もとは漁協事務所だった、無味乾燥な鉄筋コンクリート2階建ての鎮守府庁舎。
漁師たちの賄い場だったくたびれたキッチンに、ピカピカに磨かれた鍋が並んでいる。
さっきから提督が、紙やすりまで持ち出して熱心に磨いているのだ。
どうしても解けない難しい問題に直面した時とか……。
無心になれる単純作業に逃げたくならない?
先のブイン泊地を巡る冬の戦いで、ブーゲンビル島沖にパワーアップして再登場した南方棲戦姫さま。
あの時は水雷戦隊を率いていたので(彼女が得意な夜戦になる前に決着することも多く)、大した脅威と思わなかったが、その強化の恐ろしさは本拠地サーモン海域北方に戻ってこそ本領発揮となった。
随伴が双子のエリレだったりすると、もうお手上げ……。
さらに、そんな難所に駆逐艦2を編成に入れて突っ込めとか、無茶振りしてくる鬼畜眼鏡!
「誰が鬼畜眼鏡ですか。私は大本営の作戦を伝達しているだけです」
鍋を磨きながら嫌味を言うが、提督に背を向け編み物をしている大淀には通じない。
「それに、作戦任務への参加は任意です。嫌ならやらなくても結構ですよ?」
とか言いつつ、任務達成ごとに「節分の豆」をくれ、一定数集めると強力な装備をくれるとか、目の前に巨大なニンジンをぶらさげて意欲を煽って来るし……。
「ところで提督、いただいた名刺、仕舞わないとどんどん汚れてしまいますよ?」
机の上には、無造作に放り出された多数の名刺が散乱している。
これも提督のイライラの原因。
先日、東京で開かれた海軍省の賀詞交歓会に参加させられた。
会場は一流ホテルとあって、7メートルの高い天井に豪奢なシャンデリアが煌めく。
そこに照らし出された、シェフの腕前が光る色彩豊かなビュッフェ料理の数々。
まずはスモークサーモンのミモザ風サラダと黒毛和牛のローストビーフ、きのこのキッシュ、フォアグラのポアレと食べ進め、甘鯛のロースト、牛頬肉の赤ワイン煮込み……。
などと満腹食べ尽くしプランを立てながら、長い開会の挨拶や祝辞を聞き流していた提督。
ところがどっこい、正装のために勲章類を胸に飾り立てた海軍大将の姿は、人目をひき過ぎた。
国土交通省海事局安全政策課、海上保安庁海洋情報部、一般社団法人日本船主協会、特別法人船員災害防止協会、公益財団法人日本海事センター、独立行政法人海技教育機構……。
次から次へと名刺を持った招待客が絶え間なくやってきて、ご歓談とやらを強制された。
経済産業省貿易経済協力局安全保障貿易管理政策課、とか早口言葉かよとつっこみたくなる名刺に目を落とし、「ハァ」とか「マァ」とかぼんやりした返事をしつつ、横目で美味しそうな料理をチラチラ見ているだけで、賀詞交歓会は終わってしまった。
しかも、まだ大量に残っていた食べ物は、すべて廃棄されるという。
もったいないから部屋に持ち帰りたいとホテルマンに言ったら、衛生上それはできないと断られた。
その上、ご希望ならルームサービスをご利用いただけます、とかトンチンカンなことを言う始末。
腹が立ったのでホテルには泊まらず、制服を脱いで紙袋に詰め、東京駅のラーメンストリートで「六厘舎」のつけ麺を食べて、高速バスでふて寝しながら帰ってきた。
鎮守府に帰ってきて焼きそば「バゴ〇ーン」を食べようと台所に入り、机の上に放り出した名刺の束。
「バゴ〇ーン」を食べている最中に抱きついてきた大東によりこぼされた付属の「わかめスープ」や、雪風と時津風が食べこぼしたポテチのカスで汚されている。
見ていると捨てられていった料理たちが思い出されたので、逆恨みとは知りつつ、かたき討ちにゴミ箱に放り込んでやった。
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さて、ひとしきり鍋磨きの現実逃避をして、少しモチベーションを回復させた提督。
艦隊の頭脳である霧島を台所に呼び、昼食をとりながら作戦会議することにした。
時間がないので料理はせず、お湯を沸かして「焼そばバゴ〇ーン塩味」を作ることにした。
キャベツ主体の具にお湯を注ぐと、プーンと揚げ麺の香ばしい匂いが広がる。
ちなみに、昨年のリニューアルにより、イカとカニかまぼこは姿を消し、代わりに量多めで大粒の味付ひき肉が入ることになり、これによって貝柱風かまぼこを擁する「俺の塩」の下位互換という地位を脱することに成功した。
フタを閉めて3分のワクワクタイム。
マグカップに「わかめスープ」の素を入れて待機。
「前は「バター風味塩味」だったパッケージの表示が、「ほんのりペッパー塩味」に変わりましたね」
「粉末ソースからはバターの香りが消えて、スパイシーな方向に振ってきていますね」
大淀と霧島がリニューアル前後の違いを分析していると、3分を知らせるタイマーが鳴る。
「わかめスープ」の素が入ったカップにヤカンから熱湯を注いだら、流しに向かって麺の湯切りをし(北海道の「焼きそば弁当」とは、戻し湯を再利用しない点が異なる)、粉末スープと調味油を投入。
「いただきます!」
やや太めの麺をかき混ぜてソースに馴染ませ、ズゾゾッとすする。
パンチのある鶏ベースの濃厚な塩ソースにガーリックの香りが立ち、スパイシーな黒コショウがアクセントとなり、ややオイリーな麺がガッツリと食べられる。
やや攻撃的になった本体の焼そばを、ホッとする味のわかめスープが以前のように変わらぬ優しさで出迎える。
豪華さや高級さという言葉とは程遠いが、100円ちょっとというコスパで味わえる、この満足。
そして、節分の拡張任務については……。
「まずは敵の弱体化を図るのが先決です」
さすが艦隊の頭脳、霧島が明快な答えをくれた。
「重量編成の艦隊で上ルートからレ級ごと南方棲戦姫を全力でしばき続け、敵が弱ったところを、武蔵を先頭にした駆逐艦入り編成で下ルートからブン殴りましょう。これが編成案です」
攻略本隊:長門、大和、アイオワ、瑞鶴、翔鶴、サラトガ
最終本隊:武蔵、伊勢、利根、筑摩、タシュケント、雪風
道中支援:ビスマルク、リシュリュー、山城、大鳳、陽炎、不知火
決戦支援:陸奥、ネルソン、ウォースパイト、飛龍、夕立、綾波
「ボクシングに例えれば、ガードを無視してヘビー級の右ストレートを5連発叩き込み、たまらずガードが崩れたところに、右ハイキックの一閃で倒すようなものです。これなら必勝が無敵です!」
「イイサクセンダナー」
霧島の作戦説明を聞く提督の目が、ぐるぐるの渦巻き状になっていく。
大淀は提督を残し、この作戦に必要な大量の資源を倉庫から運び出すため、2トントラックの手配に向かうのだった。