ある鎮守府のエンゲル係数   作:ねこまんま提督

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長波サマとパワーランチ

艦娘寮の庭の桜の木に、ようやく数輪の淡い花が開いた日。

 

質素で飾り気もない、昭和の学生食堂のような何の特徴もない大食堂。

夕飯時、眠り猫のように柔和な細目の提督が、さらに目を細めて机に広げた"売り上げ報告"を眺めていた。

 

近隣の市で春と秋に開かれる、伝統の互市(たがいいち)

江戸時代以前からの物々交換市を基礎とする古き良き郷土市場に、ここの鎮守府は毎年出店している。

 

定番の間宮羊羹に、カレーの食べ心地を追求して新潟県燕市の業者に発注した特製スプーン、鳳翔さんの意見を採り入れて試行錯誤して製作した桜材の洗濯板、丁寧な細工の光る木工瑞雲根付(ねつけ)、隼鷹と飛鷹が窯で焼いた徳利とお猪口、木曾のこだわりが詰まった手作り餌木(えぎ)に、ウォースパイトの手作り毛針(フライ)……。

 

最初から儲けるつもりはない値段設定なので利益は微々たるものだが、完売の報告が並ぶ表を眺めながら、買ってくれた人たちの笑顔を思い出すのは、やはり心地いいものだ。

ここら辺、オータムクラウド先生の気持ちがよく分かる。

 

また、周囲の店を見回って購入してきた戦利品の数々。

切れ味抜群の手打ち包丁に、鍬や鋤、草刈り鎌などの農具、使い勝手の良さそうな様々なサイズの木桶に竹ざる、畳の多いの艦娘寮の掃除に欠かせない竹ぼうき、山椒の木のすりこぎ、鮫皮張りのわさびおろし、百日紅(さるすべり)の苗、金魚草の鉢植え、掘りたての山芋、干し小エビ、地酒……。

 

今年もまた、いい買い物が出来ました。

 

 

「おう、バシーから帰って来たぜ。待たせたなっ!」

「作戦完了じゃ。ほんまに疲れたのう」

「……なに? その緩んだ顔、気持ち悪いんだけど?」

 

ニヤニヤしている提督のもとに、昼食を約束していた長波、高波、沖波、清霜が、引率の日進、五十鈴とともにやってきた。

 

「みんな、お疲れ様」

「きゃあっ!」

「ちょ……コラッ!」

 

(ねぎら)いの言葉をかけながらも、失礼な五十鈴の胸と、ついでに比較のために長波の胸をもんでおく提督。

 

「君ぃ! 公共の場で何をバインバインやっとんねん!」

 

五十鈴と長波だけではなく、通りがかりの某軽空母さんにも怒られました。

 

 

お昼を食べながら、午後の打ち合わせ。

欧米のデキる人たちは『パワーランチ』とかいって、仕事に関するミーティングを兼ねた昼食会をするとかテレビの情報番組で観たので、真似してみた。

 

今日の日替わりメニューは『青椒肉絲(チンジャオロース)定食』。

 

青椒はピーマン、肉絲は細切り肉。

中国では豚肉を使い、味付けもあっさりなのが一般的だそうだが、ここではしっかり下味をつけた牛肉を使い、紹興酒、砂糖、オイスターソースなどで作った、とろみのあるタレを絡めてある。

 

そして、日本式のお馴染みレシピに欠かせないのが、たけのこ。

艦娘寮の裏山やお寺脇など、近所の竹林を整備しまくったので、今年も鎮守府では立派なたけのこが豊作だ。

 

ピーマン、牛肉、たけのこ、三種の異なる風味と食感が楽しく、白いご飯がよくすすむ。

 

「清霜、ピーマンも食べないと戦艦になれないぞ」

「わ、分かってるもん! 残さないってば!」

 

長波がちゃんとお姉さんしているのが微笑ましい。

 

 

鶏ガラベースの中華スープは、干し椎茸(しいたけ)と春雨(艦娘ではない)が具。

ここの鎮守府の地元は椎茸の原木栽培が盛んで、肉厚の良いものがよく手に入る。

 

しかも、その椎茸を丁寧に天日に干してやると、元から含まれる旨味成分のグルタミン酸が濃縮された上に、日光との反応でグアニル酸も新たに生成され、旨味の相乗効果が起こる。

その干し椎茸の戻し汁に良いダシが出まくっていて、非常に奥深い味わいだ。

 

 

副菜は菜脯蛋(ツァイフータン)

菜脯(ツァ・イフー)という、切り干し大根の中華風醤油漬けを入れた玉子焼き。

プチプチした大根の食感と、ほんのりした甘みが混じり、素朴に美味しいのだが……。

 

一般的に追加する青ネギの他に、白菜の塩漬けとニラの細切れ、鶏ひき肉も加えてある、この鎮守府の菜脯蛋。

ミニお好み焼き的な、食べ応えと美味しさがある一品だ。

 

 

さらに、春キャベツの浅漬けに新ショウガと塩昆布を和えた漬物の小鉢と、搾菜(ツァーサイ)が盛られた小皿。

搾菜は日本でも「ザーサイ」と呼ばれ、青菜頭(チンサイトウ)というアブラナ科の植物の茎から下のコブ状の部分を使った、お馴染みの漬物。

 

こいつらの、程よい塩っ辛さがご飯をすすませ、そのくせチンジャオロースの油っこさを打ち消して、エンドレスなご飯地獄を作り出している(ここの食堂では原則、ご飯と味噌汁、パンとスープのおかわりは自由になっている)。

 

 

「高波姉さん、ご飯のおかわりなら、私が行きますっ! あ、司令官のも沖波が、お持ちします」

「このデザートの豆花(トウファ)、お姉ちゃんたちにあげるから、イチゴパフェ頼んでいい?」

 

「午後の、サーモン沖への、出撃の、打ち合わせにきましたっ!」

「おう、比叡の持っとるA定食も美味そうやのぅ……よし、うちも追加注文じゃ! サボ島の夜戦に行くんやし、これくらいええやろ?」

「あ、それなら……あたしも午後にタウイタウイに行くんだから、宇治ミルク金時を追加していいでしょ?」

 

「提督、伊勢の代わりに来たぞ」

 

ワイワイと騒いでいるテーブルに、改二を迎えた航空戦艦の日向師匠がやって来た。

 

「赤城からも岩本隊を借りてきたから、これと強風改を積めばいいんだな? 瑞雲を置いていくのは少し寂しいが……ん? イタリアン定食は……前菜は新玉ネギサラダと椎茸のゴルゴンゾーラ焼き、春キャベツのベーコンパスタに、たけのこと鶏肉のトマト煮込み、デザートはパンナコッタ……これにするか」

 

「ちょっと、日向さん? そんなのメニューにありました!?」

「あっ、こっちの方では抜けてます……」

「おい、提督と姉妹でシェアすれば、もう一定食ぐらい食えるよな?」

「由良ー、阿武隈ー! ちょっとこっち来て!」

「ずるいぞ、おぬしら……あ、瑞穂! ええ所にっ!」

 

こうして、食はすすむが、会議は踊らず。

 

今日も、鎮守府のエンゲル係数は無駄に増加していくのだった。


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