ある鎮守府のエンゲル係数   作:ねこまんま提督

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新艦掘り(続)とてっちり

 普段、堤防などの(おか)っぱりで釣りをしていて、一番邪魔に思えるのはフグだ。

 

 歯が鋭いので糸は切られるし、釣れたとしても毒があるので食べられない。

 釣ったフグを自分でさばいて自分一人で食べる分には何の罪にも問われませんが、素人は絶対にさばくのはやめましょう。

 特に家族だろうと他の人の口に入れるの、ダメ絶対。

 

 この鎮守府では県の「ふぐ取扱責任者」免許を持つ艦娘が何人もいるが、堤防で一番よく釣れるクサフグは小さいので調理を面倒がられ、結局海に捨てられることが多い。

 

 しかし、さばいてくれる人がいるのであれば、サイズのあるフグは船釣りの格好のターゲット。

 主に狙うのはショウサイフグ、時期によってアカメフグ(※)、次点でコモンフグ、サバフグ。

 

※関東の釣り人がこう呼ぶのは「ヒガンフグ」のことで、標準和名で「アカメフグ」という別の種類のフグもいて毒がある部位も違うので注意。

 

 フグ界の王様トラフグや、フグの女王とも呼ばれるマフグを狙うことも多少はあるが、豪華ゲストとしてたまたま釣れたことの方が多い。

 

 

 まだ陽も昇らぬ暗がりの中、鎮守府のレストア漁船『ぷかぷか丸』が向かっているのは、千葉県外房の太東(たいとう)崎沖。

 夏の禁漁期を経てコロコロに太ったショウサイフグを求め、近くの大原漁港から何隻もの遊漁船(船宿の人がフグの調理免許を持っていて、帰船後さばいてくれる)が出てくる好ポイントだ。

 

 今日の船長である木曾が操舵室の無線を入れると、同じポイントに向かっているだろう、遊漁船同士の朝の挨拶が飛び込んできた。

 

 釣り座で朝食のホットサンドを食べているのは、天龍、龍田、長良型の六姉妹に、ホノルルとブルックリン。

 そしてFXで全財産を溶かした人のような顔をしている提督(150周回したがマサチューセッツはまだ出ていない)。

 

 新人の軽巡洋艦娘ブルックリンの歓迎と、これからしばらく資源集めの遠征三昧で忙しくなる、軽巡洋艦娘たちの慰労、という建前で魂が抜けてしまいそうな提督をリフレッシュに連れ出したのだ。

 

 ホットサンドの中身は、食堂の朝食スパゲッティミートソースから流用したミートソースと、同じくサラダから流用した千切りキャベツのマヨネーズ和え、そしてスライスチーズ。

 

 こんがり焼けたサクサクのパンの中から飛び出してくる、熱々のミートソースと溶けたチーズ、そこに清涼感を与えるキャベツの甘み。

 それを完熟トマトを丸ごとミキサーにかけ、豆乳と蜂蜜を加えた自家製ジュースで流し込む。

 

 食事が終わるのを待っていたかのように、水平線が明るく輝きはじめ、船のエンジン音もトーンダウンしてやがてアイドリング状態になる。

 

「水深23メートル、直下にフグの反応多数。砂地底で根掛かりの心配はなさそうだ。準備できたら始めてくれ」

 

 木曾のアナウンスが入る。

 

 外房のフグはカットウ仕掛けで釣るのが一般的。

 エサ針の下に、カットウ針という錨のような形の掛け針を付け、エサを食いにきたフグを引っ掛けて釣り上げる。

 フグの歯は鋭いので、食わせ釣りだとハリス(針をつけた糸)が切られやすいからだ。

 

 フグを寄せるエサは、アオヤギやアカガイ、10cm程度のサイズのエビ類。

 アサリなどのもっと小さな貝類や、小型エビ、魚肉ソーセージなどもフグは食べにくるが、外道のアタリも増えてしまう。

 

 仕掛けを投入し、着底したら糸フケをとる。

 そして投入直後には明確なアタリがなくても、即座に空アワセのシャクリを入れるのがポイント。

 もしフグがいれば引っ掛かるだろう、ぐらいの算段でとにかくシャクリを入れる。

 

「かかりましたー!」

「きゃー、何これ!?」

 

 フグの腹にカットウがムニュリと食い込む、独特の感触。

 船中に阿武隈の歓声と、ブルックリンの悲鳴が響く。

 

 フグはホバリングするように止まってエサを食うことができるので、アタリが出にくい魚だ。

 そしてフグは落下してくるエサに興味を示し、とても目がいい魚でもある。

仕掛けを落とした直後から、すぐに食べに来ている可能性があるのだ。

 

 ただし、大きいシャクリはフグを散らしてしまうので、シャープに小さく。

 しっかりとアワセを入れるのは、カットウ針が刺さったのを感じてからで十分。

 

 フグがかからなければ、再び仕掛けを海底に下ろすが、この下ろすスピードが大事。

 ゆっくりゆっくりと自然沈下するエサを装って海底にソッと下ろし、糸は張らず緩まずのゼロテンション……。

 

「今日は活性が高いみたいだし、3秒でやってみようか」

 

 その時の状況により数秒~数十秒の間隔で、またシャクリを入れるだけ。

 この繰り返しが外房のフグ釣りの基本「タイム釣り」だ。

 

 小さなシャクリが、海底でエビが跳ね上がるような動作に見えて、フグの食い気を誘う。

 そして同時に、ゆっくり沈下させるうちにカットウ針は潮に流されて錘よりも潮下に位置することになり、基本的に潮下側からエサをついばみにくるフグの腹下をとらえやすくなる。

 

 堤防などで、リリースしたフグがまた釣れてきたという経験があるように、フグはエサに対して執着心が強い。

 エサを見失わない限り、しつこく何度もエサに食いついてくるので、一定間隔で小さなシャクリを繰り返していれば、いずれはカットウの餌食となる。

 

 この釣りは簡単なのでヘボな提督でもそこそこの数が釣れる。

 とはいえ、コツコツッとかチョンッというような、フグの繊細なアタリを竿先で感じて、即アワセで掛けられた時の快感はひときわ大きい。

 

 釣れたんじゃない、釣ったんだ。

 

 船上に引き上げられ、プクーッと体を膨らませて怒っているショウサイフグちゃんに、思わず頬ずりしたくなる。

 

「五十鈴ー、タモ! 名取がデカフグ掛けた!」

「ト、トラフグ見ゆ!…って、ほんとにトラ!?」

 

 ショウサイフグに交じって、トラフグが上がると船内が沸き立つ。

 

「提督さん、マコガレイが掛かったから煮つけにしましょ。ね?」

 

 そしてフグ釣りは外道も高級魚が多い。

 カワハギ、ホウボウ、マゴチ、ヒラメ、カレイなどがたまに掛かる。

 

「アイエエエエ! イナダ!? イナダナンデ!? こりゃぁ~マジパナイ!」

 

 時々、大型の青物(ブリ、カンパチ、ヒラマサなど)も食いついてくるが、フグ竿のパワーで青物を釣り上げられるかは腕次第。

 

「鬼怒ちゃん、がんばってー!」

 

 タモを持った阿武隈が応援に駆けつけて声援を飛ばす。

 

 提督もいつの間にか心から楽しみ、普段のような福猫顔になっていた。

 今日のショウサイフグ遠征、大成功です。

 

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 帰港後、フグ調理の免許を持つ艦娘たちが、フグを選別してさばいてくれる。

 

 提督も選別ぐらい手伝おうとしたら、秋津洲に「シャーッ!」と砲台小鬼のような声で威嚇されてしまった。

 

 TBDと間違えてTBFを廃棄してしまうような提督。

 提督への信頼は日和山(ひよりやま)(標高3メートル)よりも低い。

 

 特に怖いのがサバフグ。

 シロサバフグは唐揚げにすると美味しい無毒なフグだが、近縁種のクロサバフグ(地域により毒性あり)は全身猛毒のドクフグと見分けがつきにくく、うっかりミスの死亡事故が起きやすい。

 

 ジャージ姿で黙々とサバフグを選り分けている大井からも、ゴミ箱を漁る野良犬を追い払う板前のような鋭い眼光で「あっち行け」とあごをしゃくられた。

 大人しく、食堂に行って素直に料理が出てくるのを待つことにする。

 

 

 フグといえば、やっぱり「てっちり(フグ鍋)」。

 毒にあたると死んでしまうから江戸時代には「鉄砲」と呼ばれ、それで作るちり鍋(昆布だしの鍋)だから「てっちり」。

 毒の処理が済んでいる身欠きのフグを使えば、家庭でも手軽に作れる。

 

「よし、昆布を取り出してフグをしゃぶしゃぶしよう」

「いいねぇ、これをつまみに飲み飲みタイムと行きましょう! 」

 

 おすすめの食べ方は、まず昆布と骨身のダシ汁でしゃぶしゃぶして、フグの身肉だけをポン酢で食べること。

 ポン酢に、小ネギやもみじおろしを足すのもいい。

 

 この時、鍋にいっしょに入れる具は、ダシを出す意味でせいぜいシイタケぐらい。

 普通の鍋のように具沢山でいっしょくたに煮込んでしまっては、せっかくのフグの身に熱が通り過ぎてもったいないし……。

 

「ちょっとアクをすくうから、待ってて」

 

 長良が鍋奉行っぷりを発揮している。

 アクはこまめに丁寧に除去、これが後段作戦に効いてくる。

 

 ひとしきりフグの旨味を堪能したら、ここで鍋に白菜や長ネギ、豆腐やしらたき、えのき茸やシメジなどの具材を加える。

 

 しゃぶしゃぶでフグの旨味がたっぷりと溶けだした鍋の中で、具材が煮込まれていく。

そこに、フグのつみれを投入。

 ここからが鍋本番だ。

 

 鍋の汁がたっぷりと浸み込んだ白菜とか、ちょっと感動もの。

 

「あたし的には、とっても美味しいです!」

「アリだな」

「さっ、提督~? beerもう1本いくよね? 冷えてるよ~!」

 

 さらに拡張作戦、おじやがまた格別。

 

「よーし、溶き卵を入れるよ」

「これからは、もうかき混ぜちゃダメだからね」

 

 肌寒くなってきた今日この頃。

 みんなで囲む鍋が温かい。

 

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 一方、フグ料理の双璧をなす「てっさ(鉄砲の刺身)」は皿の柄が透き通るほどに薄く切る独特の「薄造り」に、相応の道具と腕が必要で、あまり家庭向きではない。

 フグの身は弾力が強いので、厚く切ったら食感が悪く、淡泊な旨味を十分に味わえない。

 

 家庭でフグの刺身を食べるなら、湯引きしてから氷水で締めたり、粗塩や昆布で締めたり、醤油ダレに漬けたりする方がおすすめ。

 どれも厚く切っても、むしろ厚く切った方が美味しい食べ方だ。

 

 明日の遠征艦隊のお弁当には、一晩たって適度に水分が抜けて旨味が凝縮したショウサイフグの塩締めと、一夜干ししたシロサバフグの唐揚げが入るだろう。

 燃料不足で小破の修理さえできずにいる武蔵のためにも、みんな遠征がんばってください。

 

 燃料とボーキサイトは枯渇したが、フグ並みの執着心でマサチューセッツを追い続ける提督であった。

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