ある鎮守府のエンゲル係数   作:ねこまんま提督

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南方棲戦姫とトコブシ焼き

「星弾射撃、行きますっ!」

 

大和の副砲から発射された照明弾が南洋の星空に吸い込まれ……。

やがて炸裂したそれは、激烈な閃光で夜空を光に染めた。

 

逆光の中に浮かび上がる、禍々しい南方棲戦姫の艤装。

彼女を護っていた2人の戦艦レ級は、すでに昼のうちに海へと沈んでいた。

 

「よし! 艦隊、この長門に続け!」

「Name shipは伊達じゃないのよ! うふふ、やっちゃうからね!」

「全主砲、薙ぎ払えっ!」

 

降り注ぐ巨砲の雨に曝され、南方棲戦姫の艤装が次々と打ち砕かれる。

 

「ワタシハ…モウ……ヤラレハシナイ!」

 

それでもなお耐え続け、怨念の咆哮とともに反撃の砲火を撃ち返してくる、南洋の荒ぶる姫神。

その呪詛の火力は絶大で、最強を誇るはずの大和の装甲障壁がただの一撃で砕かれた。

 

それでも、艦娘たちは怯まずに攻撃を続行する。

 

「サラの子たち、お願いします!」

 

サラトガが銃床のついた飛行甲板を構えてトリガーを引く。

満を持して発進していく、F6F-5N、TBM-3D、零戦62型(爆戦/岩井隊)の混合夜襲部隊。

 

深海棲艦戦Mark.IIの防空網を食い破り、雷爆撃を加えていく。

 

空襲の業火に包まれながら、静謐な笑みを浮かべた南方棲戦姫……。

周囲の瘴気が薄まるのと同時に、ゆるやかに沈む艤装に引きずられながら、波間へと消えていった。

 

 

南方棲戦姫の完全撃破成功が伝えられた鎮守府。

その時、提督は寒風の吹きすさぶ防波堤で、揺れる波間に沈んでいく夕日を眺めていた。

 

その相貌は仏陀のような健寧と慈愛に満ちている。

全ての煩悩から解放され、物欲センサーすら素通りできそうな明鏡止水の境地に提督はいた。

 

支援艦隊の戦艦群に大量キラ付けして精も根も尽き果てた、壮大な賢者タイムに過ぎないのだが……。

 

おかげで、大破で帰還した大和の露出された白い肌を見ても、アイオワのテヘペロお色気中破姿を見ても、その修理のために天龍の軽トラが運んでいく山盛りの燃料と鋼材……を見ても、提督の心は穏やかなままだ。

 

「マタシバラク、オセワニナリマスヨ」

「うん、いらっしゃい」

 

何度も繰り返し撃沈され、霊力を著しく失った南方棲戦姫が、休養を兼ねて鎮守府に遊びに来た。

冬だというのにビキニに髪で胸を隠しただけという、非常に目のやり場に困る露出度なのだが、賢者モードの提督は穏やかな表情のまま出迎える。

 

とにかく、これで節分任務が楽になって、節分の豆を2つ追加でゲットできそうだ(物欲センサーさん「ピクッ」)。

 

 

旅館の食事処を改装した、鮨割烹といった風情の鳳翔さんの居酒屋に、温泉上がりの提督と南方棲戦姫が来店した。

濡れた髪を戦鬼時代と同じツインテールに結び、艶っぽい浴衣姿の南方棲戦姫。

 

「いらっしゃいませ」

 

提督と南方棲戦姫の距離感に眉をピクリとさせたものの、(表面上は)にこやかに迎える鳳翔さん。

 

「食堂には行かなかったんですか?」

「あまり食欲がないし……今夜は寒いから、最初からお燗をつけてくれるかな?」

 

提督の注文に、心得ている鳳翔さんはすぐに燗の準備をする。

選んだお酒は、地元の酒蔵が作る「浜千鳥」の特別本醸造。

口当たりがよく、出しゃばらない控えめな味と香りの、晩酌に向いたバランスの良い酒だ。

 

そして手早く、淡い黄に彩られた瀬戸焼の小鉢で、お通しを出してくれた。

 

冬菜(とうな)のおひたしの濃い緑が、小鉢の中で輝いている。

 

ここでの冬菜(とうな)は、冬菜(ふゆな)(冬に出回る菜類、京菜や小松菜などの総称)のことではなく、新潟の薹菜(とうな)の異字表記だ。

薹とは、「(ふき)のとう」などと言うように植物の「(くき)」の部分のことで、新潟では特にアブラナ類を中心に薹を食するための多くの菜類の品種がある。

 

ちなみに、薹が成長し過ぎると固くなり食用に適さなくなることから、人間(特に婚期を過ぎた女性)に対してもよく「とうが立つ」などと……いかん、こんなことを言っていると今のご時世、どこぞのフェミニスト団体から刺客を放たれてしまう。

 

とにかく、出てきたのは新潟の伝統野菜、女池菜(めいけな)の茎の部分のおひたしだ。

新潟の寒く厳しい冬に耐えながら、雪の下で茎にしっかりと栄養をため込んだ、ほろ苦さと甘みの混じる大地の滋味。

 

その生命の力強さを味わい、人肌のお燗をゆっくり口に含めば、生き返ったかのように身体の内から元気が湧いてきて、食欲も呼び覚まされた。

 

それを見越していたかのように、厨房からバターの焼ける香ばしい匂いが漂ってくる。

 

「トコブシをバターと醤油で焼いてるんですが、もっと軽いものが良かったですか?」

 

いたずらっぽく笑う鳳翔さんに、ブンブンと首を振る。

 

(ちなみに、同じミミガイ科に属し、アワビの子供といった風情のトコブシだが、本物の小さいアワビとトコブシの見分け方は簡単。貝殻にある呼吸のための穴が、アワビは4個~5個で、トコブシは6個以上である)。

 

平皿に出された熱々のトコブシを箸でつまみ、弾力のある身をガブリとかじれば、バター醤油の香ばしさと、トコブシのほんのりとした甘みが口いっぱいに広がる。

 

アワビとの違いは、ここにもある。

トコブシなら一口に丸かじりでき、その生命の力を丸ごといただける。

 

隣を見れば、南方さんも浴衣をはだけさせ、煽情的な双丘をチラつかせながら、懸命にトコブシにかじりついている。

 

提督も、元気というか……、何だか煩悩ゲージが回復してきた。

 

「鳳翔さん、お燗もう一本つけて。それから美味しいもの、もっと出してくれると嬉しいなあ♪」

 

酔いが回り、賢者から遊び人にジョブダウンしていく提督に呆れながらも、そこは懐の広い正妻の鳳翔さん。

旬のヤリイカを合わせた里芋の煮物を盛り付けて出し、続けてスズキの白子に薄く塩をふって炭火にかける。

 

そして……。

 

「おお、()っているな。どれ、今月の勇戦を祝して乾杯しようではないか!」

「レ級は留守番か? 明日、余がネルソンタッチで挨拶しに行ってやる」

「日向も改二になったらさ、一緒に南方ちゃんと戦いに行こうよ。あ、瑞雲はボーキ消し飛ぶから置いてきなよ?」

 

食堂での食事を終えた艦娘たちが、騒々しく居酒屋にやってきた。

 

人々の怒り、恐れ、恨み、嘆きといった負の感情が海に流れ込み続ける限り、すぐに深海の姫は力を取り戻し、再び荒ぶる神となる。

 

だが、その日までは、この温泉旅館を改装した艦娘寮で、羽を伸ばして楽しく過ごしていってください。

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