ある鎮守府のエンゲル係数   作:ねこまんま提督

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飛鷹の赤天

釣りが好きになるには二つ資格がいる。

一つは気が短いこと。

もう一つはスケベなこと。

 

映画『釣りバカ日誌』(1988年、松竹)で、浜崎みち子(伝助の妻)役の石田えり子が、そんな意味のセリフを、スーさん役の三國連太郎に言うシーンがある。

 

「だから、のんびり屋の司令官は釣りが下手なのね」

「釣れないポイントで3時間もねばってたもんね」

「司令官様は、おっとりしていらっしゃるから……」

「でも、夜の方は……い、いえっ!そういう事ではっ! ちっ、違うんです! 別に夜戦はっ! 違いますから!」

 

提督の私室でVHSビデオを見ながら、遠征帰りの朝風、松風、春風、旗風が騒いでいる。

 

そんな様をニコニコと眺めつつ、提督は仕掛け作りに精を出す。

 

ちなみに提督の服装は、宗谷とおそろいのオレンジに白字で「南極」と書かれたTシャツに、ホワイトジーンズという組み合わせだ。

 

釣りは下手だけど、釣りの仕掛けを作るのはそこそこ上手い提督。

今作っているのは、和歌山県沖で使うためのカワハギ仕掛け。

 

和歌山県の日の岬沖は、関西圏でもっとも水深の深いカワハギ釣り場。

海底は砂利底主体で根掛かりが少なく、ベラやトラギスなどのエサ取りも少ない。

 

一方、同じ和歌山県でも白崎沖や由良湾沖は水深が比較的浅い。

海底も起伏のある岩礁帯で根掛かりも多いし、エサ取りの魚影も濃い。

 

東京湾の浅場でも同様、神奈川県側の潮が速い剣崎沖と、千葉県側の潮が緩い竹岡沖では、釣り場の特徴が異なる。

 

カワハギ釣りでは一般的に、オモリが一番下にくる幹糸から3本のハリス(針のついた糸)が出ている胴付き仕掛けを使う。

 

同じ和歌山県用でも、日の岬沖用なら一番下のハリスをオモリ近くまで下げられるし、白崎沖や由良湾沖用なら根掛かりやエサ取りを避けるため、ハリスが海底から離れるように高めにする。

 

このように釣り場に合わせた細かいセッティングができるのが、手作り仕掛けの魅力だ。

 

それに何より、市販の仕掛けを毎回使い捨てにしていては、お財布に優しくない。

使える針は回収して研ぎ直し、金具も使いまわしすれば、糸代だけで済むのだ。

 

なお、昼間には猫の手ほども役に立たない提督の労働原価はゼロとして計算するものとする。

 

あと……大井発案による、マズメ(日の出、日の入りの周辺の時間帯)に合わせて艦隊を出すなど、毎日喰いが立っている時間帯にだけ集中して釣りをする……という釣法は、漁師さんじゃあるまいし、ロマンがなさすぎるので球磨姉のゲンコツで却下されてます。

 

 

昼食も忘れて、かなりの時間を仕掛け作りに精を出していた提督。

日が傾く頃には、港へと足を向けた。

 

この鎮守府では休日は大食堂が休みになるので、休日の自炊ついでにお店を開く艦娘も多かった。

そして、艦娘の数が増えて非番で暇になる割合も増えるにつれ、平日の出店もどんどん増えていった。

 

今では鎮守府庁舎と工廠の間の一角は、いつ行っても誰かが何かしらの屋台を出している、屋台村のような状態になっている。

 

鎮守府に居候している重巡ネ級がなぜか、トウモロコシ粉をバターと牛乳で練り、フライパンで平べったく焼いた「アレパ」というベネズエラのパンを売っていた。

 

聞けばザラの手伝いだそうで、ザラは具材の追加のために厨房に行っているという。

 

具材は、トマト入りのスクランブルエッグ「ペリコ」と、黒豆を砂糖と煮たデザート風の「カラオタ・ドゥルセ」の二種類。

これを「アレパ」に載せたり挟んだりして食べるそうだ。

 

ホノルルの、アボガド&スパムむすび。

宗谷の、しらすホットサンド。

日進の、お好み焼き。

迅鯨と長鯨の、くじら焼き。

 

どれも興味を惹かれるが、今食べに行きたいのは……。

 

元漁協の本部を流用した、しょぼい鎮守府庁舎の出口前。

調理台付きリヤカー屋台が停まっていて、その前には二組の折り畳みテーブルが向かい合わせに置かれている。

 

このリヤカー屋台ではよく、天龍と龍田が串揚げ、龍驤がホルモン焼き(誰がじゃりン子やねん!)、大鯨がおでんを、酒とともに提供している。

 

「こんな時間じゃ、まだお酒は出せませんよ」

 

瓶ビールの空箱を重ね、上面にダンボールの切れ端を当ててガムテープで補強しただけの、粗末な椅子に座った途端、今日の店主である飛鷹にくぎを刺された。

 

まだ点灯していない赤ちょうちんに達筆で書かれた屋号は『いづも』。

 

「分かってるよ。赤天が食べたくて来ただけなんだ」

 

屋台の骨組みにセロハンテープ止めされた厚紙のメニューを目で追いながら、お目当ての品を探す。

 

『甘鯛(笠松焼・塩焼・酒蒸し)、川海老の唐揚げ、しじみ酒蒸し』

 

『枝豆、塩らっきょう、焦がし玉ねぎ、かぶ漬け』

 

『お酒はお一人様三本まで(厳守)』

 

『赤天あり〼』

 

あった。

 

ここは飛鷹が不定期に開く、隠れ家的な路地酒場。

 

まだ仕込みの時間だろうが、松江鎮守府へのおつかい帰りの朝風たちから、飛鷹に頼まれて赤天を買ってきたと聞いて、夕方が待てずに来てしまった。

 

赤天は、魚のすり身に唐辛子を練りこみ、パン粉をつけてサクッと揚げた、魚カツに分類される島根県の名物だ。

炙ったものにマヨネーズをちょっとつけて食べると、ピリリと辛い中に魚の旨味がじんわりと広がって、しみじみと美味しい。

 

鳥取県に親戚が多数いる提督にとっては、なじみ深くて懐かしいながらも、いざ実食する機会となると限られているレア食材なのです。

 

「まだ暑いよねぇ」

「もう……ちょっと早いですけど、ビールなら出します」

「飛鷹、大好き。ケッコンして」

「とっくにケッコンしてますよ」

 

赤天に冷えたビール。

経験がない人に言いたいが、この世にある最高の組み合わせの一つです。

 

「んっふ~♪」

 

思わず鼻歌も出てくる提督だが……。

 

「お部屋(執務室)に帰りたくないんですか?」

 

飛鷹の鋭い質問が飛んできた。

 

 

梅雨の大規模作戦の喧騒は去った。

鎮守府はいつもの平穏を取り戻した。

 

はずだった……。

 

梅雨作戦の末期、連日秘書艦を務めた大和改二の超巨大な艤装のせいで、作戦地図も読めないほど狭苦しくなっていた提督の執務室。

 

でも今は、海防艦仮設プールや、流しそうめん台が広げられている。

いや、ちょっと前まで、広げられていた……。

 

現在、欧州での大規模反攻上陸トーチ作戦、アレキサンドリア攻略のために、大和と武蔵が執務室にスタンバイしている。

 

また、地図を読むスペースがなくなっているのだ。

まだ前段作戦なのに、大和タッチ使えとか正気かよ!

 

 

ま、今だけはどうでもいいか。

 

サクっとかじった赤天の辛味に、じんわりと汗が浮く。

それを洗い流す、シュワ~ッとしたビールの清涼感と苦み。

 

ちょっと至福の時間。

 

 

と、ビールに酔いしれていたら、エプロンを外したネ級が挨拶に来た。

これから、地中海ロード島(深海棲艦側の)防衛に戻るらしい。

 

帰っちゃ嫌だと言っても、ネ級は困ったような微笑みを見せるだけだろう。

 

なので、ネ級の首に一発轟沈防止の呪力が詰まったハートの首輪が着いているのを確認し、笑顔で送り出す。

 

美味しいものをたくさん食べさせているせいか、額から生えている角が、どんどん立派に育っている(ぶっちゃけ、チョロイン枠の重巡棲姫より何倍もヤバイ敵に成長している)。

 

チリン、と風鈴が北風で鳴った。

 

夏もそろそろ終わりそうです。

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