「真っ赤なお~は~な~の~♪ トナカイさ~んが~♪」
県民会館の舞台で、第六駆逐隊とサンタ衣装の鬼怒、そしてトナカイの着ぐるみ姿の阿武隈が可愛く歌っている。
今日は地元の自衛隊部隊によるクリスマスコンサート。
一般市民の皆さまに、海軍と自衛隊の協力体制をアピールするためゲスト招待された提督たち。
山形の酒田鎮守府を率いる音大出身提督のように、艦娘交響楽団や艦娘JAZZバンドを編成するような音楽的素養もないので、このような学芸会レベルの出し物でお茶を濁している。
さて、帯刀した日向を従え、(珍しく)第二種軍装に身を包んで凛々しく姿勢を正している提督。
だが……。
周囲に居並ぶ自衛隊のお偉方の緊張感がヒシヒシと伝わってきて……。
帰りたい。
海軍と自衛隊は、かつて一戦交えたことがある。
鎮守府がまだ十もなく、海軍という組織も正式に存在しなかった頃のこと。
提督や妖精さんに不信感を抱く一部の自衛隊が武装蜂起し、鎮守府を解体して新たに設立する国防軍の名の下に艦娘を管理しようとしたのだ。
元自衛官である呉提督が青臭いラノベ主人公のごとく人間と艦娘との板挟みに煩悶し、佐世保の筋肉提督が特殊戦闘群を相手に伝説のコックのような大立ち回りを演じ、舞鶴の老犬提督が「わんわんお!」している中……。
横須賀提督はこの蜂起部隊を「賊軍」と認定。
太平洋上の米軍原子力空母内に指揮所を移して、即座に武力討伐を開始した。
そして、当時はまだ提督でなく、警視庁公安部に所属していた木更津提督が、それはそれでハリウッド映画一本になりそうな大活劇の末に、深海棲艦対策大臣を保護。
大臣の名の下に横須賀提督に治安維持に必要な全権限を与えるという、超法規的な戒厳令が布告された。
法律的に穴だらけの戒厳令だったが、首相以下多くの閣僚、国会議員は、国会議事堂を占拠した賊軍に捕らえられていたので、どこからも異議は唱えられなかった(余談だが、後に正常化した国会で、戒厳令の違法性が与野党から追及された際、横須賀提督は「海上護衛活動の無期限停止」を一方的に宣言し、総理を衆議院解散の決断に追い込んだ)。
そんな中央の激変をよそに、県民がよく「全国ツアーがスルーする我が県」と自虐する辺境のこの鎮守府は、近くに武装蜂起に加担するような自衛隊の主要部隊も存在せず、フリーハンドが与えられていた。
横須賀提督からの要請で、「賊軍」に加担している
金剛に頼んで三式弾の代わりに、小麦粉を詰めた訓練弾を一発だけ、沈黙籠城をしている多賀城駐屯地に撃ち込んでおいた。
これが、横須賀提督が木更津駐屯地を「石器時代に戻した」直後だっただけに、「降伏せよ。さもなくば次弾は通常弾に非ず」という脅しにでも思われたのか(すっとぼけ)、各地で自衛隊の降伏と無血開城が相次ぎ、動乱は収束に向かったのだ。
そんな過去があるだけに、周囲の自衛隊の皆さんの恐れと媚びの混じった、ジットリとした緊張感も分かるのだが……。
そういう居心地の悪さとは別に、提督は意識して忘れようとしていた『あること』を思い出してしまい、背中にいやな汗をかいていた。
横須賀提督が発布した戒厳令の内容。
提督の黒歴史、中学生の時に書いた「ぼくのかんがえたさいきょうのかくめい」的な妄想ノートの、戒厳令の条文そのままなのだ。
家庭教師をしていた時、横須賀提督を自分の部屋に呼んだことも何度かあるので、彼女があのノートを読むことは不可能ではない。
絵に描いたような「銀〇伝にハマッた男子中学生の浅薄な政治思想」が堂々と開陳された厨二病ノート……。
それだけでも、今すぐ仰け反って「アバババババババババー!」と叫び出したくなる。
その上、家庭教師をしていた大学時代に、あのノートを隠しておいた場所を思い出してしまった。
除湿器の空き箱に入れ、クローゼットの奥に仕舞っておいたのだ。
LO、脚フェチ、姉妹丼、異種姦、断面図……。
あまり表沙汰にできないデイープな嗜好にマッチする、四天王とも呼ぶべき珠玉のエロマンガ5冊とともに!
今すぐ首を激しく振りながら「オボボボボボボボボボー!」と叫び出したくなった。
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帰りのハイエースの中。
「君が
「その5冊だって、とっくの昔に榛名さんたちに公開焼却されたじゃない」
運転席の日向師匠と、助手席の鬼怒の言葉が刺さるが……。
「一人前のレディーは、司令官がエッチでも平気よ」
「私の脚も触っていいのよ」
「よしよしなのです」
「でも、流石にこれは、恥ずかしいな……」
開き直って2~3列目をフラットにした後部座席(この状態での運転は道交法違反です)で、第六駆逐隊に甘える
さらに、その魔の手は阿武隈へと向かった。
「着ぐるみのチャック引っ張るのやめてくださぁいぃーっ!」
このあと滅茶苦茶トナカイした。
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鎮守府に帰ると、すっかり夜も更けていた。
グロッキーな阿武隈を鬼怒に部屋へと送ってもらい、おねむな第六駆逐隊の寝かしつけをガングートに任せると、堅苦しい軍装を脱ぎ捨てて、ユ〇クロのルームウェアと綿入り
途中のサービスエリアで、県民のソウルフード「じゃじゃ麺」をみんなで食べ、バジル風味のウィンナーが入った名物パンの「こびる焼き」もつまんできたが……。
何か物足りない。
「ま、そうなるな。キッチンにアレがあるだろ?」
元漁協の管理事務所であるボロい鎮守府庁舎のキッチンで何か食べようかと思ったら、ハイエースを車庫に停めた日向がついてきた。
4人がけの質素なテーブルが2つ置かれただけの、忙しくて寮の食堂に行けない時や、夜勤当番が夜食をとるため簡易なキッチン。
狭い分、トヨトミの石油ストーブ一つで暖が足りるので、すでに暖房が消された大食堂よりこちらを選んだのだ。
キッチンにいた先客は、ネルソンとビスマルク、プリンツ・オイゲンだった。
特にネルソンは、もふもふのフリースパジャマに、ぶ厚いどてら、ふわもこスリッパという、長門譲りのビッグセブンらしい姿。
「あれ、ネルソンも当直かい?」
「うむ。初めてなので、ビスマルクたちに教えてもらっている」
ここの鎮守府では毎晩、戦艦・空母~重巡・水母クラスの3名が、夜間当直として提督の執務室で寝ずの番をすることになっている。
夜間の敵襲や緊急連絡など不測の事態に備える、というのが建前だが、夜間哨戒のために別に水雷戦隊(特に三水戦)が出動しているし、無線室には大淀の司令部施設妖精さんたちがスタンバッているので、実質的にやる仕事はない。
唯一この当直任務に求められる役割が、帰投する夜間哨戒部隊のための夜食作りである。
ビスマルクが何やら作っているのは鍋料理。
「これは何?」
「ふふん。我が偉大なるドイツの伝統料理、アイントプフよ」
ビスマルクが美しいバストラインを誇るように胸をそらせ、得意げな顔で宣言する。
塩漬けの豚すね肉を香味野菜や香辛料とともにボイルしたアイスバインに、ソーセージやベーコン、大きく切ったジャガイモ、ニンジン、タマネギ、キャベツといった野菜を、薄いコンソメスープで煮込んで黒胡椒で味付けしたシンプルな鍋料理。
名前は「一つの鍋」の意で、別名「農夫のスープ」という。
「アイントプフの日曜日」という、ご馳走の代わりにアイントプフを食べて、節約したお金を冬季の助け合い運動に募金する、などというゲッベルスらしい国民団結キャンペーンに使われた料理でもある。
ほろほろに煮込まれたアイスバインから出る塩気と旨味が味の決め手で、寒い季節にピッタリ。
ライ麦パンやビールによく合うし(当直も飲酒可)、〆には肉のいいダシが出たスープに米を入れて洋風おじやを楽しむのも一興だ。
「コタツーで食べるなら、鍋料理が最高よ」
「ふむ、美味しそうだな。余の国の鍋料理であれば……ランカシャー・ホットポットなど作ればいいのか?」
いささか困り顔のネルソン。
この人、すっかりコタツにも馴染んだものの、いまだ料理の腕の方はヒエーな状態なので……。
羊の肉や内臓とペコロス(小さなタマネギ)、マッシュルームを鍋(ホットポット)に入れ、スライスしたジャガイモで表面を覆い、低温のオーブンで1日かけてじっくり煮込む、ランカシャー・ホットポットを作るのは荷が重いだろう。
「ネルソン、簡単で美味しい日本の鍋料理の作り方を教えてやろう。次回の宿直の時に挑戦してみるといい」
思わぬ日向の助け舟。
鶏肉と長ネギをぶつ切りにして軽く炒め、白菜と木綿豆腐を食べやすい大きさに切り、椎茸の石づきをむしって……。
「盛田 鴨だし鍋つゆ」を張った土鍋に入れて、点火するだけ。
『コクのある日高昆布の風味で鴨の味と香りを引き立て、さらにかつおとむろあじの旨味をバランスよくブレンドしました。具材には、鴨肉はもちろん鶏肉を入れていただいてもコクのある味わいをお楽しみいただけます。鍋のしめは雑炊やうどんが一般的ですが、本商品のしめには鴨の旨味と相性のいい「そば」を提案いたします。そば屋の人気メニュー「鴨南蛮」「鴨せいろ」を思わせる、鴨だし鍋つゆならではの味わいです。 by株式会社盛田HP』
「むっ、これなら余にも……いや、ビッグセブンたる余に任せろ!」
さっきまでの不安を感じさせぬ、ドヤ顔のネルソン。
「あー、寒かったぁ」
「うひぃ~、早くコタツ入ろうぜ~」
「おなかへったぁ。あ、何かいい匂いがする!」
ちょうど、哨戒活動に出ていたらしい、阿賀野と長波、初風の声が廊下から聞こえてくる。
「よし、鍋を執務室に運ぼうか」
このあと滅茶苦茶コタツ鍋した。