ある鎮守府のエンゲル係数   作:ねこまんま提督

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梅雨イベ前のタコ飯

梅雨の中晴れというには、いささか厳しすぎる、まるで夏のような猛暑日。

 

東京湾の湾奥ではそんな蒸し暑さをものともせず、タコ釣りに熱中する艦娘たちの姿があった。

 

もちろん、戦果争いの首位を独走し、休む間もなく北方海域全域に空母機動部隊を派遣し続けている、横須賀鎮守府の艦娘たちではない。

 

昨年に続いて爆湧きしているという東京湾のマダコの噂を聞きつけ、ただの海上護衛任務に連合艦隊編成でやって来た、北の辺境鎮守府の暇な艦娘たちだ。

 

彼女たちを率いる眠り猫のような細目の提督は、先週までは資源備蓄量を記した書類とにらめっこしてウンウンうなっていたが……。

 

やにわに書類に謎の数字を足したり引いたり、色々と書き足したと思ったら……。

まるで鋼材の優先配分と引き換えに日米開戦への協調を承諾した嶋田海軍大臣のような面持ちで「この際、戦争の決意をなす」と重々しく言って見せた。

 

近くにいた大淀と吹雪には、提督が「戦争」という言葉の前に小声でボソッと「丙」と言ったのが聞き取れた。

どうやら提督は、きたる梅雨と夏の大規模作戦では、新たに10人規模で邂逅できるという艦娘たちをお迎えすることを最優先とし、全て丙作戦で挑むことも辞さない覚悟(?)をしたらしい。

 

こうして後ろ向きな決意を固めた提督は、新艦娘たちのための艦娘寮拡張工事に邁進し、鎮守府は開店休業状態になっている。

 

 

さて、東京湾のタコ釣りといえばテンヤを使った手釣り。

 

木枠に巻いた丈夫な糸の先に、テンヤと呼ばれる(おもり)に2つ鈎のついた仕掛け(地方により色々な形があるが、東京湾では羽子板型と呼ばれる板状のものがメイン)をつけ、カニやイワシ、サンマの切り身などの餌をテンヤに縛りつけて投入する。

 

テンヤが海底に着底したら、手で糸を軽く引き、海底を小突くように小幅に周囲を探っていく。

根(海底の隆起)の凹んだあたりにタコはいるので、周囲を探り、タコの反応がなければ凸を乗り越えて隣の凹みへとテンヤを落として再度探り……。

 

東京湾奥のような深い根や障害物が多い場所では、這うように鈎先だけを海底につけて繊細に状況を探るコツをつかめれば、手釣りは根掛かりしにくく有利だ。

 

タコが餌に反応して、アタリがあっても即合わせは厳禁。

 

最初は用心深く足でつついて餌を確かめているだけなので、慌てて合わせようとすると逃げられてしまう。

 

ムニューッとタコが餌に乗ってきた重みを指先に感じてから、ここで鈎をタコに突き刺すつもりで、一気に糸を大きく引っ張る。

 

一度捕食モードに入ったタコは、新艦掘りをしている提督並みに執念深い。

逃げる餌を絶対に逃すまいとテンヤに必死に抱きつき、鈎はより深くタコに突き刺さるので、後は糸をグングン手繰り寄せれば自然にタコが釣れる。

 

ただし、鈎を突き刺してからはスピード勝負。

下手にモタついて時間をかけると、捕食モードからお持ち帰りモードや逃亡モードになったタコが、岩の隙間に潜り込んでしまう。

 

吸盤を使って岩にベッタリ貼り付いてしまったタコは、冬のコタツに潜った初雪並みに引き剥がすのが困難となるのだ。

 

「ああーっ、胴体に上手く刺さってないかも? ズリュズリュって引っ張られてるかも?」

「足に引っ掛けただけかしら? タモを用意するから、ゆっくり引き上げてね。ね?」

 

鈎の刺さり具合や刺さった場所によっては、海面にあげる時にバレてしまうこともあるので、かかりが弱いと感じたら周囲の人にタモ網を用意してもらう必要もある。

 

こうした海面下の状況を指先で感じ取る、そこが手釣りのだいご味だ。

 

「やっぱり足に刺さってたかもー!」

「今すくうから、そのまま海面から上げないで」

「おおっ、こいつぁ威勢のいい大ダコだねぇ! はいよっ、洗濯ネットだ」

 

釣り上げたタコはスカリというメッシュ網に入れて生かしたまま海に漬けておくのだが、スカリの数が足りないので100均の洗濯ネットも使用している。

 

「んっ、まーた掛かったぜ! 手羽先ありありー!」

 

そしてタコ釣りの面白さの一つは、その時々に応じての多彩な工夫。

 

例えば、爆釣を続けている江風が餌にしている手羽先や、鶏肉、豚の脂身、カマボコ、ラッキョウ、果ては発泡スチロールにタコが群ってくる日もある。

 

そして、タコにアピールするためにテンヤの上につける飾り物、集寄(しゅうき)

 

ヒラヒラしたヒモやテープ(あるいはゴムやシリコン)の吹き流しや、キラキラ光るビーズ玉、魚の形を模したブレードなど、割と簡単に自作できるし、その色や組み合わせも、潮や陽光、時間帯によってよく釣れるものが変わって奥深い。

 

ちなみに、今日の好成績を収めている集寄は、派手な金とオレンジのビーズと、小さなタコ型を模して吹き流した赤と黒と金のテープの組み合わせ。

本物のタコに「ここは俺の縄張りだぜ、この餌は渡さないっ!」と思わせるのか、テンヤへの寄り付きと餌への食いつきが良い。

 

とは言ってもね……。

 

「また釣れちゃいましたーっ!」

 

竿頭ならぬ指頭を独走する雪風が喜びの声をあげる。

 

タコ釣りの最大の問題は、テンヤを落とした近くにタコがいるか。

基本的にタコは根付く生き物で、広範囲を泳ぎ回らない。

いくらアピール力の強い仕掛けで上手に周囲を探ろうと、タコがいなければ釣れるわけがないのだ。

 

その点、雪風はほとんど無駄な投入のない豪運ぶりを見せている。

 

結局、この日は12人の艦娘で200杯近いマダコを釣り上げました。

 

海上護衛任務(3倍の人数と半日を費やしたけど)大成功です。

 

 

大正時代に建てられた木造の温泉旅館に、建築基準法を無視した増築に次ぐ増築を重ねて限界に達し、ついには妖精さんたちの力を借りて(提督の執務室のように)次元の向こう側にまで拡張してしまった艦娘寮。

 

外観にこそ大きな変化はないが、部屋数が大幅に増加し、大食堂や宴会場、大浴場も(なぜか建物の全幅を超えて)広くなった。

 

そんな大食堂には、白ダシと酒で炊いたタコ飯の、上品な磯の香りが漂っている。

プリップリで旨味の強いタコと、その旨味をたっぷり吸ったご飯の黄金コンビに、おかわりは必至。

鎮守府のささやかな家庭菜園(と言い張るには広すぎる東京ドーム2個分の田畑)で採れたショウガが、さわやかな香りを添えている。

 

おかずはサクラマスの塩焼き。

鎮守府に隣接する漁港で4月~5月に水揚げの全盛期を迎えていた、サケマス類の中でも特に美味とされているサクラマス。

サクラマスはそろそろ今年の食べ納めだが、今度はメジマグロ(クロマグロの幼魚)やブリが揚がり始めていて、年間通して美味しい魚に困ることはにない。

 

味噌汁に入っているワカメも、目の前のミネラル豊富な湾で丹念に養殖された地元の名産品だ。

 

畑で採れたさやえんどうと、厚揚げの煮びたしも美味しい。

間宮が作ってくれる豆腐や厚揚げは、この地の水の良さもあって絶品だ。

 

「うーん、楽しみだねぇ」

 

新しくこの鎮守府にやって来る子たちに、早く美味しいご飯を食べさせてあげたい。

 

提督はワクワクが止まりません。

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