ある鎮守府のエンゲル係数   作:ねこまんま提督

225 / 252
秋の栗ご飯と太刀魚のムニエル

 下弦の月に照らされ、左前方にうっすらと島影が見える。

 

「夜戦演習か……嫌なんだよね。悪い予感しか、しないけど……」

「護衛空母が夜間に島嶼部に侵入なんて……無理無理無理、こんなの無理ぃ」

 

 単縦陣の二番手を進むアトランタと、四番手に位置するガンビア・ベイから不安の声が漏れる。

 

「……ま、夜の戦いは気をつけるようにするわ。SGレーダーに反応はないわ」

「よし、艦隊針路このまま」

 

 三番手を進むヘレナの報告に頷くと、先頭を進む旗艦サウス・ダコタは毅然と言い放つ。

 

「まじかー? やっばーい……」

 

 艦隊の最後尾を行く五番手、デ・ロイテルは合衆国の艦娘たちと自分に降りかかるだろう近未来の災難を予測し、ため息をつくのだった。

 

 

 熟練見張員妖精さんは闇夜の中(島によって反射波が拡散されて探知距離の落ちていたヘレナのレーダーよりも先に)、演習相手である連合国の艦娘たちの姿を発見していた。

 

「右舷、砲雷撃戦用意」

 

 先頭を進む神通の命令に、麾下の駆逐艦娘たち、嵐、萩風、谷風、浦風、浜風が一斉に砲と魚雷を右舷へと向ける。

 

「目標、敵の先頭艦。これより帝国海軍伝統の夜戦により、敵戦艦を撃滅せんとす」

 

 彼女たちの顔に浮かぶのは笑み。

 夜戦で戦艦を討つことこそ第二水雷戦隊の本懐であり、そのために血反吐を吐くような猛訓練を重ねているのだ(たまには遠征も手伝ってくださいby睦月型一同)。

 

「距離9000、魚雷戦開始! 方位角……」

 

 神通が魚雷を向けるべき方位と雷速を指示する。

 やがて、圧搾空気によって発射管から押し出された九三式酸素魚雷が、次々と真っ暗な海へと飛び込み、航跡もなく敵の未来予想位置へと疾走していった。

 

「電波統制解除。22号対水上電探改四(後期調整型)、探知開始!」

「敵、針路変更。予想通り、こちらの頭を押さえて同航砲戦に持ち込む企図です」

「面舵いっぱい! 魚雷次発装填! 敵艦隊に肉薄しつつ一斉反転、魚雷到達と同時に探照灯を照射し、至近より魚雷第二射を行います!」

 

 この後、メチャクチャ夜戦した。

 

 

 風は段々冷たくなり、季節はもう秋。

 提督の執務室も柿をモチーフにした落ち着いた色合いの壁紙に包まれ、窓辺に飾られたすすきが揺れ、すっかり秋らしい装いになっている。

 

 もっとも……。

 

「剥いた栗、間宮さんのとこに持ってくっしゅ!」

「……ふ、ふふふ……こんなにいっぱい」

「くっりごーはんー♪ くっりごーはんー♪」

 

 やんちゃ盛りの海防艦たちのために特注で準備された海防艦向けの汎用円形机は、栗拾いで拾ってきた栗をみんなで剥いていたので散らかり放題。

 床はチビッコたちのラクガキだらけ、壁にはド派手な大漁旗、階下のお風呂に直行ドボーンできるようにまさかの脱衣所まで完備。

 

「勝浦沖のカワハギ、なかなか渋かったけど、鳳翔さんとこに出せそうなのがポツポツ交じったかな」

「こっちの太刀魚班は館山から出て、猿島から走水(はしりみず)でドラゴン級がバンバン揚がったわ」

「外房のショウサイフグ、今日は入れ食いだったよ。トップの山雲ちゃんなんて72匹も釣ったんだから」

「ここもグリスを塗ればいいの?」

「ん、そこはオイルだな。龍田ぁ、パースにオイル渡してやってくれ」

「はぁ~、疲れたクマァ。ムロアジを泳がせてたら、こ~んな化け物みたいなカンパチが釣れたクマ」

 

 本藍染めの作務衣姿で季節の趣を感じようとしていた提督だが、釣り遠征から帰った軽巡艦娘たちが釣り具の手入れをしながら釣果自慢の大騒ぎをしていて、しっとりした空気はここにはない。

 

 前回の大規模作戦の際、ドサクサに紛れて五島列島と小笠原諸島、そして「強い友軍艦隊を出してくれ」と泣き土下座を入れてきた木更津提督の「好意」に甘えて千葉県の各所に、釣り遠征用の「門」を多数設置させてもらったため、釣り場も対象魚も豊富になった。

 

 元は漁協の事務所だった鎮守府庁舎の横には、竿や仕掛けがビッシリ並んだ大きな小屋が建ち、その壁には「本日の釣りもの:ロックフィッシュ船:ビシアジ・サバ:カワハギ:テンヤタチウオ:カットウフグ:父島泳がせ五目:その他4名以上で出航確定」なんて遠征要員を募集する看板がかけられ……鎮守府の埠頭はまるで船宿状態です。

 

「う~ん」

 

 本業のちゃんとした遠征で集めた燃料も、どんどん釣りの燃料として右から左に消えていくので備蓄がまったく進まず、先の大規模作戦の痛手からいつまでも回復できないでいるのだが……。

 

「まあ、美味しい魚が毎日食べられるんだし、いいか」

 

 提督は深く考えず、七福猫の置物のように目を細めて笑うのだった。

 

 

 夕飯時の食堂はいつものように賑やかだ。

 

 メインはバター醤油で香ばしく焼かれた、太刀魚のムニエル。

 ふわふわの白身に、じゅわりと上品な脂がのった旬の味。

 

「明日はルアーでカツオを狙うから、アトランタ行くっぽい?」

「どうしてこの艦隊、こんなに釣りが好きなんだよ」

 

 昨夜の演習ではレーダー管制射撃で次々と駆逐艦娘たちを小中破に追い込んだものの、到達した第一波の魚雷により一撃大破して真っ先に脱落したアトランタが、憮然とした表情で味噌汁を飲み……。

 

「!?」

 

 フグの中骨でダシをひいた極上の味に目を白黒させている。

 いい味するんだ、これが。

 

「おお、神通! 何だあの攻撃は? あれが噂のジハツゥーソーテンか?」

 

 演習では、主砲で探照灯をつけた神通を血祭りにあげたものの、第一波魚雷の集中命中で中破され、速力が落ちたところをさらに次発装填魚雷で撃破されたサウス・ダコタ。

 

 その隣では、乱戦の中を右往左往するうちにいつの間にか中破していたガンビア・ベイが、小松菜の煮びたしをおかずに、幸せそうに栗ご飯をパクついている。

 

「ヘレナさん、このレンコンの天ぷらどうっすか? へへっ、美味いでしょ?」

「こっちの舞茸の天ぷらも、ぶち美味いけんね」

 

 嵐と浦風が妙にヘレナになついている。

 この二人、演習でヘレナと壮絶な近距離砲撃戦(どつきあい)を演じて仲良死したのだ。

 

 ちなみに、文筆家で江戸風俗の第一人者だった故・杉浦日向子さんによれば「天ぷらは、調理法ではなく、魚貝の揚げものを示す名詞だから、レンコンの天ぷらといったものは存在しない。(大江戸美味草子より)」とのことだが……まあ、許してつかぁさい。

 

「だからシーバスってのは提督と一緒なのよ。活性の高い時なら浜風のバイブレーションな下着姿を見せれば一発で喰いついてくるけど、喰いが渋い時は萩風みたいな控えめなアクションのシンペンで逆に気を引いて喰わせたりするわけ」

「わかるわかるー」

「「陽炎姉さん、ルアーを私たちに例えるのやめてください!」」

 

 ここの鎮守府は今日も美味しく平和です。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。