澄んだ水色の空にヒツジ雲が流れている。
県内でも有数の大規模河川は、朝日によって川面をキラキラと輝かせていた。
「鮭釣り、始めて結構でーす!」
ハンドマイクを持った係員のおじさんの合図で、次々と仕掛けやルアーを川面に投入する釣り人たち。
その中には、本格的な釣り人ルックに身を包み、ゼッケンを着用した曙をはじめ、第七駆逐隊の姿もあった。
「ほら、潮調査員も早く投げなさい!」
日本国内の河川では、一般人が『鮭』を釣ることは法令により、全面的に禁止されている。
しかし、一部の河川で一定期間だけ募集される「有効利用調査」に応募して承認された者は、「調査のための採捕事業従事者」という名目で、鮭を釣ることができるのだ。
「調査」の規則は、例えば……。
〇×川本流左岸側、〇×橋下流200メートル地点から〇△支流との合流点までの区間。
午前8時から午後3時まで。
シングルフック(一本鈎)によるエサ・ルアー(メタルジグ、ワームは禁止)・フライ釣りのみ許可。
竿は1人につき同時に1本まで、持ち帰りは1日1人シロザケ3尾まで。
……等というように、各実行委員会により細かく定められており、これを遵守するのはもちろん、参加費を支払う必要もある。
ちなみに、参加費は1日5000円前後(北海道では3000円前後)が相場だ。
「こらっ、漣調査員! 膝より深いとこまで川に踏み込むのは禁止よ! 朧調査員! キャストする時は後ろと左右を必ず確認!」
秋刀魚漁での活躍と、南西諸島での任務達成のご褒美に、提督がポケットマネーで第七駆逐隊の面々を連れてきたのだが……。
調査隊長のボノたんが楽しそうで何よりです。
「それじゃあ、車で待機してるからね」
提督はみんなに手を振り、駐車場へと妙にウキウキした足取りで向かうのだった。
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ついに220人を超えた、この鎮守府の艦娘たち。
その半数以上とケッコンしている提督に、一人きりになれる時間などほとんどない。
こういう送迎の間の待ち時間は、貴重な自由時間。
軽空母たちのDIYによって、荷室をフルフラット化した車中泊仕様のハイエースなら、手足を伸ばして寝ることもできる。
そしてここなら、多摩や夜戦忍者が潜り込んできたり、駆逐艦や海防艦が大挙して飛び乗ってきたり、戦艦や巡洋艦の胸部装甲に押し潰されたり、空母同士の航空戦やビスマルク追撃戦が発生して流れ弾を食らうおそれもない。
提督は久しぶりに一人で布団を占領し、ゆっくり昼寝を楽しむのだった。
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朧の投げていたスプーンに、強烈な当たりが出た。
誤って湖に落とした食器のスプーンに魚が食らいつくのを見て発明されたという、扁平な金属片にフックを取り付け、彩色しただけの単純な構造のルアー。
魚にスプーンがどのように見えているのかは分からないが、これを水中で一定速度に巻いているだけでも、なぜか魚がヒットする。
「曙、どうしたらいい!?」
「ドラグ締めて、走らせないで! ネットですくうから、こっちに寄せて!」
うねるような鮭独特の抵抗をいなしながら、慎重に川岸へと鮭を寄せようとする朧だが……。
「あっ、逃げる逃げる!」
ドラグ(リールの負荷機構)がジィイイイイーッと鳴り、鮭が走って深みへと逃げようとする。
「させるかーっ!」
ジャボンと川に突っ込み、曙が鮭を頭からすくい上げる。
水面はギリギリ膝より下、ルールの範囲内。
係員に計量してもらい(調査ですから)、持ち帰り許可を証明する検査済鑑札を取り付けてもらう。
体長56センチメートルの綺麗な雌鮭を胸に抱え、漣に記念撮影してもらう朧。
「曙ちゃ~ん、こっちもきちゃったー!」
離れた場所で、へっぴり腰で竿を握る潮が悲鳴に似た声を上げる。
「ああっ、もう、待ってなさい! 今行くからっ!」
みんなが楽しそうで何よりです。
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ハイエースの車内コンセントに電気ケトルをつなぎ、お湯を沸かす提督。
ワクワクしながらフタを剥がすのは、カップヌードル。
間宮や鳳翔さんの手前、いつもは手を出しづらいが……。
たまに無性に食べたくなる、あのジャンクな味。
謎肉にしっかり当たるように熱湯を注ぎ入れ、しっかりフタを閉じる。
フタと容器の隙間から流れ出す湯気、ほのかな醤油の香りに膨らむ期待。
3分。
至福の待ち時間。
七駆のみんなには、間宮印のお弁当を渡してあるが。
釣りが終わったら、彼女たちにもカップヌードルを食べさせてあげよう。
あさま山荘事件の中継で、寒い中で機動隊員が美味しそうにカップヌードルを頬張る姿が映し出されたことが、前年に発売されたものの売り上げ不振だったカップヌードルの全国的ヒットにつながったという。
水辺で冷えた身体には、熱々のカップヌードルは嬉しいだろう。
わざと車の外で立ち話しながら食べるのもいいかもしれない。
そして鎮守府に戻ったら、ゆっくりと温泉に入って、釣れた鮭でクリームシチューとマリネを作って……。
すでに人恋しくなってきた提督は、もう3分たったのにも気付かず、鎮守府に戻った後のことを夢想するのだった。