艦娘寮から山を挟んだ反対側の一帯の台地。
鎮守府の田畑は、繁忙期を迎えていた。
まず、何よりも田んぼの稲刈りが始まる。
稲は刈ったら終わりでなく、乾燥、脱穀、籾の選別、精米と作業は続く。
畑でも夏野菜の収穫と、秋野菜の種まきが重なり、多くの作業が並行する時期。
果樹園もブドウ、ナシ、リンゴがシーズンを迎え、ニホンミツバチの採密も近い。
「那珂ちゃん現場入りまーす! 四水戦のみんな、今日はピーマンの収穫だよ! もし収穫中にアブラムシを見つけたら、すぐに報告してねっ♪」
「主力of主力の夕雲型、集合! 巻雲さん、これからホウレンソウの種まきを始めますよ」
「二一駆、やっと揃ったかや? 苦しゅうない! それでは防風シートの点検じゃ」
今日も多くの艦娘たちが忙しげに働いていた。
そこにホンダの軽トラック、アクティで乗りつけた扶桑と山城。
リアルタイム4WDにミッドシップエンジン搭載、悪路でのキレのある走りから、「農道のフェラーリ」という異名で呼ばれている。
「あっ」
運転席から降りようとした山城は、長靴のかかとをフロアマットのフチの盛り上がりに引っかけてしまった。
別に痛いわけでも何でもないが、ちょっとしたストレス。
この鎮守府のアクティは、運転席もドロ汚れOKというルールで運用されているが、残念ながら足元のフロアマットは残念ながらメーカー純正品を使っている。
何が残念かって、もう一台の軽トラックであって、主に買い出しや資材運搬に使われているダイハツのハイゼットはもちろん、軽ワゴンのスズキのエブリイも、ホームセンター『コ○リ』の大人気バケットマットを敷いているのだ。
マットのフチが高くてドロ汚れに強い一方、乗り降りするドア側だけは一部フチが無く、長靴がひっかかることもなく、小石や木くずを簡単に掃き出せる、かゆい所に手が届く設計。
それなのに、お値段は驚異の1000円以下!
しかし……売ってないんです、アクティ用は。
しかも、2021年4月をもってアクティの生産が終了した今となっては、今後販売される可能も期待できな……いや、農家のコンビニ『コ○リ』ならワンチャンやってくれるかも、と山城は珍しくポジティブな思考をし、その『コ○リ』で買った300リットルの水タンク(真水入り)を降ろし始めた。
戦艦娘以外がやると腰を痛めるどころか、押しつぶされて最悪命にかかわるので、絶対に真似しないようにしましょう。
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艦娘寮から田畑までは、直線距離なら約1km。
しかし、実際は山すそを迂回するので、移動距離は2kmを超える。
艦娘寮の前の道路を町側に直進、お寺さんの先の十字路を右折、公民館の前を通り、イトウさん
あきつ丸が
清霜の胸の名札には、夕雲の丁寧な字で『まさちゅーせっつ』と書かれている。
大和と武蔵を主軸にした連合艦隊での、サウス・ダコタ級3番艦マサチューセッツの捜索作戦はすでに95回目、攻略中を合わせると100回を超える。
燃料を10万以上溶かし、動悸、息切れ、めまい、吐き気が止まらない。
清し……じゃなくて、『まさちゅーせっつ』をモフモフして気を紛らわせる提督。
そんな壊れ気味の提督たちのリヤカーを、コロラドが運転するジープが追い抜いていく。
1969年式の三菱ジープJ3R。
メリーランド、ガンビア・ベイ、サミュエル・B・ロバーツが同乗している。
ジープは第二次大戦中、ドイツ軍のキューベルワーゲンに対抗するために開発された傑作四輪駆動車「ウィリスMB」と「フォードGPW」の総称。
戦後、アメリカは朝鮮戦争で必要となるジープを日本で調達するために、中日本重工業(後の三菱重工業、三菱自動車)にノックダウン生産を開始させた。
この日本製ジープは保安隊(自衛隊)にも採用され、一般販売モデルも人気を博し、その製造・販売は2001年まで続いていた(だったら最近の比較的新しい中古車もあるのに、提督の昭和愛があえて古い、倉庫の奥でぶ厚いホコリをかぶって眠っていた車体を選ばせた)。
ジープの名前の由来は諸説あり、”General Purpose”(多目的、万能)の略称“GP”から来たという説が有力だが、陸軍新聞の連載漫画に登場する兵士の愛犬”Jeep”のように忠実に働くから、という説が個人的には好きだ。
続けてアイオワの運転する、シボレーC10ピックアップトラック。
こちらも1969年式で、助手席にはサラトガ、荷台にはヒューストン、ノーザンプトン、ヘレナ、アトランタ、ホノルル、ブルックリンの巡洋艦娘たちが乗っている。
さらにホーネットの運転する、フォードF100レンジャー。
もちろん1969年式のピックアップトラックで、助手席にはイントレピッド、荷台にはレンジャー、ラングレー、ジョンストン、フレッチャー、スキャンプが乗っている。
そしてサウス・ダコタが運転する、ハーレー・ダビッドソンXLCH。
言うまでもなく1969年式で、リアシートにワシントンを乗せている。
アメリカの艦娘、本当に増えたなぁ……。
でも……。
「あうあうあー、1人足りなぁーい!」
錯乱した提督の叫び声が響くのだった。
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新鮮野菜を大量に持ち帰った鎮守府の夕食は、豚ナスピーマンみそ炒め。
甘辛いみそダレで、柔らかジューシーな豚バラ肉、とろとろのナス、シャッキリしたピーマンという、どれも油にマッチする食材を炒め合わせた、ご飯がモリモリ食べられる王道のおかず料理だ。
「ヒャッハー! かんぱーい!」
「ビール? ビールでいっちゃいますぅ?」
うん、ビールに組み合わせても美味いことこの上ない。
山盛りにされた、トマトと玉ねぎのマリネも新鮮そのもの。
イタリアンと思わせて実はマリネ液にはこんぶダシが加わっているし、塩と黒胡椒がしっかりきいていて、単なるサラダ枠を超えて、ご飯やお酒の良いお供になる。
きゅうり塩こんぶ和えも、ポリポリと箸が止まらなくなる一品。
みずみずしく張りのある乱切りきゅうりと、鎮守府の養殖棚で育てられた旨味たっぷりこんぶとの、絶妙なコラボレーション。
「この鎮守府の畑の美味しい野菜を食べると、心が洗われるわよね」
「うん、みんなで大事に大事に育てた野菜だからね」
たっぷり野菜の夕食をとりながら、提督はゴトランドからカウンセリングを受けている。
「ねえ、提督。鵜来ちゃんは1回で見つかったし、ブルックリンもたった6回でお迎えできたでしょ? ということは、102回の出撃で3人中2人も新人が見つかった、ってことよ。平均したら34回、提督は運が良いわ」
「そ、そっか……」
ゴトランドの声を聞いていると、心が安らいでくる。
というか、頭の中が真っ白くなっていくような……。
「でも、いくら運が良い提督でも、34回ぐらいの出撃じゃ、見つからないこともあるって分かってるわよね?」
「そうだね、最低50回はやる覚悟を持たないとね」
「そうよ、その意気よ。明日、頑張って16回出撃しましょ」
「よーし、提督やっちゃうぞー」
燃料は残り1万6200ですが、ここの鎮守府は今日も平和です。