もとは温泉旅館だった、ここの艦娘寮の庭園には、多くの
日本でも『古事記』や『日本書紀』にもその名を表すほど、古くから人々に愛されてきた椿だが、素朴な一重咲きのものから、豪華な八重咲のものまで、その品種は様々だ。
椿は世界に6000品種も存在するそうで、品種改良により新種が産まれるだけでなく、今もチベットなどの秘境で新品種が「発見」されたりするという。
作業着に鉢巻きと
今日、提督が手入れしているのは、これから開花期を迎えようとしている、可憐な五花弁の
ヨーロッパでは「カメリア」と呼ばれ、椿油の原料として生活に密着してきた品種群に属する。
鎮守府から2つ離れた湾には、樹齢1400年と伝えられる日本最古の藪椿の神木が立つ神社や、藪椿をはじめとした約1000本の椿がリアス式海岸を飾る美しい椿園もある。
また、藪椿と同じように、これからの時期に目を楽しませてくれるのは
花は一重で小さく半開状に咲き、白、桃、紅色などの淡い色合いが特徴の、茶木として好まれる品種だ。
すでに半数が散っているのは、年末に花をつけた
極寒の中に八重咲の濃い赤い花をつけるのが魅力だが、今年は暖冬のせいで、雪中の凛とした美しさは数えるほどしか鑑賞できなかったのが残念。
そういえば、日本海側を中心に、日本各地の椿の自生地には
若狭(現在の福井)で人魚の肉を食べて不老不死となった娘が、周囲がみな年老いて死んでいくなか歳をとらない我が身を憂い、百二歳の時に仏門に入り、尼となって人びとに神仏への信仰を説きながら全国行脚を続け、その際に各地で椿の植樹を行ったという話だ。
ちなみに、八百比丘尼は最後、八百歳で故郷の若狭に戻り、洞窟にて入定(永遠の瞑想に入ること)をしたという。
この洞窟の脇には彼女が愛した椿が植えられており、「この椿の花が枯れたら、私が死んだと思ってください」と言い残したというが、その椿は今もまだ咲き続けている……。
そんな椿の樹々の間から、ヒー、ヒーという、おっとりしたウソの鳴き声が聞こえてくる。
高山で繁殖し、山々が冬の雪に閉ざされる前に、この鎮守府がある海岸線へと降りてきた漂鳥だ。
春になればウソは山へと去り、今度はコムクドリがやって来てキュル、ピピッと囀り始める。
花の色や鳥の声に四季の移ろいを感じる、自慢の庭園。
節分任務で銀河も手に入れたし(壮大!)、大仕事である畑の寒起こし(土の上下を入れ替えて土中の害虫を凍死させる)も終わったし、しばらくのんびり引きこもろう……。
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庭仕事の汗をシャワーで落とし、中華風の料理衣(昔の某テレビ番組の鉄人を意識したもの)に着替えた提督。
大食堂の厨房に行き、鬼怒、磯波、浦波、敷波、綾波からなる遠征艦隊が、おみやげに持ち帰った食材の加工にとりかかった。
それは、今が盛りの神奈川県は三浦半島の名物、三浦大根。
中太りのふっくらした三浦大根を擦りおろし、干し海老、干し椎茸、干し貝柱などの乾物を水でもどしてフードプロセッサーで砕き、水溶きした米粉と調味料を練り混ぜながら煮て、そのドロドロになったペーストを型に入れて蒸しあげる。
中華の点心料理の一つ、
みずみずしくも煮崩れしにくい身質の三浦大根は、日本料理の煮物などに最適で味も濃い。
しかし、中国の大根を使う前提である大根餅には使いにくい。
提督は、横浜中華街で店を出している三浦出身のシェフから教えてもらったレシピで水分量と材料比を調整し、三浦大根ならではの凝縮された旨味と、大根餅のプルプルモチモチした食感を両立させて蒸しあげた。
「提督、何を作っているんですか?」
「なにか~、ビールに合いそうな匂いがします~♪」
「司令!
大食艦やアル重、さすがは台湾で暮らしたことのある幸運艦に嗅ぎつけられたが……。
後で食べさせるからと約束して冷蔵庫にしまい込み、第二段、第三弾の仕込みを手伝わせる。
大根餅は蒸したてより、しばらく冷やして味を馴染ませた後に、フライパンで表面をカリッと焼いて食べた方が美味しいのだ。
「ナ~シホォフンゲビュライ~ェシ~、カ~ティアングンシ~ライ~ピァーイ♪」
大根餅の素を練りながら、雪風が台湾の歌を口ずさみ始めた。
若是黄昏月娘要出來的時 加添阮心内悲哀
夕暮れ時に月が出るたび、私の胸には悲しみがつのります
太平洋戦争が終わった後の1946年に大ヒットした、戦争から帰らぬ夫を嘆いた妻の心情を描いた曲だ。
本来は悲しい曲なのだが、雪風の歌声は明るい。
そこには、再会を信じる力強さが込められていた。
雪風の頭をそっと撫でてから、提督はまた大根の皮を剥き始める。
午後には……。
口当たりはプルッと柔らくて、モッチリした身を噛めば大根の素朴な甘さと滋味が舌の上にじんわり広がる絶品おやつを、家族のみんなに披露できるだろう。