一年の収穫物に感謝を捧げる新嘗祭(勤労感謝の日)が過ぎ、カレンダーも12月の一枚だけを残すようになった。
次第に冷え込みが厳しくなり、雪の気配が近づいてきた北の辺境。
台風による塩害に耐えて、美しい彩りを見せてくれた山々の紅葉も散り始めている。
提督はワークマンの防水防寒スーツに身を包み、冷え込む朝の埠頭で釣り糸を垂れていた。
着替えるとき、朝潮がまるで仮面ライダーの変身シーンを見るように目を輝かせていたが、実際にワークマンの「イージスオーシャン」シリーズは防寒性能はもちろん、デザインがすこぶるいい。
そんな朝潮も、釣りガール御用達のブランド「シップスマスト」のターコイズカラーのマリンジャケットを着ていて、とても可愛らしい。
「大潮は寒くないのかい?」
ジャージ姿で釣りをする大潮を心配するが、下に地元漁師さん御用達のブランド「ひだまりチョモランマ」のインナースーツを着ているから大丈夫だという。
3人がやっているのは、サビキ釣り。
仕掛けの一番下に錨型の鎮守府特製オモリをつけ、その上に無数の疑似餌に見せかけた飾り付きの鈎を漂わせ、上段のコマセ袋(またはカゴ)に詰めた
朝のマヅメ時(空が明るんできた頃)はプランクトンが動き始め、それを食べに小魚が、さらに小魚を狙って回遊魚が接岸してきて、埠頭前の海中は弱肉強食の修羅場となる。
そんな興奮状態の中に撒き餌の幕を張ってやると、ただ飾りが付いただけの鈎でも、イワシやアジ、サバなどがバンバンと食らいつく。
「司令官、今日はマアジが多いみたいですね」
「そうだねえ。今日は晴れるみたいだし、干物を作ろうか」
「はいっ、大潮アゲアゲでお手伝いしますっ!」
艦娘たちの旺盛な食欲によるエンゲル係数の上昇を緩和するためには、こういう地道なF作業が欠かせない(あと、非電源ゲームしかないこの鎮守府では、釣りと干物作りは艦娘たちの士気を保つ大切な娯楽でもある)。
新入りの岸波は、少し離れた場所でジグサビキに挑戦中。
撒き餌は使わず、オモリに代えてメタルジグという小魚型のルアーを泳がせる。
すると他の魚からは小エビや小魚(サビキ鈎)の群れをメタルジグが追いかけているように見え、餌を横取りしようと、または、捕食に夢中で隙だらけのメタルジグを食らおうと、様々なサイズの魚が追いかけてくるという、魚たちの食物連鎖本能を利用した釣り方だ。
「カマスです! 鳳翔さんに幽庵焼きにしてもらったら美味しいかな?」
岸波はルアーロッドを小脇に挟みながら左手で器用にリールを巻き、右手でタモを出して釣り上げたカマスを回収している。
岸波は自分で釣った秋刀魚を食べた時(いわく、魂に直撃する味)からいたく釣りが気に入ったらしく、すぐに艦隊の空気に馴染んでくれたのはいいが、あまりに手がかからな過ぎて……提督ちょっと寂しいです。
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釣りを終えた提督たちは、朝食前にひとっ風呂浴びようと銭湯へ向かった。
銭湯には当直明けの霧島と愛宕や、長良の朝の走り込みに付き合った艦娘たちもいて、朝から盛況だった。
「朝酒の後の朝湯は最高だな~、おい」
「はぁ……ふぅ。Grazieですねぇ~」
こういうダメな奴らもいますが……。
「あら~、岸波ちゃ~ん♪」
「ちょっと、愛宕さんっ」
何やら岸波が愛宕にぱんぱかぱーんされている。
そういえば、岸波はレイテ沖海戦の際に、パラワン水道で被雷沈没した愛宕の乗組員を救助した縁があった。
普段は沖波や浜波、朝霜などの夕雲型姉妹とばかり一緒にいる岸波。
愛宕に可愛がられての困り顔は新鮮な魅力がある。
よし、今週は岸波に色々な艦娘と艦隊を組ませて、反応を見てみようかな。
そんなことを考えてニマニマしていたら……。
「何見てるの!? バカみたい!」
岸波の裸を見てニヤけてると勘違いされたのか、霞様にご褒美をいただきました。
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今日の朝食は、
ふっくら炊きあがったツヤツヤの新米ご飯、醤油の雲に黄身の月。
醤油はTKG専用にブレンドし、スモーキングガンで冷燻した、旨味が強く香ばしい燻製醤油。
これを、緑豊かな山麓の農場で放し飼いに育てられた、健康な銘柄鶏の朝一生みたて卵にかければ……。
そりゃもうTKGの世界観が変わります。
添えられるのは、ほうれん草と油揚げの熱々味噌汁に、わかめと白ネギの酢の物、しらすと大葉の煎りゴマ和え、ポリポリ食感が楽しい大根のたくあん漬け。
それでも足りない大食艦には、関西風の昆布ダシと薄口醤油が上品に香る、きつねうどんが付いてくる。
「今日はよろしくっ! 制空と攻撃は天城さんと鈴谷、それに僕と日向師匠が責任持つから。対空も初月ちゃんに任せて、岸波……うん、きっしーは対潜に専念してね!」
風呂を出てすぐに、今日の出撃編成を書き換えておいた成果。
さっそく、岸波が南西海域セレベス海に一緒に出撃する最上にアドバイスを受けている。
みんなで一緒にお風呂に入り、同じものを食べる、全員が家族のようなこの鎮守府。
せっかくなら、艦娘たちに史実を超えた交流を持たせてあげたい。
元から細い眠り猫のような目をさらに細めて、岸波を優しく見つめながらも……。
提督はTKGを一気にかきこむ幸せを満喫するのだった。