ある鎮守府のエンゲル係数   作:ねこまんま提督

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神鷹のドイツ式ランチ

桜が散り、緑の瑞雲が映える春のある日。

 

提督は大鷹とともに、神鷹の初めての採蜜作業を見守っていた。

 

グラーフ・ツェッペリンから分蜂してもらい、養蜂に挑戦したばかりの神鷹。

鎮守府でよく使われている、正方形の重箱を何段にも重ねたような縦長の塔型ではなく、長方形の横長の箱型だが、それでいてボリュームは大きな巣箱に近づいていく。

 

大鷹や赤城たち、日本空母が育てている小型のニホンミツバチに対して、神鷹やグラーフ・ツェッペリンたち欧米空母が育てているのは大型のセイヨウミツバチ。

ニホンミツバチは集める蜜の量が少なく、基本的に秋1回の採蜜しかできないが、セイヨウミツバチは集蜜力が高く、年間を通して複数回の採蜜ができる。

 

現在、巣箱の中に集められているのは、ソメイヨシノや山桜、菜の花、サクランボなど、様々な春の花から集めた、百花蜜と呼ばれる蜂蜜。

 

この最初の百花蜜を回収したら、休耕畑を借りて作ったレンゲの花畑まで巣箱を移動し、本格的な単花蜜の採蜜期に入っていく。

 

花を見つけたセイヨウミツバチの探索蜂は、巣に帰ると仲間に8の字ダンスで花の場所の情報を伝え、巣の蜂たちは皆で同じエリアに飛んで、その花の蜜がなくなるまで集中的に蜜を集めようとする。

この習性を利用し、蜂たちに一種類の花の蜜だけを集めて蜂蜜を作らせたのが、単花蜜だ。

 

蜜が不足してくると偵察鉢が別の場所に新しい花を探しに行ってしまうが、あたり一面の花畑には必要十分以上のレンゲを植えてあるので、蜂たちに純度の高いレンゲの単花蜜を作らせることができるのだ。

 

ちなみに、日本空母が飼育してるニホンミツバチは、各自がそれぞれ個別に蜜源を探す習性が強いし、採蜜できるまで巣箱内の蜂蜜が溜まる期間も長いため、彼女たちの巣箱からは桜やレンゲはもちろん、艦娘寮の薔薇や百合、果樹園のリンゴや栗、畑の蕎麦やローズマリー、畦道のタンポポやシロツメグサ(クローバー)、裏山に自生する藤やアカシアなどからコツコツ集めた、年間を通した百花蜜が秋に採蜜できる。

 

 

「神鷹、蜂たちをまったく怒らせずに採蜜してるね」

「はい、神鷹ちゃんは筋がいいと思います」

 

離れて観察しながら、提督と大鷹もニコニコ顔。

 

昨日初めての採蜜に挑戦したガンビア・ベイは「ムリムリィー!」とか騒ぎまくって余計に蜂たちを怒らせ、さんざん追いかけまわされていたが……。

 

 

無事に巣箱をレンゲの花畑に移し終わり、花畑の側のアイオワが作った丸太のベンチでお弁当タイム。

 

「提督、大鷹姉さん、お昼をご用意しました。ソーセージと、ジャガイモと、ドイツパンも焼いてみたんです。それと……」

 

そう言ってガスバーナーに小鍋をかける神鷹。

前菜に用意してくれたのは、ヴァイス・シュパーゲル。

 

今が旬の、ホワイト・アスパラガスだ。

ドイツ人にとっては、日本人にとってのタケノコと同じぐらい、春の訪れを感じさせる食材なのだという。

 

根や皮を丁寧に取り除き、その根や皮ごと砂糖と塩と少量のレモン汁を加えて茹で、オランデーズソース(卵黄とバターに塩コショウで味付けし、レモン風味を効かせたソース)をかけて頂く、さわやかな春の恵み。

 

優しい甘さが舌を駆け抜ける。

 

「択捉さんたち、海防艦の皆さんと今朝、北海道で買ってきました」

 

ケッコンして練度100を超えた神鷹は、大鷹とともに海防艦たちのまとめ役として、近海の潜水艦狩りで大活躍してくれている。

 

 

そして、神鷹が出してくれたソーセージは、やわらかい半生サラミのようなメットブルスト。

メット(脂身なしの豚ひき肉)を腸詰めにして冷燻し、乾燥させたもの。

 

これをロッゲンブロートフェン(小さなライ麦パン)に載せ、潰してペースト状(むしろ見た目的にはネギトロ状)に塗り付け、刻んだ玉ネギと黒胡椒をかけてパクリ。

 

玉ネギと黒胡椒の刺激に、豚肉の臭みを消すためにメットに練り込まれたハーブと香辛料の香り、そしてほのかな燻香が鼻に抜けていく。

そのあとに残るのは濃密な豚の旨味と、噛めば噛むほど広がるライ麦パンの豊かな風味。

 

 

つけあわせは、ダンプフ・カルトッフェル(蒸かし芋)。

 

春とはいえ風が吹けば肌寒い屋外、ほくほくのジャガイモは大御馳走。

とろけたバターの甘みと塩気が、芋の味を絶妙に引き立ててくれる。

 

そして、花畑に目をやれば……。

神鷹の蜂たちが嬉しそうに、紅紫色のレンゲの花の間を飛び回り、春を謳歌している。

 

のどかな空に目をやりながら、提督は神鷹の膝枕でお昼寝させてもらおうと心に決めるのだった。




令和もエンゲル係数の高い提督と艦娘たちをよろしくお願いいたします

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