やはり大和と武蔵の破壊力は圧倒的だった。
アレキサンドリアを進発した連合艦隊は、まずは深海勢に包囲されていたトブルクを解放。
イタリアはタラント軍港の泊地水鬼を瞬く間に撃破し、返す刀でリビアの首都トリポリで集積地棲姫と飛行場姫を大爆発させた。
チュニス湾沖で迎えた、新型・高速軽空母水鬼との決戦にもストレート勝利したが……。
その代償もまた大きかった。
燃料と弾薬がピンチです。
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というわけで、備蓄のために作戦は一時中止。
艦隊は遠征任務に専念している。
そんな中、提督は「ぷかぷか丸」に乗り、東京湾の木更津沖にいた。
廃業した老漁師がタダで譲ってくれた、何年も野ざらしにされていた木製50フィート(15メートル強)船を、艦娘たちがレストアしたものだ。
そして2020年、「ぷかぷか丸」は妖精さんたちの協力のもと、艦娘たちと同じ深海門通過機能を得て、いわゆるワープ航行が可能になった。
これは、横須賀提督の揚陸指揮艦「ブルー・リッジ」、呉提督の護衛艦「こんごう」、天草提督のメガヨット「アンドロメデー」(あのカル○ス・ゴーン被告が所有していた「SHACHOU号」より金がかかっているという噂だ)に次ぐ、人類で4隻目の偉大な能力を持った船だということなのだが、なぜか周囲から称賛されたり、羨望のまなざしを向けられたことはない。
「あ、浦安の吉○屋さんの船ニャ」
「あれなら、30人はお客さんを乗せられそうだね。うーん、キャビンも広そうだなぁ」
むしろ、東京湾最大手の遊漁屋さんの緑色の船に、羨望のまなざしを向ける多摩と提督。
さすがに釣り客の多い東京湾の船だけあって、船体も大きいし装備も豪華。
こちらは釣り手12人と、操船者1人の13人が定員。
トイレは一つだけだし、こだわりで付けた調理場もワンルームアパートのキッチン並みの狭さだ。
だが、そういう狭い調理場で、工夫して様々な料理を作るのには、キャンプのような楽しさもある。
それはさておき、今日は東京湾のキス釣り。
燃料が足りない時に?と思われるかもしれないが、これには事情がある。
全力遠征に入る前、提督は「10回だけ」とアラビア海での新艦娘捜索を行った。
その結果、あんまり運が良くないここの提督にしては珍しく、1回目の出撃で海防艦娘・鵜来ちゃんを引き当てたのだ。
というわけで、左舷の胴の間(船の中央部)、提督は鵜来ちゃんに付きっきりでキス釣りをレクチャーしている。
夏のベストシーズンは過ぎてしまったが、まだまだキスは釣れている。
釣り初心者や子供でも簡単に楽しめ、必ず魚が釣れるのが船のキス釣りだ(堤防や砂浜のちょい投げのキス釣りもファミリーフィッシングの定番だが、陸からでは釣れるとは限らない)。
そして右舷の胴の間では、朝雲、山雲、そして峯雲が、新しく鎮守府に着任した姉妹艦の夏雲を挟んでいる。
新人の2人に、小気味よいキスの引きを味わってもらいたい、というのが目的の一つ。
「釣り船は船首を風上に向けて停めるからね。右舷なら竿は右側、風上に置いて餌付けすると糸が絡みにくいよ」
シロギス釣りは餌付けが勝負。
餌はアオイソメで、1~5cm(この長さも活性や潮加減により要調整)垂れるように切って、丁寧に真っすぐ、シロギスが吸い込みやすいように針に刺す。
仕掛けは、天秤と胴付きの二種類があるが、初心者におすすめなのは胴付きの一本針。
これを船下に落とすだけでも、しっかりと海の底に錘を着けて7~8秒キープすることさえできれば、初心者だろうとそこそこの数が釣れる。
「10秒待ってもアタリがなかったら、竿をあおって錘を数十cm浮かせてから、ゆっくりとおろす。底をとったらリールを軽く巻いて糸をピンと張って、また待つんだ」
シロギスは海底近くを泳いでいる。
その目の前にフワリと餌を落とすことで、シロギスの食い気を誘う。
「それから、錘で海底を軽く小突くように、トントンするのも有効だからね。砂煙が立つとシロギスが興味を持つし、餌が踊ってアピールになるんだ」
「はい、提督……あ、プルプルッてしました!」
初心者や子供は、アタリがないまま放置してしまうことが多いが、それでは釣果アップは望めない。
簡単な方法でいいので、しっかりとシロギスを誘い続ける。
そして時々、餌がとられていないか、仕掛けが絡んでいないか、仕掛けに異物(ヒトデやクラゲの触手)が付いていないかチェック。
そこをしっかりやっていれば、ククンと竿が震える歓喜の瞬間が待っているのだ。
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そしてもう一つの目的……。
左舷ミヨシ(船首側)では、鎮守府のキス釣り名人・阿武隈が時速15匹オーバーのハイペースでキスを釣り上げている。
天秤仕掛けの2本針に、両方ともキスがかかっている一荷で釣れることも珍しくない。
片方の針にキスがかかった後も、阿武隈はしっかり2匹目の追い食いを狙っているのだ。
右舷ミヨシには、胴付き1本針のペンシル持ち釣法で、手返しよく着実に1匹1匹を狙う木曾。
手首の可動域の広さをフルに使い、竿を細かく動かすチョンチョン誘いから、大きく竿を持ち上げて仕掛けの位置を動かす広い誘いまで、技の引き出しが多い。
左舷トモ(船尾側)の島風も、キスを釣り上げてから一瞬で針を外し、餌を付け直して仕掛けを海に再投入するまでの、すべての動作が「はっやーい」。
鵜来ちゃんが釣り上げたキスが呑み込んでいた針を、1分以上かけてモタモタと外し、その間にもう1本の針が天秤と錘にこんがらがってしまって、アタフタしている提督とは大違いだ。
右舷トモは霞。
最初は姉の夏雲の世話もしていたが、今は目を三角にしてキスを狙っている。
そもそも竿がダイワの『極鋭キスH』なあたり、遊びじゃない真剣な釣りだ。
鎮守府の今年のキス釣りダービー、四強による決勝プレーオフが主目的だ。
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「うーん、アタリが無くなっちゃったねえ。潮止まりの時間だから仕方ないか」
提督は釣れない時間を活かすため、昼食の準備にとりかかった。
今釣ったばかりのキスをさばき、IHヒーターでフライに揚げる。
同時に揚げるのは、あらかじめタチウオ、イシモチ、エソのすり身で作っておいた、自家製ちくわに青のりをかけたもの。
炊飯器から炊きたてのご飯を弁当箱によそい、おかかをかけて、海苔をしく。
手早くタッパから、きんぴらごぼう、柴漬け、瑞鳳の玉子焼きを盛り付ける。
熱々のキスフライとちくわの磯部揚げをドーンと置き、海上のり弁の完成。
海の上で揚げたてキスをいただく贅沢の極み。
鵜来ちゃんも夏雲も、きっと喜んでくれるだろう。
「ふんふ~ん♪」
思わず鼻歌が出てくる。
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ある意味、提督の時間の使い方は上手いと言えるのだが……。
ここら辺に、ベストコンディションの日に48匹のキスを釣ったのが最高記録である提督と、潮が良ければ100匹、200匹とキスを釣り上げるのはもちろん、どんなに激渋の最悪なコンディションでも30匹以下には釣果を落とさない阿武隈達との差がある。
例えアタリがなくなっても、魚探を見ている船長(多摩)がこの場に船を留めている以上、船の周囲にキスはいる。
だから諦めずに錘で海底をトントン叩いて誘いをかけてから、キスに食べる間を与えるために竿を止め、ジッと静かに待つ霞。
軽さは感度。
自重62gの『極鋭キスH』の竿先が、ピクンと動いた。
午前中の元気に餌を吸い込み、一気に針掛かりするような、プルプルしたアタリではない。
竿を持つ指先に、ピリッと違和感を覚える程度の、ごく些細なアタリだが、霞には餌をくわえたまま、活性低く動かずにいるキスの姿がはっきりとイメージできた。
そのまま5つ数えてから、キスを驚かせないように、ゆっくりゆっくりと腕を上げて竿先を立てていく。
道糸をピンと張って針掛かりさせるためで、リールを巻いたら逃げてしまいそうな魚にも違和感を与えずに道糸を張れる。
頭上高く竿を上げたところで、最初はピクピクと、次にプルンプルンという激しい感触が手に伝わってきた。
キスの重みが一気に乗って、竿がギュンとしなる。
悦っ!
アタリを待つのではなく、アタリを取りに行く上級者の釣り。
反対側のトモの島風も、錘を海底につけない宙釣りで、キスの泳層である海底から20~30cmの水深を積極的に攻めて釣果を伸ばしている。
阿武隈は元気にピョンピョン動いているアオイソメの尻尾の方の部分を長めに切って餌とし、活性の低いキスにも反射的に口を使わせ、モゴモゴとしか吸い込まないのも気長に呑み込むまで待つ、ゆっくりしていってね釣法。
木曾は遠くに投げて広く誘いをかけ、比較的食い気のあるキスを自分から探していく釣り。
シロギス釣りは奥が深い。
鎮守府キス釣りダービーも佳境、熱いデッドヒートが繰り広げられています。