ある鎮守府のエンゲル係数   作:ねこまんま提督

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アブとガリィと鰤照焼き定食

秋も日に日に深まってきた。

野山も華麗な織物をまとったように紅葉している。

 

鳳翔さんが出してくれた、綿入りの袢纏(はんてん)を着て、潜水新棲姫をおんぶした提督。

新米が大量に収められた、3坪のプレハブ冷蔵庫を眺めてはニマニマしている。

 

たい肥や稲わらのすき込みによる徹底した土作りと、清らかな水、澄んだ空気、そして艦娘たちの惜しみない愛情が、今年も美味しいお米を育ててくれた。

 

資源を貯めている赤レンガ倉庫群の方は、もともとミニサイズにもかかわらず空っぽだが……。

 

いいんです、鮭を陰干しして燻製を量産したり、エリンギを栽培したり、バドミントン大会を開いたり、新年のカウントダウン用の打ち上げ花火を製作したりと、空いてるスペースは有効活用されている。

 

今日も千歳と千代田が赤レンガ倉庫の中で、手ぬぐいの手捺染(てなせん)と呼ばれる染色方法を、新入り空母のレンジャーとラングレーに教えている。

 

柄や輪郭、文字などをカッティングした型紙を型枠板に貼り、布に染料を流しこんでヘラで均一に塗っていく。

 

一色に対して一枚の型枠を使い、繊細な柄や色合いを表現できるが……。

例えば三色で構成された模様を塗るには、三枚の型枠を使って一色ずつ乾くのを待ってから順番に染めていくので時間がかかる。

 

その上、染料を均一に染めるためには高い技術が必要だし、型枠板は使い捨て。

同じ柄をまた染めたいときは再度型紙を作って型枠板に貼り直す必要がある。

 

「グハァ! Shit!」

まだ練度の低いラングレーは色ムラを作ってしまっている。

 

「塗るときの力の入れ方とスピードは一定にしないと」

コツを教えながらも、千歳自身がやっているのは、もっと難しい大漁旗の刷毛(はけ)引き染め。

 

まずは(のり)置きという工程。

図柄がデザインされた型紙を生地に置き、防染剤の入った糊をヘラで生地に塗っていく。

糊置きをした後は、生地の裏から水糊を刷毛で引き、糊を生地にしっかり染み込ませる。

こうして糊が置かれた部分の生地は、染料に染まることがない。

 

そして、色ごとに刷毛を使い分けて染料をのせ、細やかなデザインで大漁旗を色鮮やかに仕上げていく。

 

今季のサンマは、過去最低だった2021年よりはマシだが、依然として豊漁にはほど遠いとの予測が出ている。

 

しかし、この鎮守府はサンマ漁を諦めていません。

それにサンマがダメでも大丈夫、今年はカツオが豊漁なのです!

 

 

裏山の間伐(かんばつ)枝打(えだうち)、下草刈りなど、山林の維持管理は鎮守府の大事なお仕事。

大事に手入れされた山は、大雨でも多くの雨水をたくわえて洪水や地崩れを防ぎ、平時にはミネラル豊富な湧き水を届けてくれる。

 

イタリア軽巡洋艦娘のL.d.S.D.d.アブルッツィと、ジュゼッペ・ガリバルディが、山水配管の中継タンク清掃から帰ってきた。

 

ちょっとした人家ほどの大きさがある中継タンクは、山中の水源から(ふもと)の艦娘寮にいたる中間の高台に、現場打ちしたコンクリートで造られている。

 

中継タンクがあると、水を使用しない夜間の湧き水も貯蔵しておくことができ、水の供給量が安定する。

また、山の水にはどうしても泥や砂が混じるが、これを中継タンクが簡易処理してくれる。

 

中継タンクは内部に壁があり、前室と後室に仕切られている。

この中継タンクにいったん注ぐことで、ほとんどの泥や砂は前室に溜まり、上澄みの水だけが仕切りを超えて後室に流れ込む。

後室から次の濾過槽へと向かう配管の流出口も、後室の中間位の高さにあるので、残っていた泥や砂も後室内に沈殿して留まる仕組み。

 

前室と後室の最下部の横には、泥抜きをするためのドレイン穴が開けてあり、この穴の栓を定期的に抜いて泥水を捨てている。

が、どうしても底に溜まってこびりついてしまう泥もあり、その本格的な掃除を季節変わりごとに軽巡艦娘がペアで行っているのだ。

 

ハシゴをかけて水を止めた中継タンクの中に入り、泥水をチリトリでかき集めてバケツリレーで外に出し、壁や床をモップ洗いする、なかなかの重労働だ。

初めての中継タンク清掃を終えたアブとガリィも、なかなかにオレンジ疲労していた。

 

「二人とも、お疲れさま。軽くシャワーを浴びてきたら、間宮ランチにしようか」

 

ニコニコと提督が二人を出迎える。

この仕事をしてきた艦娘には、提督がランチをおごるのが慣例。

 

そして、中継タンクのコンクリートを打ったときの苦労話をするのが、提督のひそかな愉しみなのだが、その話を何度も聞き飽きている日本艦娘だとまともに相手してくれないので、最近は提督も寂しかった。

 

 

お昼のメニューに選んだのは、食べ応え満点な『(ぶり)の照焼き定食』。

潮流の速い五島列島から仕入れた、丸々と脂がのったブリの切り身を、甘辛い照り焼きのタレでいただく。

 

一口食べれば、身がホロッホロで味がよく浸み込んでいて、ご飯が一気にすすむ。

そして、山の湧き水で炊いた新米の、一粒一粒がふっくらもっちりとした旨味と食感が、ブリ本来の甘みある脂を受け止める。

 

 

「あの中継タンク、実は三代目なんだ。初代はコンクリの水と砂の配合率が悪かったのと、型枠を組むのが甘くて、途中で型枠が外れて巨神兵みたいにデロデロに溶けていっちゃって……」

 

今日も間宮食堂はサービス抜群。

小鉢・小皿が、冷やっこ、ほうれん草のゴマ和え、しらすおろし、たくあん漬け、と4品も付いている。

これはもう、ご飯が足りなくなるのは確定だ。

 

「二代目はね、そりゃもう慎重に型枠をしっかり組んで、カッチンコッチンのコンクリートが打てたんだけど……」

「おう」

 

提督は嬉しそうに話しているが、適当にあいづちを打ってご飯をかっこむガリィ。

さすがに鎮守府暮らしももう3年以上、この話のオチはすでにローマやイタリアなどから聞いて知っている。

 

前室と後室の仕切りを、外壁の高さと同じにしてしまったのだ。

つまり、水が仕切りを超える=中継タンクから水がこぼれる。

 

「そしたら長門が、強引に仕切りのコンクリートを削り始めてね……」

「ええ」

 

こちらも適当に聞き流しながら、濃厚なアラ汁に舌鼓を打つアブ。

 

今日の定食のために大量に出たのであろうブリのアラと、フグ釣りでは身だけが餌に使われるためにこちらも大量に出る赤エビの頭、そして鎮守府のみんなが釣るのに夢中になっているが刺身を肝和えにするのが一番人気なため残りやすく、でもそこから出る出汁が絶品のカワハギの頭と中骨のアラ。

 

美味しい要素が混然と溶け合った、このアラ汁は贅沢で無敵だ。

 

「で、何とか水は流れるようになったんだけど、気づいたら泥抜きのドレイン穴がなくて、また長門が強引にドリルで……」

 

この鎮守府も初期はDIY練度が低く、何か作るたびに失敗を繰り返していた。

初めてレンガ積みの五右衛門風呂を作ったときは排水口がなかった。

駐車場にブロック塀を建てたときは鉄筋を埋め込むのを忘れていた。

畑の仮設トイレに水道を通したときは配管の継ぎ手を間違えて蛇口が天を向いていた。

 

さて、コンクリートに穴を抜くには普通、厚紙製のボイド管や、塩ビ製のスリーブ管という筒をあらかじめ型枠に入れて穴用の空間を残しておいて、そこにコンクリートを流し込む。

逆に言うなら、穴にしたい部分には、最初からコンクリートを流し込まないのが正しい。

 

だが、例えば家のコンクリ壁に後からエアコンの配管を通したくなったり、提督たちのようにミスで穴を開け忘れていた場合には、コア抜きというドリル工法で穴を開けることになる。

そして、分厚いコンクリートに正確に真円形の穴を穿つコア抜きは高度な建築技術であり、決してホームセンターのハンドドリルで出来るような作業ではない。

 

「ふーん、楽しいお話をしてるのねぇ。提督、本当にこの話が好きみたい~」

「あ、アタシご飯おかわり!」

「失礼して、私もおかわりを」

 

うふふ~、と笑う龍田が提督の隣の席に座り、この話の結末を知っているガリィとアブはご飯のおかわりをよそいに行く。

 

「それで、オチはどうなるんだったかしら~? 二人が戻ったら、ちゃあんと聞かせてね」

 

ある古参の軽巡二番艦娘の発案で、14cm単装砲撃ち抜き工法というトンデモ計画が実施され、一発大破の爆発オチに終わるのだが……。

 

薙刀の切っ先でつんつんされつつ、提督は返答に困るのだった。

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