ある鎮守府のエンゲル係数   作:ねこまんま提督

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長らく投稿が空いたどころか、ご挨拶もなく申し訳ありませんでした

実は12月に逆流性食道炎で胃がすごく痛く、病院に行ったところ胃と大腸のガン検査も受けさせられ…
しかも年明けに、すい臓と肝臓に加えて、胃の再検査が必要だと?

年末年始はパソコンつけてはガン関連の情報ばかり見て
「辞表」とか「別れの挨拶」なんて暗いこと考えながら鬱々としてました

が、結果は全て陰性で、何かすごい命拾いした気分です
食道炎の方もだいぶ落ち着きました

ああ、でも新艦娘たちのレベルが全然上がってないです(泣)




五十鈴と平戸とプレーンオムレツ

もとは漁協事務所だった、無味乾燥な鉄筋コンクリート2階建ての鎮守府庁舎。

フロントサッシの引き戸を開けると、応接ソファーが置かれた狭いロビーがあり、横には病院の受付のような小窓のついた小さな事務室がある。

 

旧JIS5号と呼ばれる、昔懐かしいネズミ色の事務机が3つあり、全ての業務を紙媒体で処理しているため書類の束が山積みされた、昭和テイストに溢れる空間だ。

 

その事務室に珍しく、提督がやって来た。

 

ユ〇クロのスウェットの上下に、綿入り袢纏(はんてん)を羽織ってサンダル履きという不精な格好で、手には花の写真が大きく印刷された懐かしのジャ○ニカ学習帳を持っている。

こんな男が小学校の近くに現れたら、間違いなく事案になるだろう。

 

その時事務室に詰めていた五十鈴は、捨てられた子犬のような寂しげな視線を向けてくる(面倒くさい)提督と目を合わせないようにして、さっさと書類の束に目を落としたが……。

 

露骨に「クゥ~ン」と小声で犬の鳴き真似をする提督に、さすがに哀れみを感じて再び顔を上げた。

 

だいたいの用件は分かっている。

 

「宿題のこと?」

 

五十鈴の問いに情けない表情で頷いて、『さんすう』という表題と、『いちねん・ひらと』と名前が書かれたジャ○ニカ学習帳を差し出してくる提督。

新しく艦隊に加わった眼鏡っ子の海防艦娘、平戸(ひらと)(現在の地名「ひらど」と異なり濁らないので注意)に出された宿題を見てあげようとして、分からなかったのだろう。

 

駆逐艦娘や海防艦娘は見た目や言動こそ幼いが、その頭脳の奥には戦時の艦長たちの航海や海戦に関する知識が眠っている。

 

それを呼び覚ますために鎮守府の先輩達によって行われている算術教育は、いくらノートに『さんすう』や『いちねん』と書いてあっても、私立文系コースを選択して高2から数学と生き別れしてような提督に太刀打ちできるはずがないのだ。

 

これまで何度も艦娘たちの宿題を見てあげようとして痛い目に遭っているのに、この提督は懲りもせず……。

 

『問1.6隻の輸送船A、B、C、D、E、Fの排水量は、うち4隻が1000t、1隻が2000t、1隻が3000tだクマ。B、C、Dの排水量の和と、E、Fの排水量の和が等しく、A、C、D、Eの排水量の和よリも B、Fの排水量の和が大きいとしたら、2000tの船と3000tの船はそれぞれAからFのうちどれクマ』

 

『問2.潜行しつつある潜水艦がその西南1800米の海上を北に向かって毎分300米の速さにて航行中の敵運送船を認め、毎分150米の潜行速度にて直進して速やかに敵船の東方(正横)600米の攻撃点に近付かんと企図す。その時、潜水艦が進むべき方角を示すでち』

 

『問3.先行艦A、左翼艦B、右翼艦Cを各頂点とする三角形の重心点に旗艦Dを置いた艦隊陣形において、∠ADCが90°であってAC間の距離が800米であるときの、BD間の距離を求めよ』

 

「それで、どれが分からないの?」

「問3が全然……問2は説明できないけど何となく西かな」

 

やっぱり、と思いながらも五十鈴は……。

 

「問1はすぐに解けるわよね。4隻の船の排水量の和は最低でも4000tだから、後半の条件から、BとFの排水量の和は5000t以上。必然的に、BとFのいずれか一方が2000t、もう一方が3000t。前半の条件が、B+2000t(C+D)=F+1000t(E)なんだから、2000tの船はB、3000tの船はFになるわ」

 

内心の焦りを隠し、涼しい顔で問1の説明から始める。

語尾からは想像できないほど理論派な球磨らしい、ストレートに論理的思考力を試す、頭の体操問題だ。

 

「問2は、要するに潜水艦をA、敵船をBとして、潜水艦から南への線と敵船から東への線が垂直に交わる地点をCとした、直角三角形があると想像すると計算が簡単ね」

 

問題は問3だ。

問2の図を実際に描いて時間を稼ぎつつ、五十鈴は必死に問3の計算方法を考える。

 

「三角形の斜辺が1800米で、敵船が西南にいるということはAとBの内角は45°、三角関数で求めればACとBCの長さ、つまり潜水艦と敵船の、それぞれ南北と東西の距離は現在約1272米」

 

まず、旗艦Dが位置するという三角形の重心(通常の数学問題ならGと表記される)とは、三角形の頂点と、その対辺の中点を結ぶ3つの線(中線)が交わる1点だ。

 

「敵船は北上を続けるんだから、その線の東方600米とは、現在の潜水艦の地点より西に約672米の線上……」

 

とりあえず、AB間にO、AC間にP、BC間にQと、仮に中点を足してみる。

重心は各中線を必ず2:1に内分するという三角形の重心の定理から、回答が求められているBDの距離は、DPの2倍に等しいのが分かる。

 

「ゴーヤもいやらしい問題出すわね……潜水艦が単純に真西に進むと、4分20秒で650米移動できるけど攻撃点まで約22米足らず、敵船は1300米移動して……すでに北に約28米ほど通り過ぎてるわ」

 

ということは、BDの距離はBPの2/3でもあるから、パップスの中線定理を使ってBPが求められれば簡単なのだが、それには先にABとBCの距離が分からなければならないし、中線定理は『いちねん』の範囲を超える高等数学で出題意図から外れる気もする……。

 

(ナイスよゴーヤ。提督が細かい計算をしてるうちに、問3の解法を……)

 

問題文に「∠ADCが90°」というのだから、三平方の定理から、ACの2乗=ADの2乗+DCの2乗となるし、中線連結定理から、OQがACの1/2である400米であることなどが分かるので、そこから辿るべきか……。

 

「くっ、何これ……」

 

提督は問3の出題者だと勘違いして五十鈴のところに訊きに来たらしいが、五十鈴は今週の教育当番の一人ではあるが、この宿題作成に関わっていない。

 

五十鈴は今週の他の教育当番の顔を思い浮かべ……。

 

(夜戦バカか!)

 

出題者に気付いた。

 

問題文で開示されている情報が、求められている回答のヒントとしては遠く少ない。

そのため、三角形に関する定理という、一つ一つは基礎的な数学知識ながらも、幾重にも積み重ねつつ取捨選択し、各所の数値を求めながら回答に近づいていかなければならない。

 

「あのー、五十鈴?」

「ちょっと黙ってて!」

 

かくもシンプルでありながら、かくも奥の深い問題を作ったバカに敬意を表しつつ、もはや五十鈴は提督そっちのけで問題に取り組むのだった。

 

 

五十鈴に無視されてしまった提督は、庁舎の奥にある小さなキッチンへとやって来た。

 

平戸ちゃんが何かと「司令、司令」と懐いてくれるから、良いところを見せたかったのだが、やはり提督では宿題のお役には立てません。

 

それなら、得意なことで。

 

冷暗所に置いてある、朝採りの新鮮な卵を取り出して、贅沢に6個ボウルに割る。

塩、胡椒して掻き立て、しっかり予熱したフライパンにバターを溶かしたら、一気に卵液を流し入れ、手早く箸でかき混ぜる。

 

半熟の部分がまだ残るうちに弱火に落とし、フライパンの縁に寄せて包み込むようにオムレツの形にととのえて皿へと移す。

 

バターの香る、ふわふわトロ~リのプレーンオムレツ。

ソースは手軽に、トマトケチャップにウスターソースと砂糖を混ぜただけでいいだろう。

 

さて、平戸ちゃんも事務室に呼んで、五十鈴先生に解説を聞きながら食べるとしましょうか。




問1の元ネタ:ラサール中学の入試問題
問2の元ネタ:海軍兵学校の入試問題
問3の元ネタ:天下の開成高校の入試問題、筆者自身はいまだに解けていません
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