ある鎮守府のエンゲル係数   作:ねこまんま提督

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狭霧とカツカレーうどん

先日の引きこもりの際の艦娘たちの出撃で、鎮守府の資源と高速修復材(バケツ)は激減。

 

クリスマスの後には大規模作戦があるので、今は出撃は控えて遠征中心の鎮守府運営。

提督はコタツとストーブが据えられた執務室で年賀状書きに勤しんでいた。

 

食材や酒を注文したり、艦娘が修行させてもらったり。

色々とお世話になった、地元はもとより全国各地の皆さんに向けて。

 

提督が金釘流の達筆でスラスラとお礼の言葉を走らせ、後でそれぞれ縁のある艦娘たちに一言添えてもらう。

 

「秋農園さんの紅はるかは道の駅以外では小売りしないって言われたけど、味に惚れた阿賀野が10回も通って頼み込んで、ようやく売ってもらえるようになったんだよね。風間浦村のあんこうは、那珂ちゃんが捌き方まで習いに行って……」

 

今年一年の感謝を込めて、相手のことを思い浮かべながら一枚一枚書く年賀状。

 

「提督、ジョバァーナさんへのネンガージョ、これでいい?」

「このコタツとタタミー……この組み合わせは……余をダメにする。土足で歩く絨毯の上なら、こんな風に寝転ぶことは……できないのに……」

 

欧州向けの年賀状を手伝っていたローマとネルソンだが、片方は睡魔を相手に轟沈しようとしていた。

 

 

……と、北方鼠輸送作戦の任務から艦隊が帰投してきた。

 

「提督、帰って来たぜぇ~!」

「艦隊、戻りました。はぁ、これで安心……」

「Darling! ただいまっ!」

「みんな、お疲れさま~」

 

天霧と狭霧、ジャーヴィスとマエストラーレが、元気に執務室に入ってくる。

 

「多ぁ摩は、ドックで、丸くなるぅ……にゃ、天霧と狭霧は練度上昇の申請ができるから、カードを出すにゃ」

「はぁ~、大発を満載で疲れちゃったよ。はい、提督。これ、頼まれてたおみやげ」

 

旗艦を任せていた多摩と、輸送量アップの要である大発動艇を担いでいた皐月も戻ってきた。

 

ジャーヴィスにおみやげの『脱獄犯』と書かれたシャツを着せられて「これは力強さを感じる」などとご満悦のネルソンを横目に、マエストラーレにまとわりつかれながら、皐月に頼んでセイコーマートで買ってきてもらった「ソフトカツゲン」のパックを開ける提督。

 

「提督ぅ、キタキツネを見たの! あの子、飼いたいなぁ」

「うちにはもう提督がいるでしょ。ペットも獣もオークも、十分間に合ってるわ」

「そっかぁ……提督のお世話だけで大変だもんね」

 

ローマ(とマエストラーレ)の酷い言葉に耳をふさぎ、ヤ〇ルトよりも濃い乳酸飲料を口に流し込みながら、天霧と狭霧の出したカードを受け取る。

最近になって大淀が作ってくれた車検証のような艦娘の現状データを記録したカードで、一定の経験度を満たした艦娘には練度上昇の認定の証に、提督が『よくできました』のハンコを押してあげ……。

 

提督、気付いちゃいました。

狭霧のデータの『運』の欄にある数字に。

 

 

艦娘には、艦だった時の前世から背負った、固有の『運』がある。

 

国語的な意味で使われる日常の「運」とは無関係(なはず)だが、夜間精密雷撃などの特別攻撃の成功率に、統計学上有意に影響する値。

 

雪風や綾波、プリンツ・オイゲンのような、夜戦に強い幸運艦の値には敏感だったが……。

 

ワーストの方は史実のしがらみから、大鳳、扶桑、山城あたりが低いのだろうという認識だけで、それほど気にしないでいた。

 

(友軍機の誤爆が原因で戦没した)レーベリヒト・マースは、改造してケッコンしたら普通の『運』になっていたし、(開戦半年にして勝浦沖で雷撃を受け、人知れず夜の海に沈んだ)山風に関しては「構わないで……。放っておいてよ」という、逆に放っておけなさに世話を焼いて構い続け『運』を上昇させていた。

 

けど、狭霧は出会って一年以上も経つけど、艦隊で一番の『運』の低さだったなんて気づきませんでした!

 

 

調べたら、狭霧は開戦から一月足らずのボルネオ攻略作戦中に、オランダ潜水艦の雷撃を受けた際、搭載爆雷の誘爆や火薬庫への引火という不運が重なり爆沈していた。

 

狭霧のために、運気を上げるご馳走をしようと、スペシャルメンバーを招集した提督。

 

「何で私と姉様が? はぁ、不幸だわ」

 

とか愚痴をこぼす山城(ケッコン後の『運』は17)に、狭霧の『運』のデータ、7という数字を見せてやる。

 

「うっ……分かったわよ。手伝います」

「そうよ、山城。私たちも提督やみんなに幸せにしてもらったんですもの、次は誰かのために何かをする番よ」

 

とても良いことを言う扶桑(ケッコン後の『運』は18)と山城には、うどんを打ってもらう。

 

扶桑姉妹はテレビ番組の企画で『日本一周うどん修行の旅』に行っていた。

山城の名から京都の老舗うどん店に始まり、香川の讃岐うどんや秋田の稲庭うどん、群馬の水沢うどんといったメジャーな名店はもちろん、五島列島の手延うどんを打つ親父さんや、埼玉の秩父の山奥に住む名人おばあちゃん、大阪難波の立ち食いうどん店の頑固職人などにも弟子入りし、全国のうどんに通じている(ローカル放送局の深夜枠番組だったが、地味にカルト的人気を博してシーズン2まで作られたのだ)。

 

二人に依頼するのは、やや太めだがコシはほどほどに、喉越しはいいがツユとの絡まりがいいリフト力のあるうどん。

 

「……群馬の水橋さんとこの小麦粉、まだ残ってた?」

「そうね、あれなら水加減を……」

 

一方、大鳳(ケッコン後でも『運』は9と実質ワースト1)と、速吸(『運』は8だが、まだケッコン前)に手伝ってもらい、提督自らカレー汁を作る。

 

厚く削った鰹節、いりこ、干し椎茸、昆布で、黄金色のダシをひく。

加熱した酒と濃口醤油に、砂糖とみりんを加えて寝かせ、かえし醤油を。

これらに甘口でありながら奥深いスパイシーさを感じられるように配合したカレー粉を混ぜ合わせ、炒めた小麦粉とすりおろしたジャガイモで、うどんと一緒に食べる際の悲劇を避けるために重めのドロリとしたとろみをつければ……。

 

ダシが香り、かつおと昆布のまろやかな旨みが出た、お蕎麦屋さんのカレー汁が完成。

 

カレーの具は、豚バラ肉、玉ネギ、長ネギに、彩りとしてグリーンピース。

特に長ネギは、多摩が埼玉の深谷から良いものを取り寄せてくれた。

 

そして、『運』に「勝つぞ!」と、足柄と鳥海にカツを揚げてもらう(狭霧は鳥海の直衛艦だった)。

 

そうです、狭霧に食べてもらうのは『カツカレーうどん』です!

 

「了解よ。厚みは食べやすく1センチで、衣はサクサクよりも汁の染み込み具合を重視したいわね」

「大葉の葉を一緒に揚げてみるのはどうでしょう?」

「うん、ナイスアイデア。黒谷さんとこの豚が合うと思うから、すぐ電話してみるわ」

 

とっても頼もしい艦娘たちだ。

 

一人はみんなのために、みなは一人のために。

そして、全角各地の食のプロのみなさんの力を借りて。

 

待っててね、狭霧。

もうすぐ、最高の『カツカレーうどん』を食べさせてあげるから!


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