節分の大合戦も終わり、立春だというのに激しい寒波が襲ってきた。
鎮守府の裏に広がる山々も、すっかり雪化粧に覆われている。
艦娘寮の駐車場脇にも、しっかりと雪が残っていた。
「ちっ、提督さんたら……夜戦はパスって言ったら、こんな雑用をおしつけて……」
吐く息も白く、猫車(一輪の手押し車)を押してきたのは、この1か月ですっかり鎮守府暮らしに慣れ、ドカジャンにゴム長靴の作業着姿も板についてきた、新入りの防空巡洋艦娘アトランタ。
その周りに、「アトランタと遊び隊」の駆逐艦娘たちが子犬のようにまとわりついている。
駐車場の脇に設置された、1.5坪のプレハブ保冷庫。
アトランタが保冷庫の断熱扉を開けると、中から温かい空気が漏れ出してきた。
もちろん錯覚で、保冷庫の中は6℃。
ただ、外気温が氷点下なので一瞬温かく感じるのだ。
お察しの通りこの保冷庫、冬場には食材を冷やすためではなく、凍結防止のために使われている。
「扶桑さんに届けるのは、小麦粉2袋でいいっぽい?」
「はわわ、そっちの袋はローマさんのデュラム小麦だから違うのです」
「指定は"さぬきの夢"だね。あと、おやつ用にうちの小麦粉も少しもらっていこうよ」
1袋25Kgもある業務用の小麦粉袋は、けっこう重い。
おまけで、鎮守府の畑で採れた小麦を挽いた小麦粉200gの小袋を一つ。
「もう、ちゃんとバランスを考えて積まないと雪道でフラフラするじゃない。そんなんじゃダメよ!」
「暁が熊野さん直伝のレディーらしい猫車の押し方を教えてあげるわ」
駆逐艦娘たちにワイワイと囲まれながら、猫車で小麦粉を運ぶアトランタ。
鎮守府は今日も平和です。
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「2っぽい」
「トトマト」
「トトマトマトトよ」
「トトマトマトトトマトマト」
「トトマトマトトトト……っ」
「わーい、間違えた」
小麦粉を厨房の扶桑に届けた後、暁たちにせがまれて第六駆逐隊の部屋で遊ぶアトランタ。
やっているのは『トマトマト』というカードゲーム。
1~3の目があるダイスを振って、その出目の数だけ各プレイヤーがカードを引いて場に並べていく。
カードには基本的に「トマト」「マト」「マ」「ト」の四種類があり、プレイヤーは並べたカードを続けて読み上げていくのだ。
「ママトトマトトマトトマト」
「あっ、リバースなのです」
「マトトトマトトマトマトマ」
場に並ぶカードの数は誰かが言い間違えるまでどんどん増えていくし、「トマト」ばかりに意識を集中していると意表を突かれる「ポテト」や、逆順から読まなければならない「反転矢印」のカードもある。
一応、誰かの失敗時に、他のプレイヤーは場に出ているカードから早い者勝ちで指定した1枚を取り(指定が被るとどちらも取れない)、集めたカードで「トマト」という言葉を多く作れたものが勝ち、というのが勝利条件だが……。
単純に「トマトマトトマトトマトママトトマトマトマトポテトマト……」なんてカオス状態で早口言葉を言い合っているだけで、大人も子供も妙に笑えてくる、おすすめパーティーゲームだ。
そして、ゲームでひとしきり遊んだら、おやつタイム。
アトランタが、不思議そうにきつね色の煎餅のような平べったい物体を見つめている。
「それは、きらずだんつよ」
「キラーズダンス?」
「きらずだんつ!」
間宮が作ってくれたのは、きらずだんつ。
この地方の郷土おやつで、きらずとはおからのことで、だんつとは小麦粉に水や湯を加えずに練ったもののこと。
おからは、豆腐を作る際の大豆の搾りかすだが、おからのからが「空っぽ」を連想して縁起が悪いというので、卯の花や雪花菜(せっかさい)などの異名がある。
きらずもその異名の一つで、包丁で切らずに料理に使えるから、というのが由来らしい。
きらず、小麦粉、砂糖、塩を混ぜ合わせ、刻んだクルミを加えて熱湯で茹でる。
きらず(おから)から出る水分で小麦粉をこねるので、きらずも小麦粉も本来の風味が強く残るのが特徴。
そして、クルミの素朴な香りが重なり、温かい美味しさに大地の恵みを感じる。
「今晩は扶桑さんが肉ぶっかけうどんを作ってくれるっぽい」
「ぶっかけ?」
「うどんに直接、濃いダシをかけたものなのです」
「温玉をのせても美味しいのよ」
あんまり海には出ないけど、今日も艦娘たちは鎮守府暮らしを元気に楽しんでいます。