ある鎮守府のエンゲル係数   作:ねこまんま提督

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龍鳳とタケノコバーベキュー

生気に溢れた緑色の山が笑う五月(さつき)

 

鎮守府の近くのお寺の脇には、孟宗竹と淡竹(はちく)の交じる竹林があり、この時期には淡竹のタケノコがたくさん採れる。

艦娘たちが秋から竹林を間伐して日射量を増やし、切った竹をその場で砕いてチップ化して堆肥とともに敷き詰め、しっかりと手入れをしているおかげだ。

 

淡竹は地下茎が浅く、すぐに地面から顔を出してくるが、孟宗竹に比べてエグミが強くないので、地面から出たものを鎌で切り採るだけで、そのままアク抜きせずに食べることができる。

 

その点、掘り出した瞬間からアクが回り始めるために「掘り始めたら(あるいは、掘る前に)湯を沸かせ」と言われる孟宗竹とは異なる。

 

とはいえ、3台の一四式野外焼架台"改"(ただドラム缶を真っ二つにして足をつけただけの炭火用グリルだったノーマル版に対し、スーパーカブで牽引するためのフックと台車が装備されている!)をお寺の境内に置かせてもらって、たっぷりの炭火を(おこ)し、しっかりと調理の準備をしている提督と伊400(しおん)伊401(しおい)

 

焼き台の周りでは、鹿番長ことキャプテンスタッグの折り畳みテーブルとチェアを、呂500(ローちゃん)伊504(ごーちゃん)がトテトテと設営している。

 

ホームセンターなどで1個1000円ちょいで買える、ひじ掛けにコップホルダーが付いた定番のアウトドアチェアは、錨マークをプリントしたものが倉庫に大量にストックされている、この鎮守府の標準装備だ。

 

ほら、ヘ〇ノックスとかエ〇ライトとかの高級チェアで大家族の分を大量に揃えようとすると、提督の財布が討ち死にするから……。

 

そこに、タケノコが山盛りになった籠を持った迅鯨(じんげい)伊47(ヨナ)、まるゆがやってくる。

後ろには、割った竹(淡竹は繊維が細かく弾力性があって、竹細工などの原料に適している)をリヤカーで運んでくる伊168(イムヤ)伊58(ゴーヤ)、さらに伊19(イク)伊26(ニム)に背中を押された龍鳳。

 

今日は潜水艦隊による、龍鳳の改二を祝ってのタケノコバーベキュー。

 

「提督、すみません……こんな事をしていただいて。本当にありがとうございます」

 

恐縮する龍鳳だが、とんでもない。

潜水母艦・大鯨として潜水艦たちのお世話をしたり厨房の手伝いをしつつ、軽空母・龍鳳として機動部隊の出撃もこなし、さらには対潜護衛や夜間航空攻撃まで覚えてくれた働き者の龍鳳には、こちらこそ「ありがとう」を百篇言っても足りないぐらいだ。

 

本当はもっと早くお祝いしたかったけど、4月〜5月にかけては養殖ホタテの種付け作業のため、潜水艦隊は大忙しで今日まで延び延びになってしまった。

 

 

空になった修復バケツに汲んだ水で、細身の柔らかい淡竹のタケノコを水洗いして泥を洗い流す。

皮に切れ目を入れて濡らした新聞紙に包み、アルミホイルでくるんだら、炭火の中に直接放り込んでそのまま放置。

 

タケノコに火が通るまでの間に、同時進行で他の焼き物も。

 

伊14(イヨ)がカブのリアボックスの採集コンテナ(緑とか黄色のメッシュタイプのプラスチック箱)から、食材を持ってきてくれる。

 

焼き台に網をかけ、その上に畑から採ってきたばかりのアスパラガスを、軽く粗塩をふっただけでON!

鎮守府の裏山で重巡洋艦娘たちが原木栽培している旬の椎茸は、石づきの先端の硬い部分だけをカットし、笠を下にして(ここ大事)丸ごと網の上へ。

 

「すぐに焼けるから、飲み物の準備してね」

「はーい、提督。皆さん、ビールを配るから回してくださいねー」

「イヨちゃん……の、飲みすぎはダメ……だから」

 

伊8(はっちゃん)伊13(ヒトミ)がクーラーボックスを開け、氷水に漬けられている缶ビールを取り出していく(安心してください。帰りは、速吸と秋津洲の運転代行サービスを頼んであります)。

 

「乾杯! 龍鳳おめでとう!」

「大鯨……じゃなくて今日は龍鳳だね、ニムもお祝いするね。おめでとう♪」

「かんぱーい! おめでと……ぷは~っ、でち」

 

乾杯してビールを一口飲んだ時には、もうアスパラガスが食べごろ。

 

「この太いの、いただきますなのね!」

 

こんがり焼かれた焦げた皮は香ばしくて、輝く身はみずみずしくてジューシーで、噛みしめると熱々の汁の自然な甘みがたっぷりと口の中へと溢れ出す。

そこに、キンキンに冷えたビールを一気に流し込むと、もうたまらんのですよ。

 

水分がしみ出して汗をかいてきた椎茸に塩を少々ふる。

その塩が汁気と混じりあい、溶けてきたらもう食べごろ。

 

醤油を軽くかけると、醤油の焼ける香ばしい薫りが立ち昇る。

あとは旨味をたっぷり含んだ醤油汁をこぼさないように、石づきを慎重につまんで丸ごとパクリ。

 

「ふあぁっ、おいしーい。はにゃはにゃ」

 

炭火の遠赤外線でふっくら焼かれた、椎茸のシンプルにして絶品の味。

椎茸王国と呼ばれるほど、椎茸の生産が盛んなこの県の沸き水の良さが、椎茸の旨さになって表れている。

特に、春の椎茸は「春子」といい、冬の厳しい寒さのなかで旨味をたっぷり蓄えていて、肉厚で美味しい。

 

焼き網の上がかたづいたら一度網を外し、トングでタケノコを包んだアルミホイルを回転させる。

 

タケノコの前に、もう一品。

野分、嵐、萩風、舞風の第四駆逐隊が千葉の勝山沖で釣り上げ、那珂ちゃんが朝雲、山雲に手伝わせて一夜干しにした、四水戦印の黄金アジの干物。

 

身の面から焼き始めると、脂がのったアジはすぐにジュウジュウと音を立てる。

もう、この音だけで肴になりそうだ。

 

カップ麺を作るほどの時間もいらず、皮がめくれてきたら即座にひっくり返す。

ひっくり返した身の面はうっすらと狐色に染まり、旨そうな脂がじんわりと浮き上がってキラキラ輝いている。

 

ゴクリ、としおいが唾を飲み込む音が聞こえた。

 

その脂が滴って炭火にあたり、ジュージューと音がしてきたら焼けた合図。

 

皿に上げて身をほぐして醤油を垂らしかけたら、皆でパクパク。

皮までパリっと、身はふっくらジューシー、噛めば噛むほどに凝縮されたアジの旨味の大爆発。

 

「くーっ、ビールがすすんじゃう」

「おかわり、助かりますって。ダンケ!」

 

そして、いよいよ真打ちのタケノコを取り出す。

 

「あちちっ」

 

軍手をしてアルミホイルを開け、黒く焦げた皮を剥いてやると、(なま)めかしい綺麗な美肌が姿を現す。

 

よし、鎮守府に戻ったら龍鳳とお風呂に入ろう。

 

「司令官、今エロいこと考えてたでしょ!?」

「そうなんですか、提督?」

 

イムヤの鋭い指摘と、ジト目で睨んでくる迅鯨から視線を外し、タケノコを急いで切り分ける。

 

 

「これは最初、刺身醤油とワサビで食べるのがいいかな」

 

ちなみに、醤油メーカー最大手であるキッコーマンさんの『御用蔵醤油』は、どうせ大メーカーのものだから量産品だろうと侮るなかれ、国産原料を使用して木製の桶で熟成させたという、伝統製法を守った非常に美味しい野田醤油ながら値段もバカ高いわけではなく入手も比較的容易で、バーベキューの際などのプチ贅沢を彩るのにピッタリです。

 

「うーん」

 

シャキシャキの歯ごたえと、ほのかな苦味。

そして春を謳歌する生命の息吹きが生んだ、繊細ながらしっかりした甘み。

 

ちょっと感動的な味わい。

 

「これは日本酒が欲しくなるでしょー」

 

イヨがどこからともなく、栃木の『惣誉(そうほまれ)』の一升瓶を取り出し、杯を勧めてくる。

 

「次……ですか? ……あの……ぉ……お味噌で食べるのはどうですか?」

 

ヒトミも、七尾市の鳥居醤油店さんから取り寄せた『能登づくし』のマイ田舎味噌を差し出している。

 

「今度はアスパラをベーコンで巻いちゃうよー、あぃ!」

「はっちゃん、海老も焼いちゃいますね」

「イク、じゃがバターが食べたいの!」

「そろそろ前沢牛もどぼーんしちゃいます?」

「提督は……焼き餅は、好き、ですか? ……そう、ですか」

 

バーベキューもどんどん盛り上がる中、お酌をしたり皿を取り換えたり、主賓だというのに龍鳳も忙しく立ち働いている。

 

「少し座ってればいいのに」

「いいえ、皆のお役に立ててると、私も嬉しいんです」

 

うーん、本当に頭が下がります。

後でお風呂に入ったら、優しく背中を流してあげなくっちゃねぇ。

 

『菖蒲湯に 鯨とつかる 春の宵』

 

季語が三重(しかも鯨は冬の季語)という、夏井〇つき先生にボロクソに酷評されそうな句を詠んでしまう、才能ナシ提督であった。


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