ある鎮守府のエンゲル係数   作:ねこまんま提督

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ゴトランドとメスティンのご飯

ジャリジャリジャリ……バリバリバリ……カリカリカリ……と、摩擦音が響く執務室。

 

提督と秘書艦のゴトランドが一生懸命に紙やすりをかけているのは『メスティン』というアルミ製飯ごう。

 

薄い四角形のシンプル&無骨なデザインなのだが、狙わずとも奇跡のように米の炊飯にバッチリ合った熱伝導率と密閉性により、美味しいご飯が炊ける(さらに把手(とって)の台座を留めてるビスの位置がちょうど一合炊きの水加減の目印になる奇跡)。

さらに、炊飯の他にも煮る、茹でる、揚げる、蒸す(焼くと炒めるのは少々苦手だけど使えなくもない)と様々な料理に使える万能性を誇りながら、お安くリーズナブル。

 

そんな魅力で日本のキャンパーにも大人気な優秀アイテムだ。

 

ただし、日本製では考えられないような、製造時の仕上げの粗さがあり……。

(ふち)の金属バリがひどく、紙やすりでのバリとりが必須なのだ(筆者基準の感覚です)。

 

また、無垢のアルミ材そのままなので、金属臭を消し、変色や腐食を防ぐために、米のとぎ汁(野菜汁でも可)での、シーズニング(慣らし加熱)が欠かせない(筆者基準の感覚です)のだが……。

 

その『一手間かけて自分のものにした感』も愛着を湧かせてくれる。

 

 

ここの艦娘寮の庭の桜も八分咲きとなった。

間近に迫ったお花見に向けて、アウトドアグッズの準備を始めた提督だが……。

 

手慣れた様子でメスティンのヤスリがけを手伝ってくれる(左手にケッコン指輪をつけた)ゴトランドを見て、彼女が来てまだ7ヶ月しか経っていないのに驚き、そして同時に何となく納得した。

 

提督が鎮守府に着任して数日後。

初期艦の吹雪と白雪、初雪、深雪とともに、第十一駆逐隊結成の記念に裏山で、今磨いているのと同じメスティンを使ってキャンプをした。

 

このトランギア社のメスティンは、ゴトランドと同じスウェーデン生まれ(ただし、「メスティン」自体は直訳すると「食時缶」という商品一般の名称なので、他国他社製のものもあります)。

 

あの時使ったオプティマス社のガソリンストーブ「No.123Rスべア」もスウェーデン製。

遠征先での手軽な調理に欠かせないプリムス社のガスストーブ「153ウルトラバーナー」もスウェーデン製。

提督が野外泊に愛用している、スカンジナビアの先住民族サーミ人のティピテントを参考にした、円錐形のテンティピ社のテント(一番大きいサイズだと連合艦隊編成の艦娘たちと夜戦できるほど広い)もスウェーデン製だ。

 

そうだよ、ゴトは最初から僕らと共にいたんだ!(錯乱)

 

 

メスティンのシーズニングを済ませたら、今すぐこれを使って野外料理をしたくなった提督。

 

ゴトランドと鎮守府のプライベートビーチにやって来た。

 

プライベートビーチと言うと聞こえはいいが、実際は砂利の磯場が300メートルほど続いているだけの海岸で、海水浴に適するのは夏の一時期に過ぎない。

 

だが、デイキャンプなどには最適で、艦娘たちの職人技なDIYにより、数棟の東屋(あずまや)とピザ窯付きの炊事場まで整備されている。

 

まずは1.5合の米をシェラカップで研ぎ、お米をメスティンに移し、給水のために水に浸して30分放置。

 

提督お気に入りの米研ぎ用シェラカップは、新潟県三条市のアウトドアブランド、キャプテンスタッグの630mlの黒。

 

目盛りが細かくて計量しやすく、ブラック加工で研ぎ汁の色の変化が分かるし、米の量に対して容量にかなり余裕がある上、同メーカーから出ているピッタリサイズのザルで米をあげることもできるので、水を捨てる際に米を流してしまうというアウトドアではリカバリー不能な失敗を防げる。

 

……失敗を笑い話にできる若い駆逐艦娘たちと違い、おっさんという生き物は失敗を恐れるのだ。

 

 

ゴトランドが、ガスストーブを使ってサッと淹れておいてくれたコーヒーを飲みながら(スウェーデン人のコーヒー消費量は世界でも有数)、ゆったりと会話を楽しむスウェーデンの伝統文化"フィーカ"の時間。

 

「私も水上機母艦の会に入ったんだよ? お花見にはね、Slottsstekを焼くわ」

「ス、スロトスステ……?」

「あー……ローストビーフみたいなもの。ウォースパイトたちのとは、少し炙りのやり方やソースが違うんだけど。つけあわせはHasselbackspotatisよ、楽しみにしててね?」

 

日本でもハッセルバックポテトと呼ばれ、最近広まっている料理。

スウェーデンの首都ストックホルムのハッセルバックホテルで考案された料理で、皮むきジャガイモにアコーディオン状につながったまま無数の切れ目を入れ、オリーブオイルを塗ってハーブを散らし、スキレットに載せてオーブンで焼いたものだ。

 

「プリンツが似たのを作ってたんだけど、皮を剥いてないのよ? それにベーコンやチーズを切れ目に挟んだり、あれじゃダメよ」

 

などと楽しくおしゃべりしている内に、30分以上が経過。

 

メスティンと同じトランギア社のアルコールストーブ「TRB25」を、三枚のステンレスプレートを△に組み合わせた五徳にセットして点火、メスティンを載せる。

 

 

アルコールストーブは点火直後の炎こそ頼りないが、熱でアルコールが気化するうちに火勢も強くなり、はじめチョロチョロ中パッパ……という火加減を再現しやすいので、メスティン炊飯との相性がいい(……気がする)。

 

手のひらサイズのコンパクトなアルコールストーブは燃焼時間が30分弱と短いが、ご飯を炊くには必要十分。

 

ジュウジュウ吹いたら火を引いて……という続きの歌詞の火力調整は、ペンチでスライド扉を半開きにした消火・火力調整蓋を被せてやり、吹き出す炎を少なく調整してやることで対応。

 

固形燃料を燃やしっ放しにして、火加減関係なく炊いても美味しく炊けるけれど、おっさんな提督は自己満足したい年頃なのです。

 

それに、やることないとゴトランドとイチャイチャしだして、デイキャンプの趣旨が変わってしまう。

 

赤子泣いても蓋とるな……吹きこぼれ対策の重しに、メスティンのフタには缶詰を載せてある。

こうすれば、おかずも同時に温めることができて一石二鳥。

 

 

炊き始めから15分ほどで、パチパチという音に変化してきたら、メスティンを火から降ろしてタオルで包み、裏返して10分蒸らす(ここらへん、やり方の流儀は人それぞれ)。

 

その蒸らしの10分間を活かし、別のメスティンでサッと一品。

 

小房に切り分けたブロッコリーと水を1カップ入れ、アルコールバーナーを全開にして強火で加熱。

2分ほどしたらフタをとり、ウィンナーを数本放り込み、水気が飛ぶまで炒めたら、お皿代わりにフタへと移して軽く塩コショウをして完成。

 

 

「さあ、食べようか」

 

メスティンのフタと、いっしょに温めていた缶詰(自己満足を高めるプチ贅沢な「家バル 砂肝のアヒージョ」)を開ける。

 

フワっと漂うご飯の匂いと、ニンニクと香辛料の効いたオリーブオイルの香り。

青い空に白い雲、打ち寄せる潮騒の調べがBGM。

 

ふっくらツヤツヤの炊き立てご飯に、ムチッとした砂肝をのせて……パクッ。

 

メスティンで炊いたご飯の100万パワー+砂肝のアヒージョの100万パワーで200万パワー!

 

そこに外で食べる解放感でいつもの2倍の快感が加わり、200万×2の400万パワー!!

 

そして、新妻ゴトの笑顔が加われば……その美味しさは無限大!!

 

自己満足の外ご飯、ヤッパリ最高です。


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