ある鎮守府のエンゲル係数   作:ねこまんま提督

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第二十一駆逐隊と卵とじうどん

人類は滅亡の危機にあった。

 

「お前、ここでエピデミックを引くか!?」

「ああっ、姉さんたち、ごめんなさいっ!」

「山札の一番下から引いたカイロにマーカーを3個のっけて……隣のバクダッドもマーカー3個で危ないよぉ……」

「子日、そういうのは"ふらぐ"と言うのじゃ……ほれっ、バクダッドを引いてしまったではないか!」

 

バクダッドで黒の病原体がアウトブレイク(爆発的感染拡大)し、カイロでもアウトブレイクが連鎖、中東全域に病原体コマが溢れ出していく。

 

「一気に5度目のアウトブレイクか……だが、悪くない……」

「悪いですっ! まだ青の抗体しか完成してないのに……」

「救護兵の子日だよ~っ! 香港の病気を駆逐するよ! くらえ、うりゃあ~っ!」

「アジアはしばらく大丈夫そうだし、中東を何とかするのが先決かのぉ。よし、通信指令員の能力で、わらわのターンに子日をイスタンブールまで直行便で移動させるぞ」

 

初春たち第二十一駆逐隊がやっているのは、協力プレイ型ボードゲームの傑作『パンデミック』。

 

世界中で次々と発生する病原体を、医療研究チームに扮したプレイヤーたちが協力して封じ、青・赤・黄・黒の4つの病原体に対する治療薬の完成を目指すゲームだ。

 

毎ターン、プレイヤーは感染カードを2枚めくり、そこに書かれた都市に病原体コマを1個ずつ追加する。

この病原体コマが同一都市に3個溜まり、4個目が置かれるとアウトブレイクが発生し、ルートが通じている都市にも同色の病原体コマが1個ずつ拡散する。

このアウトブレイクが8回起きるか、病原体コマの在庫が無くなったら、プレイヤーたちの敗北というルール。

 

そして、このゲームをスリリングにしているのが、プレイヤーカード(治療薬を作ったり移動の補助のために使用する都市名カードや、各種イベントカードなど)の山札の中に数枚含まれる、エピデミックというカード。

 

このカードを引いてしまうと、一都市に3個の病原体キューブを置く、すでに出た感染カードをシャッフルして感染カードの山札の"上"に戻す(つまり、すでに病原体キューブが置かれた都市の感染カードを再び引きやすくなる)、感染率マーカーが上がり段々と一回に引く感染カードの枚数が増えていく、という鬼畜な事態が発生する。

 

このエピデミックカード、難易度に合わせて4~6枚使用するのだが、プレイヤーカードをその数の均等な山に分けてからエピデミックカードをそれぞれの山に加えてシャッフルし、その山を重ねて山札にするというルールにより、ある程度バランスよく(そして一定期間内に必ず)出現するようになっている親切設計。

 

「初霜、黒の都市名カードを2枚渡せば治療薬を作れるか?」

「はい、若葉姉さん。手元に2枚ありますから、2枚もらえれば科学者の能力で(通常5枚必要なところ4枚のカードで)治療薬を作れます」

「うむ、ならばチャーター便で初霜のいるサンパウロに移動だ」

 

中盤からの加速度的に病原体が世界を覆っていくスピード感と絶望感の中、他プレイヤーと知恵を絞り、力を合わせながら世界中を飛び回るダイナミックでスリリングなゲーム展開は、一度プレイすると病みつきになる楽しさだ。

 

まあ、いくら頑張ってプレイしていても……。

 

「ひゃあっ、またエピデミックカード!」

「子日ーっ!」

 

けっこう簡単に人類滅亡するんですけどね、このゲーム。

 

 

提督の執務室は、すっかり春の装い。

 

穏やかな春の雰囲気と彩りが部屋の中を明るく演出する、優しい桜色の壁紙。

ガーリーで暖かい色調の早春の窓と、桜の和のアレンジメント。

 

なのだが、いまだにコタツをしまえないでいる。

何しろ、この北の辺境の鎮守府では雪が降っているのだ。

 

コタツに潜りながら、初春たちの奮闘むなしく人類が滅亡していく様子を眺めていた提督だが……。

 

「……ハクション!」

 

唐突に大きなくしゃみをした。

 

「なんじゃ? 貴様、カゼを引いたのかや?」

「む、確かに熱があるようだな……」

「まあ、大丈夫ですか?」

「ねのひ、明石さんを呼んでくるねっ!」

「うん、少し風邪気味みたいだけど……温かいものを食べて薬を飲めば大丈夫だから」

 

心配そうに顔を覗き込んでくる初春たちに微笑み、とりあえず子日の襟首をつかむ提督。

たかが風邪ごときで分解修理とかされたら、たまったものじゃない。

 

なのだが、さっきまで『パンデミック』をやっていて、気分が昂っている初春たち。

 

「よし、提督看護作戦を開始するのじゃ!」

「病気を根絶するよー!」

「私が、守ります!」

「安心しろ。きっと、助ける」

 

長女の初春をまとめ役に、強い団結力を誇っているが、初春が暴走した時のツッコミ役やブレーキ役が存在しない第二十一駆逐隊。

 

「うん……よろしく(いつも魚雷発射管の角度を直すフリして初霜をもふもふしてたバチが当たったのかな)」

 

説得をあきらめた提督は、彼女らに身を任せるのだった。

 

 

家具職人さんたちの手により素早く設置された、診療台セットのベッドに横たわる提督。

 

服も初霜によって、薄青色の患者さん用パジャマに着替えさせられている。

 

「提督、病は軽いです。安静にしていれば必ず助かります。気をしっかり持ってくださいね」

「うん、病は気からって言うけど、本当に重病な気分になってくるよね」

 

「提督、配置箱を取ってきたぞ!」

 

ドヤ顔の若葉が持ってきたのは、農協の「クミアイ家庭薬」事業の配置箱。

あらかじめ薬がセットされた配置箱を預かり、配置員が補充のために定期訪問する際に、使った薬の分だけ代金を支払うというシステムだ(農協の組合員でなくても利用できます)。

 

鎮守府でただ一人生身の人間である提督の健康を守る、重要アイテムだ。

 

「葛根湯を出してくれるかい?」

「いや、提督。ここは全戦力を一挙投入して病を駆逐すべきだ。かぜカプセル「ゴールド」S、かぜぐすり「カプセルエース」、解熱鎮痛錠、新せき止錠「エス」、鼻炎カプセル、ビタエース「ゴールド」錠、寿煌誕ロイヤル……」

「提督っ、タオル濡らしてきたよー!」

 

そして突然、ビチャッと顔全体にかけられるズブ濡れタオル。

 

「げほっ……若葉と子日は僕を永眠させたいのかな? あとね、若葉、それ封を開けたら代金が発生するんだから、あんまりバリバリと箱を開けないで」

「なんじゃ、やかましいのう。とっとと薬を飲んで寝るがよいぞ」

 

「初春、薬を飲む前に、うどんか何か食べたいんだけど」

「そうじゃな、食は大切じゃ。…はあ? わらわが? ふん。腹が減っておる。冗談は後にせよ!」

「子日もおうどん食べたいーっ!」

「うどんか……悪くない」

「ですよねー」

 

ノロノロとベッドから起き上がると、自分が作ると申し出る初霜(尊い)を押しとどめ、家具妖精さんたちにキッチンを用意してもらい、エプロンを身に着ける提督。

寝たきりで病人扱いされているより、思いっきり料理した方が心と体に良さそうだ。

 

大小2つの鍋に水を入れて火にかけ、長ネギを斜め切りし、カニかまをほぐし、生姜をおろす。

小さな方の鍋が沸いたら、お手軽にダシ汁入りの市販の麺つゆで味付けし、長ネギ、カニかま、生姜汁を加え、片栗粉でとろみをつける。

 

いったん小さな鍋の火を止め、大きな鍋で扶桑印のうどんを茹でたら……。

丼を5つと家具妖精さんたちへのお礼用の椀を1つ用意し、タイミングを見計らって小さな鍋の火を再点火。

ボウルに次々と卵を割り入れて菜箸で溶き、小鍋が煮立ったら溶き卵を少しずつ静かに回し入れて、大鍋で茹で上がったうどんを玉網でザルにすくい上げて水でしめ……。

 

流れるような動作で丼にうどんをよそい、そこに卵あんをかけていく提督。

ホカホカと湯気を立てるフワフワのあんかけ卵に、そっと飾りの三つ葉を載せたら、卵とじうどんの完成だ。

 

ピッタリ計算通りに仕事が決まると、ものすごく爽快。

これで熱々のうどんを食べれば体もポカポカ、風邪なんか吹き飛んでしまうだろう。

 

「うむ、良き味じゃ♪」

「子日、カンゲキぃ!」

「ありがたい、これは温まるな」

「提督、ありがとう」

 

それに、みんなのこの笑顔。

 

「あ、葛根湯と水をお願い。それからベッドは寝にくいんで、煎餅布団を敷いてくれるかな?」

 

この笑顔のためなら、提督は病なんかには負けません。


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