ある鎮守府のエンゲル係数   作:ねこまんま提督

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山風となめろう丼

「最初にさぁ、《リックス・マーディの歓楽者》を出したら《略式判決》で殺されて、《火刃の芸術家》を出したら《牢獄領域》で捕まって……」

「うん、うん……」

 

「そっから、《軍勢の戦親分》を出したら《拘留代理人》でタイーホ、《騒乱の落とし子》を出したら《議事会の裁き》で追放されるわ、こっちの火力カードは《否認》で打ち消されるか、《強迫》と《思考消去》で捨てられるし…」

「まぁ、青と黒まで触られてたら、そうなるか……」

 

「何とか合間を縫って出したクリーチャー達も《集団強制》で全部コントロール奪われて逆にこっちが殴られるしさぁ……」

「うん、大変だねぇ」

 

「何とか逆転の道筋は残してたんだけどね、最後は《法ルーンの執行官》でこっちのブロッカーを寝かされて、《絞首された処刑人》に3ターンかけて殴り殺されたのよ!?」

「そうかぁ……」

 

電話の向こうの天草提督の愚痴に、いちいち首を振って相槌を打つ提督。

 

こないだ提督が欠席した東京の会議の際、天草提督は横須賀提督に『マジック:ザ・ギャザリング』の対戦を挑んだ(一流の提督たるもの胸にデッキの一式は忍ばせておくのは嗜みだ)が、何もさせてもらえないまま返り討ちにされたそうだ。

 

物騒な名前のクリーチャーたちを並べて、直接攻撃魔法で一直線に圧殺を狙う天草提督と、それを淡々と権力的な除去魔法で排除して手足をもぎ、最後は丸裸にして嬲り殺しにした横須賀提督。

 

ちなみに最後の《絞首された処刑人》、パワー1/タフネス1の弱いクリーチャーだが、相手が強いクリーチャーを出して防御しようとしても「絞首された処刑人を追放する:クリーチャー1体を対象とし、それを追放する。」という能力で相打ちに持ち込める、いやらしいクリーチャーだ。

 

……うん、実に赤単VS白青(+黒補助)らしい戦いだ。

青と黒は害悪の色、はっきり分かんだね。

 

「ああ、それでね……電話したのは他でもない、ブレスト沖に出す艦隊の編成についてなんだけど……」

 

天草提督のストレスが緩和したのを見計らって、情報収集を開始する辺境提督であった。

 

 

東京霞が関の海軍省・軍令部地下に設けられた、海軍中央情報制御所。

通称、大本営。

 

例のごとく、欧州方面反撃作戦の第二段階を前にして、ここは修羅場となっていた。

 

「後段作戦の投入、同再開放シークエンスにいます……」

 

空調の効いた部屋の中で、脂汗で髪を額に貼り付かせた技師が報告を行う相手。

 

自衛隊のクーデター事件の事後処理の際に士官4万人の処刑を提案し、「万単位の人間を殺すなんて国会や世論が黙っていないだろう」と軍令部総長にたしなめられ、涼しい顔で「では9900人なら?」と聞き返したという噂が、まことしやかに囁かれる横須賀提督。

 

《略式判決》とか《牢獄領域》とか《強迫》とか《集団強制》なんてカードを好んで使う、横須賀提督。

 

そんな横須賀提督の冷ややかな瞳から目を逸らしつつ……。

 

「申し訳ありません。複数のサーバで問題となる現象が確認されたため、再度……」

 

そんな上ずった声の技師の言い訳を手で制して、横須賀提督は澄んだ声を発した。

 

「ある鎮守府では……提督自ら鍬を握って田畑を耕し、艦娘たちも遠征や演習の合間に魚を釣り、自分たちの手で鎮守府を修繕し、乃木大将のごとき晴耕雨読、崇高なる清貧の志をもって、不敗の長期継戦態勢を整えようとしています。彼らの努力に恥じぬよう、我ら中央も……」

 

突然に始まった横須賀提督のありがたい訓示に、周囲の人間は一様、青ざめた顔に微笑を貼り付かせたまま直立不動して傾注する(しかない)のだった。

 

 

さて、その崇高なる清貧の志、言い換えれば「D○EAM CLUB」に入店を許されてもいいぐらい“ピュアな心”を持った辺境提督。

 

休憩室で水着の山風を抱き抱え(漣から「これ絶対入ってるよね」などとからかわれ)ながら、ちゃぶ台に広げたノートにあれこれ編成案を書いては、遅ればせながらの第一段階出撃計画を練っていた。

 

周囲では、レーベ、マックス、マエストラーレ、リベッチオが、ドイツの子供向けすごろくボードゲーム『魅惑の森(原題「ENCHANTED FOREST」)』をやっていたり、最上、ゴトランド、ガリバルディ、タシュケントが、パズル盤ゲームの決定版『ウボンゴ!』をやっていたり(テトリス的なパズルを最初に解けた者がスワヒリ語で脳を意味する「ウボンゴ!」と宣言して報酬の宝石をゲットする)で騒がしい。

 

だが、提督は昔っから、静かな部屋の勉強机の前に座っているような状況が大の苦手で、畳の上のちゃぶ台で生活音に包まれている方が頭がよく回るのだ。

 

「海風と江風は、申し訳ないけどジブラルタルまで温存かなぁ……」

「……別にいいけど」

 

初戦のブレスト沖への出撃に、山風たち二十四駆での先陣を計画していた提督と、それに少しワクワクと期待していた山風だが……。

その次のジブラルタル方面の作戦で、対地能力に優れた艦娘が必要だと天草提督から教えられ、海風と江風を出せなくなってしまったのだ。

 

気にしてない素振りをしながらも、明らかに落ち込んだ表情でポリポリと胡瓜を食べる山風。

 

ちゃぶ台の皿には、串に刺して砂糖と甘酢、塩昆布で味付けされた胡瓜の一本漬けが、氷でキンキンに冷やされて置かれているのだ。

他のちゃぶ台にも、茹でたてのトウモロコシに枝豆、スイカやほおずきトマトなど、畑で採れた自然の幸が贅沢に盛られた皿が置かれている

 

「てやんでぃ! なに、しけたツラしてんだい!」

「じゃっ、じゃ~んっ!! 編成は変わっても、一番乗りは白露型で譲らないかんねっ!」

「この作戦…僕も一緒に行っていいかな?」

 

山風と同じく二十四駆で妹の涼風に、山風の姉である白露型一・二番艦の白露と時雨と……。

もう一人の軽巡洋艦娘が乱入してきた。

 

「那珂ちゃんセンター、一番の見せ場です!」

 

艦隊の斬り込み隊長、那珂ちゃんさん。

 

「提督、山風ちゃん、このメンバーで『リシュリューさんwith四水戦 夏のフランス公演』に向かうからねっ♪」

 

高らかに宣言する那珂ちゃん。

その手がアイドルらしからぬ匂いを発しているのは、さっきまで遠征帰りに三浦沖で釣った魚を捌いていたからだ。

 

「このRichelieuが先陣を切るわ。ナカの言うとおりに編成なさい、Amiral」

「敵の航空戦力が出てきたら、私も出ますね」

 

なぜか喜色満面で那珂ちゃんを推すリシュリューと千歳。

聞けば二人は那珂から、フランスでは「サンピエール」と呼ばれ最高のムニエル素材とされているマトウダイと、マダイの味が落ちる夏場に逆に旬を迎え、煮付けやこぶ締めにすると日本酒によく合う、鯛業界の大関チダイを献上されたそうだ。

 

「僕には何かないの?」

 

拗ねたように言う提督に、那珂ちゃんが少し考えこみ……。

 

「しょうがない、カイワリだけど、これぐらいの型のいいヤツを提督にあげるよ」

 

両手の間の空間を30cm弱に広げて、獲物のサイズを示して見せる那珂ちゃんに、「へへ~っ」と思わず頭を下げる提督。

 

貝割(カイワリ)はアジ科の魚だが、マアジよりも白身魚に近く、身のきめは細かく甘味があり、その刺身は最上級クラスの味わいがある。

 

超余談だが、神奈川の三浦では「カクアジ」と呼ばれることも多い、このカイワリ。

だが、東京湾を挟んだ千葉の房総では「カクアジ」というと沖鯵(オキアジ)のことを指す。

また、このカイワリのことを、福岡や大分、熊本など北九州では「メッキ」と呼ぶことがあるが、関東で「メッキ」といえば一般的にロウニンアジやギンガメアジの幼魚のことをいう。

 

たまに、ネットの掲示板で地方がバラバラだろう人たちが「これ何の魚だろう?」「カクアジ(カイワリ)じゃない?」「カクアジ(オキアジ)とは背びれの形が違う」「メッキ(カイワリ)だね」「いや、メッキ(ギンガメアジ)なわけない」という論争をしているのを見たりすると、アンジャッシュ的な笑いがこみあげてきたりします。

 

それはともかく……。

 

那珂ちゃんからカイワリをもらった提督。

背中にベターッと貼り付いてくる山風を連れたまま台所へ。

 

三枚におろしたのを細かく刻んで、しょうが、ネギ、青じそと、自家製味噌に少しの醤油を加えて、包丁でねばりが出るほどに叩きまくる。

 

それをあったかご飯にのせた、なめろう丼。

 

きっと丼を舐めちゃうほど美味しいに決まっている。

落とした頭や尻尾、中骨は、湯通しして丁寧に洗って、昆布だしの上品な潮汁にしてね。

 

台所から響くトントントンとリズミカルに包丁がまな板を叩く音に、やがて提督と山風の鼻歌が交じり出す。

 

清く貧しく、とても食いしん坊で豊かな時間がここにはあります。


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