たちは、来たる秋刀魚漁支援任務に向けて漁具の手入れ。

サンマTシャツを着た卯月が、こっそり秋刀魚漁装備に爆雷を混ぜようとして飛龍に怒られていたり。

 

 

第六水雷戦隊旗艦の夕張は、大淀に執務室へと呼び出されて正座をさせられている。

 

「この領収書は何です?」

 

ちょっとした買い物用にと、ウォースパイトが購入した折り畳み小径自転車(ミニベロ)の傑作ブロンプトンを、夕張がパンク修理のついでにカスタムしてあげた時の部品代。

 

シュワルベ社のタイヤ2本とチューブ2本で7000円、これはいい。

 

手組みの軽量ホイールに交換、というのが余計なお世話だが……。

 

それにしても、フロントホイールを組むのに使ったハブ(軸)が、GOKISO(航空機のジェットエンジン部品も製造する、愛知県名古屋市御器所(ごきそ)町の超精密工作機械メーカー『近藤製作所』のブランド)で、税別80000円也というのは……。

 

「これ本気で経費で落ちると思ったんですか?」

 

さすがに大淀さんの眼鏡も光り、こめかみに筋が浮いてしまう。

 

「あーん、そこは格納庫じゃなくって……。あ、ダメだから! 提督、そこは危ないです!」

 

そちらには構わず、提督は今日の秘書艦にした軽(航空)巡洋艦娘のゴトランドの格納庫に興味津々。

 

「私、正直スキンシップは嫌いじゃないですから。できればもっと自然に……お願い、かな?」

 

などと、イチャコラしてやがるが……。

 

「提督にも欧州で買ってきた自動車について、お話がありますからね」

「え?」

 

先の欧州救援作戦のついでに、欧州艦娘たちの足になればと中古車を買い漁ったのだが……。

 

1969年式のモーリス・ミニクーパーS。

シティーハンターでお馴染みの、イギリスの小型車。

 

同じく1969年式のフィアット500(チンクェチェント)

ルパン三世でお馴染みの、イタリアの小型車。

 

奇しくも1969年式のシトロエン2CV(ドゥーシボ)

カリオストロの城でお馴染みの、フランスの小型(?)車。

 

もう確信犯だろうという1969年式のザポロージェツ、西側輸出ルノーエンジン搭載モデル。

日本では馴染みがないが、旧ソ連ウクライナの小型車。

 

ビスマルクたちがレストアして乗っている1969年式フォルクスワーゲン・タイプ1(ビートル)も合わせ、どれも自動車史に燦然と名前を残す名車であるが……。

 

20世紀少年の“ともだち”のように、昭和愛をこじらせた提督の道楽。

 

他所の提督の中には、ロールスロイスやフェラーリ、あるいは外洋ヨットやジョット機を買った者もいるので、それらに比べればささやかな贅沢だが……。

 

ここ最近で買い足した実用車が、2トントラック、ハイエース、エブリィ(スズキの商用軽ワゴン)だけだというのに。

 

と、矛先が提督に向いている隙に……。

 

「あっ、逃げるな! ダメロン!」

 

 

ダメロンともども、たっぷりと大淀のお説教を喰らった提督。

 

そこに、演習からホクホク顔で帰ったネルソンがやってきて……。

 

「さぁ、そろそろ夕食の時間だな。My Admiral、今夜のメニューは何だ?」

 

期待に満ちた顔を向けてくるので、フーカデンビーフを作ってあげることにした。

 

聞きなれない、フーカデンという料理。

フランスの田舎料理fricandeau(フリカンドー)が、明治43年に大日本帝国陸軍が制定した『軍隊料理法』にフーカデンと記されたため、その名で定着してしまったものだ。

 

牛ひき肉に炒めた玉ねぎとパン粉を加え混ぜ、塩こしょうとナツメグをふり、ゆで卵を包むように型に入れてオーブンで焼く……うん、どこかでイギリスのスコッチエッグの製法が混ざり、魔改造されているところも日本らしい。

 

さあて、これを食べたらネルソンはどんな反応をするかな?

 

フーカデンにかけるソースを作るため、トマト缶を開けながら提督は微笑むのだった。


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