ある鎮守府のエンゲル係数   作:ねこまんま提督

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ローマと春のお彼岸のぼた餅

日本各地から桜の開花の便りが届いているが、北の辺境は今日も寒い。

 

ここの鎮守府があるのは、1,000~1,700メートル級の峰々が連なる山岳域を西の背景に、東の太平洋に向けて口を開いた、険しいリアス式海岸の湾の町。

 

湾の北側には山裾から続く大小の丘陵が鋸状に連なって、弧を描くように海へと伸びている。

そして、海を挟んだ南の対岸も、やや穏やかな稜線であるが同様に海へと弧を描いて伸びており、全体として丸い(かめ)のような湾を形成していた。

 

周囲を小高い山々に守られた湾内は波風が静かで、栄養豊富な川の水が流れ込み、魚介類を育むのに絶好の環境となっている。

 

だが一方で、山がそのまま海に沈みこむような地形は、この町の発展を妨げる足枷でもある。

海と山とに挟まれた、曲がりくねった狭隘で起伏の激しい土地には、平野のような産業の発展性はない。

 

高速道路のインターチェンジからは遠く、国道も町の北部の山中をかすめるだけ、町内に3つある鉄道(単線、非電化、ダイヤは1日12本)駅のうち2つは無人駅で、町営のローカルバスも日に3便という交通の便の悪さから、辺鄙な陸の孤島とも化している。

 

さらに、ただでさえ4800人弱(約1800戸)、高齢化と過疎化がすすむ小さな町の人口は、湾内の6カ所に分かれる漁港群や、山間の農耕地などの各集落に分散して住んでいる。

 

ええ、つまり何が言いたいかというと……。

 

225人もの艦娘(+提督と居候の深海勢多数)が住んでいる鎮守府は、この町最大の人口密集地であり、鎮守府の地域社会への参加が果たす役割も大きい。

 

「というわけで、今年もご町内の皆さんに、ぼた餅を配ります」

 

昼と夜がほとんど同じ長さになる、春分の日。

その前後の彼岸には先祖の墓にお参りし、ぼた餅を食べて春の訪れに感謝するのが日本の風習。

 

鎮守府総出で作ったぼた餅を、和紙を敷いた竹籠の箱に詰めていく。

ぼた餅の「ぼた」は漢字で書けば「牡丹(ぼたん)」、秋分の日の彼岸に食べるおはぎ(萩)より、丸く大きめにするとそれらしい。

 

「私と陸奥は桃櫛(ももくし)を回る。金剛たちは嘉渡(かど)浜に……」

 

地図を広げて長門が指示し、艦娘たちが散っていく。

 

 

湾の南岸の東、最も湾口に近いのが、嘉渡浜という大きな漁港だ。

湾外に獲物を求める、イカ釣りや、延縄(はえなわ)漁(サケ、タラ、アイナメなど)、サンマの棒受け漁(鎮守府でもやっている、例年の集魚灯を使ったアレである)の船が多い港でもある。

 

町内最大の19トン漁船11隻のうち、7隻がこの漁港の所属だ(ちなみに、鎮守府のレストア漁船「ぷかぷか丸」は4.9トンです)。

 

集落は、昭和の津波被害の教訓から高台へ密集しているが、昔はカツオの一本釣り漁やブリ漁が盛んだったことから、漁業で財を成した漁師さんの大きな邸宅が数多くある。

漁港の奥には一面一線の無人駅があり、数少ない学生の通勤の足となっている。

 

 

次に、南岸の中央に位置するのが、見石(みいし)浜という漁港。

港の規模は小さいが、漁港内には3トン未満の小型船が数十隻、所狭しと並んでいる。

 

名前の通りに漁港の前には石や砂利の海底が広がっており、そこに棲むカニやタコを狙うカゴ漁が盛んに行われているのだ。

 

 

湾の南西の奥にあるのが、桃櫛(ももくし)漁港。

桃櫛川と小輪(しょうりん)川という、サケやマスが遡上する自然豊かな二本の水系が、この湾へと注ぎだす出口でもある。

 

ホタテ、わかめ、こんぶの養殖が盛んなのはもちろん、サケやマス、サバ、イワシを狙う定置網漁をしている漁師たちも多く住んでいる。

また、桃櫛川と小輪川に沿った山間部には農地も多く、シイタケ栽培や畜産、養蜂も盛んだ。

 

 

鎮守府があるのは、湾の最奥の北西部に位置する、姫舞里(きぶり)という漁港。

まるで双子のような南北対称形の港が並び、そのうちの北側の海軍に買収された部分が、ここの鎮守府のエリアとなっている。

 

ホタテ、カキ、ホヤ、わかめ、こんぶ、海苔、ひじき等の養殖が中心だが、ウニやアワビの採貝、カニやタコを狙うカゴ漁、ヒラメやカレイ、アイナメなどの底魚を狙う刺し網漁にも最適で、海産物の水揚げに困ることのない極楽のような港だ。

 

湾全体の名前にもなっている、姫舞里という地名は、元は「鬼舞里」といったらしい。

鬼と呼ばれた蝦夷(えみし)、朝廷の権威にまつろわぬ者たちが、昔は楽しく舞い暮らせた土地だったのかもしれない。

 

姫舞里漁港の西北には織姫(おりひめ)川という川の流れに沿って、山に向かう緩やかな傾斜面に市街地が形成されており、この町の中心部でもある。

 

また、港の東北の高台には、元は温泉旅館であった鎮守府の艦娘寮が、(度重なる増改築の甲斐もあって)天守閣を誇る御城のような、堂々とした威容でそびえ立っている。

 

鬼舞里駅は一面二線(上下線がすれ違う際のタブレット交換が見られるぞ!)で、朽ちかけた木造の駅舎を改装した喫茶店「アリス」が、駅の切符発売も委託されており、この喫茶店で借りるパソコンが、ここの鎮守府で唯一のネット環境だ。

 

 

そんな鎮守府のある姫舞里から湾の北岸を東に3kmほど向かうと、一面一線の小さな無人駅の前に広がるのが、真砂(まさご)浜。

名前のとおり美しい砂浜が広がる遠浅な地形と、湾内でも一段と穏やかに寄せる波を活かし、ホタテ養殖とアサリ漁が盛んな漁港がある。

 

そして、夏場は海水浴客で賑わうことから、この町唯一のコンビニエンスストアが存在している。

営業時間は夏期の海水浴シーズンは7時~19時で、その他は9時~18時30分。

 

24時間営業じゃなくて本部から怒られないのかって?

ご安心ください、チェーンに加入していない、ただの個人商店(もとは土産物屋さん)です。

おにぎりもサンドイッチも麺類も、すべてお店の手作り。

「うど味噌のおにぎり」とか「スモークニシンのオープンサンド」とか、大手コンビニでは絶対に味わえないぞ。

 

 

そして湾の東北、険しい丘陵と断崖に隔絶された先、切り立った崖の合間に海賊のアジトのようにあるのが鬼籠津(おろつ)という漁港。

 

鬼が籠もる津(港)という名前だけあって、こここそ僻地オブ僻地。

町の中心に出るには海岸に沿って幾重にも曲がりくねった道を車で20分。

すぐ近くに見える真砂浜に行くのでさえ、山中の林道をM字に遠回りしなければたどり着けない、キング・オブ・陸の孤島。

 

だが、湾外へのブリ、タラ、スズキ、サメ漁の絶好の基地であり、近くの岩礁帯にはアイナメ、カレイ、タイの魚影も濃い。

鎮守府からも、わざわざ釣りに通う艦娘がいるほど

 

ローマの運転するフィアット500(チンクエチェント)で鬼籠津にやってきた提督。

アップダウンの激しい斜面に50軒ほどの家が点在する集落にぼた餅を配って回っていたら、途中で漁師さんに「サクラマス」を貰った。

 

桜の花が咲く頃に回遊してくるカラフトマスのことも、この地方では「サクラマス」と呼んだりするが、貰ったのは本当のサクラマス(真マスや本マスとも呼ばれる)。

 

漁協では桃櫛川上流の渓谷に、大量のヤマメを放流している。

そのヤマメが海に降り、サクラマスに成長して生まれ故郷へ戻ってくるのだ。

 

一本釣りされ、船上で活〆にされた新鮮なサクラマス。

脂が乗っているのに、あっさりとした味わいが特徴だ。

 

「これ、帰ったらどうするの?」

 

車に戻るなり、ワクワクした表情で訊ねてくるローマ。

 

「塩焼きが定番だけど、塩蒸しにするのもよさそうだね~」

「クリームパスタにするのはどう?」

「うん、それも美味しそうだなぁ」

「ブロッコリーやトマトとも合うと思うわ」

 

心なしか、フィアットのエンジン音が大きくなっていく。

 

帰ったら温泉でひと風呂浴びたいけど、許してもらえず台所に直行なんだろうな……。

 

「とりあえず、お疲れ様。これどうぞ」

 

様々な料理法を思いつくままに述べるローマの口に、ぼた餅を差し出す提督。

 

眼鏡越しに、数秒そのままぼた餅を見つめるローマだが……。

 

そろそろ林道のカーブに差し掛かって危ないと思った時、ローマは提督の手にあるぼた餅をかじって、ハンドルを切ってくれた。

 

その食べかけのぼた餅を、自分もかじる提督。

 

こし餡のほんのりした甘さと、もち米とうるち米のつぶつぶ食感。

優しいポカポカとした気持ちが広がっていく、不思議なお菓子。

 

今日もここの鎮守府での暮らしは平穏で幸せです。

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