あまりの忙しさに香取先生も走る師走。
鎮守府はクリスマス会の準備に追われていたが、猫の手よりも役に立たない提督は子供たちと離れに隔離。
ほっぽちゃんと潜水新棲姫、海防艦娘たちを連れて、のんびり温泉に浸かっていた。
「今年の夏は、何が楽しかった?」
「カブトムシ採りっ!」
「花火大会が楽しかったです」
「ナガシソーメン」
今年の思い出を振り返りながら洗いっこをして、楽しい入浴タイム。
温泉から上がったら、提督自ら一人ずつスキンシップしながら、時間をかけてクリスマスの衣装を着せてあげる。
あ、これはクリスマスプレゼントの搬入を、子供たちに見つからないようにするための重要な足止め作戦であります。
決して提督の邪な欲望でやっているのではないので、勘違いして通報などしないように。
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厨房では、クリスマスの料理の製作が順調に進んでいる。
今年は海外艦もぐんと増え、国際色豊かな料理が用意されている。
アメリカ組はもちろん、ローストターキー。
これがなければクリスマスといえない(アメリカでは11月の第四木曜日の「感謝祭」に食べる方が一般的だが)。
「みんな、準備はいい? Are you Okay? じゃ、行きましょう!」
並行してイントレピッドは、数人のお手伝いを連れ、スパイラルハムの燻製作りに庭へ。
豚の骨付きもも肉を丸ごとそのまま何個も燻製にするので、多くの人手が必要なのだ。
(コストコでも数kgの巨大なスパイラルハムが買えますが、一般家庭の手に余ります)。
「良い香りですねぇ~。これはワインが……」
「ポーラッ!」
「心配しないで、ザラ姉様。まだ二本しか空けて……イタ、イタタッ」
イタリア組が作っているのは、芳醇な香りのポルチーニ茸のポタージュスープに、あんこうのロトロ。
ロトロとは「巻いたもの」という意味で、あんこうのすり身とトマトソース、ブラックオリーブ、ローズマリーなどをラザニアの皮で巻いて焼き上げ、赤ワインソースをかけていただく。
「イタリアのピザだけがピザじゃないことを、日本艦たちに教えてあげなさい!」
「はい、ビスマルク姉様。あ、ツヴィーベル(玉ねぎ)はもっと薄く切ってくださいね」
「任せなさい!」
ドイツ組が石窯で焼こうとしているのは、フラムクーヘン。
アルザス地方の薄焼きのピザ料理で、サワークリームのソースに、ベーコン、玉ねぎなどの具材がのる。
グラーフ・ツェッペリンと、レーベリヒト・マース、マックス・シュルツは黙々とアーモンドの皮むき。
クリスマスのドイツの定番お菓子、ゲブランテ・マンデルン。
アーモンドを水飴、シナモンなどで煮詰めた、焼きアーモンドを作るのだ。
「Joyeux Noël! いいわね、楽しいわ。この艦隊のFestival好きは良いことよ。フフフ♪」
フランス組は、ニンジンのラペ(すりおろし)のサラダと、雪のようなホワイトチョコのムースがかかった大作ケーキ。
シュークリーム制作時にも発揮された、リシュリューのお菓子作り能力はパティシエ並みで期待できる。
「同志、これはブルジョワ的な料理ではないか?」
「口より手を動かせ、同志。この労働の過酷さの、どこがブルジョワ的だと言うのだ?」
「テーブルの上で大きなパイを平等に切り分ける、実に家庭的でプロレタリアートだよ」
ロシア組は、生地作りと具材の下ごしらえに2日かかっているクーリビヤック。
鶏肉と鮭の身、茹で卵、みじん切りにして炒めたエシャロットやマッシュルーム、カーシャ(蕎麦の実)、米といった具材を、数層のクレープ生地に積み重ねていき、さらにブリオッシュ(卵、牛乳、バターをたっぷり使った発酵パン)の生地で包んで焼く、という非常に手の込んだパイ料理だ。
「……ロシア正教のクリスマスは、1月7日に祝うものだと思うが?」
「同志、お前は宗教を信じているのか? それは党に対する重大な裏切りだぞ?」
「いや、私はもちろん無神論者だ」
「なら何も問題ない」
「ハラショー」
「Ark……それは象? あ、星……えっ、クリスマスツリー?」
イギリス組が作っているのは、ハリー・ポ〇ターも大好きなミンスパイ。
カップ状のパイ生地にドライフルーツやナッツ、シナモン、ナツメグなどを詰め、星や十字、ツリー等の形に飾った生地でフタをしてパウダーシュガーをかけて焼いた、イギリスのクリスマスに欠かせない食べ物。
味は……うん、まあ……そうねえ……。
「余の着任を祝して仕込んだクリスマスプディング、味が楽しみだな」
「ヒイラギの枝もちゃんと用意してあるわよ」
ドライフルーツや柑橘類、ナッツ、香辛料など最低13種類の材料をブランデーやラム酒などに漬け込み、生地を混ぜる日曜日(「Stir-up-Sunday」と呼ばれる)には家族そろって願い事を唱えながら交代で生地をかき回して、下準備から長い時間を費やし、やっと蒸し上げた後にも、さらに数週間から数ヶ月は冷暗所で寝かせて熟成させた、伝統的なクリスマスプディング。
蒸しなおしたらブランデーをかけて火をつけフランベし、ラム酒入りバターを添えて食べる、隼鷹や千歳も興味津々のお菓子だ。
ちなみに、飾られるヒイラギの枝はキリストの茨の冠、その赤い実はキリストの血を象徴しているという。
「モガミン、アンチョビを少し手でちぎっておいてくれるかしら?」
そして期待の新人、サンタクロースの本場スウェーデンの艦娘ゴトランド。
彼女が最上と三隈に手伝ってもらい作っているのは「ヤンソンさんの誘惑」という郷土料理。
一言で言うとニシンのアンチョビを使ったポテトグラタン、独特のクセはあるけど美味しいです。
「あまりハイカラな料理は得意でなくて……申し訳ありません」
そんな国際色豊かなメニューに加えるべく、鳳翔さんが用意したのは豚キムチ鍋と手まり寿司。
キムチとサーモンの赤、豆腐とホタテの白、ほうれん草とキュウリの緑が、どことなくクリスマスっぽいです。
それに、サーモンは桜チップで軽くスモークしていたり、ホタテはオリーブオイルでマリネしていたり、酢飯にワインビネガーを使っていたり、さりげなく和洋折衷の味に仕上げているのがさすが。
間宮と伊良湖は、クリスマスリースのように綺麗に飾ったサラダや、様々な国旗や飾り付きの串で色とりどりの具材を刺したピンチョス、ホワイトソースとプチトマト、ブロッコリー、そしてサンタの人形でホール丸ごとのショートケーキ風に飾り立てた巨大ハンバーグ、さらに大量のカップケーキを用意してくれた。
「うわー、インスタ映えするー!」
サンタコスの鈴谷が喜んでいるが、もちろんこの鎮守府にスマホやネット環境はない。
言ってみたかっただけです。
「ビール届いたぞー、重巡何人か来てくれー!」
「戦艦棲姫、ツリーの上のリボンが曲がっちゃったの直したいから、脚立を押さえといて」
「そこの南方棲戦姫っ! 人ん家に来るなり全裸でコタツに潜り込むなっ!」
「加賀、ヲ級、S物資(サンタ任務用のクリスマスプレゼント)、チビどもに見つからずに運び込めたんか?」
「ええ、五航戦とアメリカの護衛空母が騒がしくて危なかったけれど、何とか手はず通り2番倉庫に」
「S任務開始ハ、マルマルマルサンカラ」
「秋雲っ、観念しなさい! クリスマス会は全員集合よ!」
「陽炎姉、あと、あと1ページ、いや……1カットでいいから待って!」
今日は聖なる日、クリスマス。
敵も味方も仏教徒も無神論者も、超スーパー修羅場も関係なく、みんなで楽しく祝いましょう。