ある鎮守府のエンゲル係数   作:ねこまんま提督

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新人への鎮守府案内と豆すっとぎ

年明け初の金曜カレーも食べて、正月ムードも徐々に薄れつつある今日この頃。

冬季の大作戦を(最後は丙難易度で)早々に終えた北の辺境鎮守府では……。

 

支給されたばかりの体育ジャージと、ワー〇マンの防寒着に身を包んだ、新入りの艦娘たち。

日進、峯雲、早波、ジョンストン、の4人を連れて、天龍が鎮守府の施設を案内して回っていた。

 

もともとは第三セクターの水産加工場だった、大型プレハブ建ての工廠。

同じように漁協事務所だった、無味乾燥な鉄筋コンクリート2階建ての鎮守府庁舎。

駐車場や冷凍倉庫の跡地に建てられた、小さめの赤レンガの倉庫群。

 

「戦艦以外は、自分で艤装を運ぶことになってっから。ここの倉庫から順に、自分の艤装と、提督に指示された装備、必要分の弾薬・燃料を取り出していって、忘れず備え付けの入出庫台帳に……」

 

天龍が、ハンドフォークリフトを使って艤装を運搬する第五駆逐隊(春風、朝風ら)の行動を見本に、動線と紙台帳の記入法を説明する。

 

「……で、最後に使ったハンドは、置き場のラインに沿ってちゃんと停める。ま、細かいことは実際やってみて、分からないことは明石さんか倉庫の妖精さんに聞くのが一番だな」

 

「ひとつ質問いい?」

「何だ、ジョンストン?」

「あそこの、「出たら叩け」って書いてある鍋は何?」

 

ジョンストンが指差すのは、車庫の横の干物干し場にぶら下げられ、ボコボコに変形している昭和レトロの金物鍋と、それを叩くための木の棒。

 

「あ、深海棲艦の接近を知らせる鐘ですかぁ?」

「それとも幽霊や物の怪の類でも出るんかのう?」

「Ghost!? Really……?」

「怖い……お姉ちゃぁ~ん……」

 

日進の言葉に怯える駆逐艦娘たちだが、天龍はポリポリと頭をかいて……。

 

「熊と猪。たまに、裏山から干物を盗みに出てくるから」

 

ここは、とっても田舎です。

 

 

鎮守府庁舎のフロントサッシの引き戸を開けると、応接ソファーが置かれた狭いロビーがあり、横には病院の受付のような小窓のついた小さな事務室がある。

 

「次は鍵の管理な。日中、ここの事務室には、管理当番の巡洋艦クラスが詰めてるから。倉庫や車の鍵を使うときは、この表に鍵の番号と使用者を記入して、当番から鍵を受け取って使用。返却したら返却欄に当番の印を押してもらえ」

 

2階へと上がる階段の向かいにはトイレと、艦娘の入渠施設である特別な霊薬(という名目の単なる季節の薬湯)が張られたお風呂場。

 

「深海棲艦の攻撃を受けた時は、ここで穢れを落としながら、艤装の修理が終わるまで待つ……ってことなんだが、まあ長時間になるようなら、飯を食いに行くのも休憩室で寝てるのも自由だから」

 

艦娘としての出撃に必要な動き方をひとしきり教え……。

 

 

入渠施設の奥には、4人がけテーブルが2つ置かれた、もとは漁師さんたちの賄い場だったキッチンがある。

 

「やあ、みんな歩き回ったからお腹が空いたでしょう」

 

ユ〇クロのスウェットパーカにエプロンを着けた、眠った猫のように細目でほわわんとした提督が待っていた。

 

「大間のクロマグロの初競り、3億円を超えたってねえ。ニュースで重さ278キロって言ってたけど、大晦日にレ級が獲ってきた300キロのマグロだったら、いくらついたかなあ」

「レ級の尻尾の歯形がザックリついてたから買い叩かれただろうな……ってか、大晦日は本当は禁漁日だろ?」

 

テーブルの上で何やらこね回しながらバカ話をする提督に応じつつ、天龍も手を洗ってそれを手伝い始めた。

 

提督、一晩水につけておいた自家製の青大豆を茹でてすり潰し、餅米の米粉と砂糖、少しの塩を合わせてこねている。

天龍などの古参にはお馴染みの郷土料理、「豆すっとぎ」を作っているのだ。

 

県北では「豆しとぎ」と呼ばれ、青大豆と餅米の粉を使うのが一般的だが、地域ごとに黒大豆や茶豆、(あわ)を加えたものなどのバリエーションもある。

この鎮守府がある町では「豆すっとぎ」を食べる習慣があまりない(代わりに「凍み餅(しみもち)」や「ずんだ餅」を食べることが多い)が、北に六つの湾をまたいだ町(当時は村)から嫁いできたという近所のおばあちゃんに作り方を教えてもらった。

 

生米をこねた神前に供える古来の餅を指す「しとぎ」が名前の由来と思われ、「豆しとぎ」→「豆すとぎ」→「豆すっとぎ」と変化しながら南に向かって伝播してきたが、山野草を混ぜる「凍み餅」や、枝豆を使う「ずんだ餅」の文化圏とぶつかったことで、その伝播が止まったのではないかなど、文化人類学的な研究欲をそそられる。

 

茹で汁を加えながらしっとりと、程よい柔らかさになるようにこね、かまぼこ形に整えて、1cm程の厚さに切り分ける。

 

「一晩寝かせると粉っぽさがとれて、味も馴染むんだけど……すぐ食べるなら、生よりこれだね」

 

フライパンを軽く熱して、溶かしバターで「豆すっとぎ」を焼く提督。

ぷーんと、バターと砂糖の香りが漂う。

 

「ええ匂いがするのぉ」

 

日進が期待に満ちたキラキラした瞳でフライパンをのぞき込むが……。

 

豆すっとぎは、もともと神様にお供えする食べ物。

焼きあがった最初の一個は、わらわらと集まってきた妖精さんたちに。

 

そして、新しく家族となった艦娘たちを護ってくれるよう、心の中で妖精さんたちに祈願する。

 

「はい、みんなの分もできたよ」

 

素朴な甘さの田舎のお菓子。

だが、それがいい!

 

喜んで「豆すっとぎ」を食べる新人たちを、細い目をさらに細めて眺める提督。

 

「今夜は歓迎会で、明日からは練習航海や近海警備に出てもらうからね」

 

それと並行して、野菜の皮むき、ご飯の配膳、魚釣りに下処理、ボイラーと給湯管の点検……。

雪下ろしの作業も覚えてもらわなければならないし、生活のために覚えてもらうことはたくさんある。

 

「それから、これ。鳳翔さんが編んでくれたマフラーと手袋に、名前入りの半纏だよ」

 

不便な田舎の鎮守府に着任させちゃって申し訳ないけど……。

外の気温が寒くても、人間関係と温泉は温かい、うちの鎮守府に来てくれてありがとう!

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