ある鎮守府のエンゲル係数   作:ねこまんま提督

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アジご飯と芋の子談義

複雑に入り組んだ海岸線の合間に、ぽっかりと袋型に開いた狭い湾。

 

鏡のように静かに凪いだ湾内を、艦娘たちがワカメやホタテの養殖棚を避けながら、スイスイと航行している。

大淀、夕雲、浜波、あきつ丸からなる第二艦隊が、海上護衛任務遠征のために出発していくのだ。

 

埠頭では作業着姿の夕張が、トヨタのフォークリフト7FB15を操作し、巨大な大和の艤装を小さな赤レンガ倉庫に運び入れている。

 

工廠の方では、矢矧の運転してきた軽トラの荷台に、艤装倉庫に返却する電探と九三式酸素魚雷を積み込んでいる、雪風とジャーヴィス。

各国の空母艦娘たちも集まり、貸し借りした航空機とパイロット妖精さんを返還しあっている。

 

一時は完全に枯渇した燃料。

基地航空隊の補給さえできなくなったボーキサイト。

 

それでも勲章をたたき割り、プレゼント箱を開けて出撃を繰り返し……。

ついに掘り出撃156回目にして、マサチューセッツとの邂逅に成功した。

 

長かった大規模反攻上陸作戦……というか、そのオマケの戦いが終わった。

 

ようやく日常運転に戻りつつある鎮守府。

 

「特務艦宗谷、無事、戻ることが出来ました。皆さんのおかげです」

 

そして宗谷もまた、探照灯と照明弾、応急修理女神を外し、彼女の本来の仕事場である艦娘寮の食堂へと戻ってきた。

 

当初、間宮だけで賄われていた食堂も、伊良湖、速吸、神威と常任のスタッフを増やし、昨年からは宗谷も、この大食堂の欠かせないメンバーとして忙しく働いていた。

 

マサチューセッツを加えて283人(提督と居候の深海棲艦は除く)となった、この鎮守府の大家族を支える最重要施設。

 

「アジ900尾、ニンジン120本、玉ねぎ150個、しょうが60個、しめじ6箱、舞茸4箱、えのき茸2箱……」

 

検収室に積まれた、鮮魚用発泡スチロール容器に収穫コンテナ、農協の段ボール箱。

宗谷は今日も精一杯、夕飯用の食材の検品を始めるのだった。

 

 

艦娘寮のロビーの電話が珍しく鳴った。

 

「何なの? 車が側溝にはまってパンクしたですって? 場所はどこ?」

 

新しくお迎えしたフランス戦艦娘ジャン・バールの買い物のためにシトロエンの2CV(ドゥーシボ)で町へと向かったリシュリューが、タバコ屋の公衆電話から救難要請を送ってきた。

 

最初に電話を受けた暁から受話器を渡されて、風呂上がりで浴衣姿のビスマルクは面倒くさそうに、電話の向こうで大げさに喚きたてるリシュリューの言葉を聞き流すことにした。

タバコ屋の角なら、この鎮守府から1Km程度だ。

 

「イタリア艦、引き上げに行ってあげなさい」

「嫌よ、フィアット500(うちの車)は19馬力よ。それに先月の大雨からキャブの調子がおかしいの」

 

リベッチオにソファーで肩を揉まれながら、ローマが熱意なく返答する。

 

「あなた、ふ・ざ・け・な・い・で! いいから、日本艦かアメリカ艦に電話を替わって、トラックかジープをよこしてちょうだい!」

 

イタリア車の出動という冗談のような提案に、電話口の向こうのリシュリューは声を荒げるが、それがビスマルクの闘争心に火をつけた。

ふん、と鼻息荒く電話を切ると、ビスマルクは着替えのために自室に向かうのだった。

 

「キューベルワーゲンを真似た、あんなアメリカの偽物に頼るとはね。いいわ、我がドイツの誇る国民車(フォルクスワーゲン)の実力を見せつけてあげるわ」

 

その後ろ姿を見ていた陽炎は後に語る。

まるで意気揚々とガダルカナルに向かう、一木支隊のようだった……と。

 

リアエンジン、リア駆動の空冷車であり、何より1969年式の骨董車である、フォルクスワーゲン・ビートル。

そんな車で他車を引っ張り上げようと、無理にエンジンベタ踏みすれば、どうなるか……。

 

オーバーヒートを起こしたビスマルクからの二次救難要請の電話がかかってくるまでに、そう時間はかからなかった。

 

 

夕飯時、罵りあっているビスマルクとリシュリューの姿があったが、ワイワイガヤガヤと騒がしい大食堂の中ではあまり目立たない。

 

「ヒャッハー! かんぱーい!」

「んっふふ~、今日14回目の乾杯いっちゃうよー!」

「Trattoriaマーミヤ、最高で~す。お酒もお料理も美味し~い♪」

 

という具合に、いつものノンベーズが気炎を上げているのだ。

食堂でスタートダッシュを決めて、鳳翔さんの居酒屋に繰り出すつもりなのだろう。

 

今晩のメニューは、アジご飯。

刻みしょうがの風味によって臭みなく、ふっくらと蒸されたアジの切り身。

 

酒、醤油、みりん、塩を少々の最低限の味付けながら、ニンジン、ごぼう、しめじ、舞茸から出る旨味が混ざり合ってたっぷり染み込んでいる、秋の炊き込みご飯。

 

残ったアジの頭と中骨からは出汁をとり、豆腐とえのき茸の味噌汁にしてある。

おかずは、蓮根のはさみ揚げ、甘辛の大根ステーキ、蕪の漬け物。

 

 

「はぁ~、染みるわぁ」

「ねぇねぇ、北上さん、芋の子会いつやるのぉ?」

「おいしい食い物、よろしくねー! 楽しみ楽しみ~♪」

「うわ、海防艦たち、寄ってくるなよぉ」

 

海防艦娘も数えてみれば、鵜来ちゃんで19人目。

北上の名の由来となった地方でとれる、強い粘り気ととろけるような食感を持ちながら煮崩れしにくい里芋を、鶏ガラと醤油の汁で、ニンジン、大根、ごぼう、きのこ、豆腐、こんにゃく、鶏肉等と煮込んだ汁料理を、稲刈り後などのごちそうとして振る舞う「芋の子会」は秋の風物詩。

 

「北上さん、豆腐とこんにゃくは間宮さんに頼んでありますよ」

「宗谷っち、そういうの言わなくていいから!」

「照れ隠しにあたしの前髪崩さないでくださいーっ!」

 

一部の艦娘たちと川原でやっていたのを海防艦娘・大東に見つかって以来、海防艦娘たちが大挙して押しかけてくる。

困り顔をしつつ、それを楽しみにしている北上であった。

 

「むぐぐ……」

「もがみん、嫉妬はみっともないですわ」

 

おかずの蓮根のはさみ揚げを噛みしめつつ、苦い顔をしている最上のほっぺについた米粒を、三隈がとってあげている。

 

「大丈夫、ボクは最上の芋煮も好きだよ」

「も!? 今、時雨、ボクのもって言った? 芋煮と芋の子は全然違うから! こっちが本物、鶏肉を使うなんて邪道なんだから!」

 

同じく醤油ベースの里芋の汁料理ながら、豚肉を使うのが最上流。

そして、自分の地域の芋煮文化こそが元祖だという矜持がある。

 

「鍋っこには、きりたんぽを入れなきゃ始まらないでしょ」

「い、いえ……あの、それはどうかと……」

 

かなり異端派に属する絶対きりたんぽ入れたい教の能代と、東北以外の地域の人が芋煮と聞いて思い浮かべるだろう最もスタンダードな芋煮ながらも、声が小さいために毎年十分に主張できずにいる醤油・牛肉派の羽黒。

 

ちなみに、芋煮の起源は江戸時代、最上川で荷を運ぶ船頭たちが、付近の村で手に入る里芋と積み荷の棒ダラの鍋を囲んで宴会を開いていたことに由来するそうなので、どれが元祖だとか本家だとか、あまりこだわらないほうがいい。

 

「だから何でもよくない?」

『むっちゃんは黙ってて!』

 

青森県で芋煮文化が薄いのは、里芋が収穫される10月の青森は寒すぎて野外で鍋なんかする気が起きない、という説があるが……どうなんだろう?

 

 

そんな喧騒をBGMに、提督も目を細めてアジご飯を頬張っている。

 

食堂のアジご飯は、子供たちも食べるため塩分控えめな薄味。

おかずの蓮根のはさみ揚げの鶏ひき肉にしっかり下味がついているし、甘辛い大根ステーキもあるから、物足りないことはない。

ほっこりやさいしい、素材から染み出す素朴な味でまず一膳。

 

次は別皿で出ている香ばしい焼きアジの身と皮を追加して、梅干しと大葉をのせ、白ごまをかけて醤油をひと垂らしして。

味にエッジが立ち、大人の味になる。

 

味噌汁もいい。

湯通しして丁寧に血を洗い流してあるので、青魚とは思えない上品な出汁が出ている。

昆布とえのき茸も良い仕事をしていて、出汁の三重奏。

これも塩分控えめなはずだが、それを感じさせない力強い味。

 

身体の奥から、心の底からポカポカしてくる、真心のこもった手作りの味わい。

人にはこういうものを、自分のペースでゆっくり食べる、一人の時間が必要だ。

 

(どんぶりで四杯のアジご飯を食べた上に、ミックスフライ定食大盛りととろろ月見そばを別注文している大和は、できるだけ視界に入れないようにする。156回の出撃、お疲れさまでした)

 

そして三膳目のアジご飯は、ちょっとお行儀悪く。

熱々のアジご飯に生卵をオン!

薬味の青ネギをドッサリのせ、一気にかき混ぜる。

さらに焼き海苔を手でちぎってパラパラと。

 

これは飛ぶ美味さだ。

アジと野菜、きのこの味を、卵のふくよかな旨味が包み込んでいる。

 

アジご飯が華麗なパス回しをするサッカーチームなら、卵かけアジご飯はガッチリとスクラムを組んだラグビーチーム。

いぶし銀の味を出している焼き海苔は、さしずめベテランのスクラムハーフか……ふふっ。

 

 

「あの提督さん、何だか気持ち悪いんだけど……」

「今日ぐらいは自由にゆっくり食べさせてあげてくださいね」

「提督はSo tiredだから」

「明日、明石に修理してもらいましょ」

 

『孤独〇グルメ』ごっこを楽しんでいる提督を気味悪げに見るマサチューセッツと、その掘りで大活躍したサラトガにイントレピッド、アイオワ。

 

「ブルックリン姉さん、今度私もラーメン作りに挑戦するから手伝って」

「どうしてこの艦隊の軽巡はみんなRamen noodlesを作るの?」

「うーん……それがcoolだから?」」

 

ホノルル、ブルックリン、ヘレナ。

さて、ブルックリンがここの流儀に染まるまで、どれぐらいか。

朝昼晩とおやつを手作りしてくれ、さらには夜にはビールを勧めてくるあたり、その時は意外と早いかもしれない。

 

「ふぅ」

 

いい夕飯だった。

 

卵かけアジご飯に満足した提督は、お茶碗と箸をおいて、胸ポケットから一枚のマジック:ザ・ギャザリングのカードを出した。

 

提督のもっとも好きなカードのうちの一枚《Happily Ever After》。

直訳すれば「いつまでも幸せ」。

 

『あなたのアップキープの開始時に、【中略】あなたはこのゲームに勝利する。』と書かれた、条件こそ厳しいが問答無用で勝利可能なロマン溢れるカードだ。

 

そのカードの日本語訳名は……。

 

 

 

《めでたしめでたし》

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