秋も深まり、多摩がコタツで丸くなっていることが多くなった今日この頃。
北の辺境鎮守府では、ハロウィンのお祭りの準備がすすんでいた。
ハロウィンは、ケルト民族の大晦日の祭りを起源とし、キリスト教の「万聖節(All Hallows)」の前夜祭として定着した祭りだ。
11月1日に新年を迎える古代ケルトの世界では、大晦日にあたる10月31日の夜に祖先の霊が戻ってくるという、日本のお盆に似た信仰があった。
しかし、同時に悪霊もこの世界にやって来るため、これら悪霊が家人や家畜、農作物に災いをもたらさないうちに追い払うよう、仮面や仮装、魔除けの焚き火が行われるようになったという(同時に、収穫祭として無礼講にハメを外したい気持ちもあったのだろう)。
というわけで、ここの鎮守府でもハメを外すべく、海外艦娘たちが埠頭に色んな屋台を用意していた。
まずは、ハロウィンに一番乗り気なイタリア艦娘たち。
用意しているのは、馬車に模した屋台で供する「ランプレドット」。
ランプレドットとは、しっかり下処理した牛の第4胃であるギアラを、セロリ、人参、玉ネギ、ニンニクなどの香味野菜と共にコトコト煮込んだ、透明なスープ。
基本的な味付けは塩コショウのみだが、「サルサ・ヴェルデ」という、パセリ、ローズマリー、ケイパー、アンチョビ、ビネガー、オリーブオイルなどを混ぜた、緑のソースをかけるのが一般的。
この、トリッパ(牛の第2胃であるハチノスに、トマトソース)に並ぶイタリア風モツ煮込み。
作るのに手間暇はかかるが、本当に美味しい。
長時間の煮込みによってクセが抜け、香味野菜の芳醇な香りが染み込んだ、やわらかギアラ。
さっぱりとした緑のソースが、とろける肉の旨味を引き立てる。
これを、パニーノ(具を挟んだパン)にして、お好みで唐辛子オイルで辛みを追加して提供するのだ。
「うん、ヴォーノ」
一皿の肉料理としても完成しているが、これをパンとともに堂々と口に頬張るのが、屋台ならではの快感。
試食した提督も、思わず頬がゆるむ味。
「美味しい? えっへへっ、やったぁ!」
「もうム゛リですぅ~」
「あと30分はそのままよ!」
新入りのマエストラーレも、違和感が仕事しないまま艦隊に溶け込んで仲良くやっているし、ワインをくすねようとした某重巡も、姉がしっかりと取り押さえて正座の刑に処してる。
魔女の仮装をしたローマも、黙々とカボチャのランタンで辺りを飾り立てているし、アクィラは多摩を化け猫に、木曽を眼帯ゾンビへと仮装させるべくメイク中。
「こっちの方が数を作りやすいし、食べやすいと思うのよねぇ」
「でもでもっ、それじゃサンマー祭りに屋台でやったスパボーと変わらないよ?」
「だから、ハロウィンらしく砂糖とココアをまぶして甘く……」
イタリアとリベッチオは、フライヤーで揚げて提供するパスタプリッツ(揚げパスタ)のスパゲティを、細めの乾麺を長いまま揚げるか、中太の生麺を巻いて揚げるかを熱心に議論中。
イタリア艦娘たちと、手慣れた様子でビアガーデンを設置中のドイツ艦娘たちは、放っておいても大丈夫だろう。
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イギリス艦娘たちは、インド料理の屋台に挑戦している。
「焼き過ぎだぞ、ネルソン。タンドール窯は火力調節が難しいんだ。鶏を入れる前に焼き時間を推量しろ」
「ビッグセブンたる余に、こんなことをさせるとは……」
鬼教官と化したアーク・ロイヤルがネルソンに、タンドリーチキンの焼き方を伝授していた。
タンドール窯は、ドラム缶の中に野焼粘土製の窯を入れ、耐火セメントで塗り固めた自作(にしては大きすぎる)のものを使っている。
「火傷しないように注意してね」
日夜、深海棲艦との戦いをくぐり抜けている彼女らが、今さら炭火ごときでダメージを負うとも思えないが、そこは女の子たちが相手。
提督も一応注意しておく。
「My Admiral,Arkの教え方がひどいのだ。なぁ、Admiralが教えてくれないか?」
そんな提督の優しさに、ネルソンが妙に媚びた艶っぽい表情で甘えてくるが……。
「人間の僕だと、手が炭化するから無理」
ブスブスと黒焦げたチキンを素手で灼熱の窯から引き出すネルソンに言われても、甘い空気など漂うはずもない。
「Darling! これ食べてみて!」
と、英駆逐艦娘のジャーヴィスが、隣のタンドール窯からウォースパイトが引き出した串焼きを持ってきてくれた。
インドの屋台料理、パニールティッカ。
パニールというインドの水牛や牛の乳のチーズを、玉ねぎ、ピーマンを挟みながら串に重ね刺し、マサラ(混ぜた香辛料)などを染み込ませ、窯で焼いたものだ。
「どう? ウォースパイトが作ったのよ! 美味しいでしょ!?」
今回パニールティッカは、市販のガラムマサラとカレー粉に、ヨーグルト、砂糖、岩塩、ニンニク、玉ネギ、生姜、クミンシード、小麦粉を加えたマリネ液に漬け込み、味の複雑さと風味、食べやすさを増したもの。
提督が、創意工夫が行き過ぎる某日本製の高速戦艦のような失敗を恐れていたウォースパイトに泣きつかれ、事前に教えた絶対失敗しない日本人好みの王道味。
後は、初秋作戦中にウォースパイトがジャパニーズ土下座して港湾棲姫から横流ししてもらった、本場の極上パニールをとろける直前まで焼けば完成だ。
多重層な刺激が舌を次々と襲うが、そのどれもが心地よく、チーズと野菜の汁気がジュワッと舌に流れ出して、それら刺激を優しく包み込んでいく。
「うん、美味しいね。さすがは英国の至宝、ウォースパイトだよ」
このパニールティッカの味が決まるまでの、大人のやり取りは心に秘めつつ、提督は目を細めて微笑むのだった。
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フランス艦娘とゴトランドたち(なぜか、戦艦仏棲姫とほっぽちゃんも混じっている)は、小粋なパラソルを差した屋台で石焼きのマロン・グリエ(焼き栗)。
生の西洋栗が手に入らず、裏山で採れる和栗は渋皮が剥きにくくて焼き栗に向かないため、やむなく中国栗を使っているため……天津甘栗の屋台に見えてしまうのはご愛嬌。
いったんそういう目で見てしまうと、赤と黄色のお洒落なパラソルも、中華街のケバケバカラーに見えてきてしまうから不思議だ。
で、アメリカ艦娘たちはハロウィンのデコレーションをしたドーナツ。
みんな手先が器用で、パンプキンドーナツにチョコで目と口を描いたジャック・オー・ランタンや、チョコドーナツにホワイトチョコの目と髭を描いた黒猫、ホワイトチョコに砂糖菓子の目玉をくっつけたミイラ男など、非常に可愛らしい。
ガンビア・ベイが黙々と作っているのは、無駄にクオリティの高い色とりどりの深海浮き輪ドーナツだが……。
これは放っておこう。
そして、アイオワが意外と不器用で……。
「これはゾンビ?」
「No~! Vampireね!」
吸血鬼、右の目玉が飛び出してるんだけど……口から溢れてるジャムは臓物ではなく、血のつもりだったらしい。
あと気になるのは、サラトガの着ている胸に「ユー.エス.エー」とカタカナで書かれたTシャツと、サムが着ている河童と海老のキャラクターとともに某商品が描かれたユ〇クロの赤い企業コラボTシャツ。
うん、本人たちが好きで着ているんだから触れないでおこう。
一方、魔女の仮装で何か呪文のようなものをボソボソと詠唱しながら、掘っ立て小屋のような屋台の中で大釜を囲んでいるロシア艦娘たち。
覗いてみると、大釜の中身はトウモロコシだった。
聞けば、茹でたトウモロコシに塩を振り、バターをのせものはロシアの公園などに出る屋台の定番料理だという。
呪文の詠唱のように聞こえたのは、ソ連国歌の「インターナショナル」や「聞け万国の労働者」「もしも明日戦争が起これば」「聖なる戦い」などの労働歌、革命歌、軍歌(防衛歌)を歌っていたのだという。
何で小声で歌っているのか尋ねようとしたが……うん、聞かなくても分かった。
「世界の警察」という腕章を着けたアメリカン娘が16inch砲を構えてこっちを警戒してますね。
「くっ、米帝め」
「安心しろ、同志タシュケント。超弩級戦艦ソビエツキー・ソユーズ顕現の暁には、アメリカ艦娘なぞあっという間に叩いてみせる」
ええと、ガングートの言葉に、タシュケント(1942年戦没)は目を輝かせているが、何というか優しくて悲しい嘘だなぁ……。
「ハラショー……」
ヴェールヌイは帽子を深く被って下を向いちゃったし。
いたたまれないので、茹でたトウモロコシを一本もらって退散する。
トウモロコシは甘くて普通に美味しかったです。
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最後に提督が訪れたのは、鳳翔さんと龍驤の屋台。
「提督もいかがですか、おひとつ」
ダシを張った鍋でさっと茹でた山形名物「玉こんにゃく」を竹串に刺し、甘い味噌を塗った味噌田楽。
プニュプニュ楽しい食感に、ほっこりした優しい甘み。
「こっちも腹に溜まるもんやないから、いってみ?」
鎮守府の畑で採れた、新鮮な大根の真ん中の甘い部分を贅沢に使い(皮とともに剥いた部分は漬物に利用しています)、砂糖醤油をつけて炭火でじっくり焼いた、大根の照り焼き。
ハロウィンと何の関係も見いだせないが、ヘルシーで慈愛たっぷり、いと美味き。
ふと気が付けば、だいぶ陽が傾いてきた。
目の前の湾がオレンジ色に染まっていくのに従い、次々とランタンに火が灯され、仮装した艦娘と深海棲艦たちがワイワイと埠頭に集まってきた。
さあ、今夜は楽しくハロウィン祭りです。