ある鎮守府のエンゲル係数   作:ねこまんま提督

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香取と鹿島と囲炉裏晩酌

東は起伏に富んだ海岸線が静かな湾を囲み、西に連なる山々はツツジで真っ赤に染まり、まるで山が燃えているかのよう。

 

艦娘寮の本館1階。

大きく突き出した堂々たる玄関口は、高野山金剛峯寺の門構えを模している。

 

玄関から館内に上がると、大正ロマンを感じさせる和洋折衷のロビーがゆったり広がり、正面奥に2階へ続く大きな階段がある。

 

また、ロビーの奥の片隅は、囲炉裏のある小座敷になっている。

この艦娘寮が温泉旅館だった頃は、単なる掘り炬燵(ゴタツ)だったのだが……。

 

この鎮守府の農業指導をしてくれている宮ジイの家で現役の囲炉裏を見てしまい、囲炉裏を使いたくて仕方なくなってしまった提督たち。

 

最初は掘り炬燵を改造すれば素人でも簡単にできる「なんちゃって囲炉裏」を制作した。

 

掘り炬燵を撤去し、炬燵穴の板に耐熱シートを張って、この穴より少し小さい寸法の内炉(四方に耳をつける)を落とし込んで、穴の四方を(かまち)(床の間や玄関などの端の化粧板)で囲むだけで完成。

 

内炉を自作、というとレベルが高いように聞こえるが、実は簡単。

ホームセンターで買ってきたガルバリウム鋼板(耐熱性、防錆性にすぐれ、屋根などに用いられる)を、木材を噛ませてトンカチでひっぱたいて折り曲げ、四方をネジ止めしただけだ(ところどころにできた隙間は耐火パテで埋めておいた)。

 

要は、内炉の四方の耳の部分が、炬燵穴に引っかかって、内炉が吊るされた状態になればよいだけなので、ガバガバでよい。

 

むしろガハガバの方が、炉がピッタリはまって耐火シートに密着しているよりも、発火の心配をしなくていい。

熱効率は悪いかもしれないけれど、火事を起こすよりはガバガバの方がマシ。

いや、マジックで引いておいた折り曲げ線の太さ分だけ実際の折り曲げ位置が内側にずれていき、気づいたら設計より縦横1cmほど寸法が小さくなって、かなりガバガバになってしまったことの言い訳をしているわけではないですよ……。

 

内炉に木灰(きばい)を流し込み、五徳と鉄瓶、火箸を置けば……。

あれ、憧れの囲炉裏の完成なんだけど、何かが足りない。

 

「そうだ、アレが無いんだ。あの天井からぶら下がってるやつ」

「え? ああ、自在鉤(じざいかぎ)ね」

 

飛龍に名前を言われて気付いた提督。

鉄鍋を吊るし、高さを自在に変えて火加減を調節するための自在鉤。

あれこそ囲炉裏の顔と言っては過言ではない。

 

翌日、提督と飛龍はダイハツ・ハイゼットで自在鉤を探しに行き……。

自在鉤、どこにも売ってない問題に直面した。

 

スーパー、コンビニは当然、あちこちのホームセンター、金物屋を回ってもダメ。

あそこなら……と、隣県の政令指定都市のデパートを訪ねても無かった。

 

せっかく都会に来たならと、ネットカフェに入って電子の海を探してみると……。

10万円、20万円、果ては50万円なんて値段に絶望した。

 

後で知ったが、現代で自在鉤を買う人のほとんどの用途は、茶道の釜を吊るすため。

そのため芸術性・鑑賞性が高く、高価なものも多い。

 

「あれ? 無かったの?」

ションボリと鎮守府に戻ってきた提督に、北上が意外そうな顔をした。

 

「おっかしいなー、互市(たがいいち)で鋳物屋のおっちゃんが何個も売ってたのに」

 

互市とは、もとは村々の物々交換の場であったという、この地方の各地で江戸時代から続く伝統ある露店市だ。

 

近隣の市でも春と秋に3日間ずつ、駅前の大通りを歩行者天国にして開かれる。

その互市で、売られているのを見たというのだ。

 

はい、提督たちは探す店を間違えていました。

この地方は鋳物の名産地、まだまだ現役で自在鉤を作っている鋳物職人さんはいっぱいいる。

 

さらに翌日、近隣の市の鋳物屋さんに行ってみた結果……。

鋳物屋さんの新品は、茶道向けでやや高いものの、前日ネットで見たものに比べたら手頃な価格の品が多く売っていた。

 

しかもデザインに凝らない実用品なら2万円ほどで作ってあげる、という嬉しい申し出に加えて、〇〇市の古道具屋に行けば安い中古品があるんじゃないか、と商売っ気もなく教えてくれた。

 

おかげさまで、なかなかに渋いものを古道具屋で5000円で購入することができました。

(さらに付け加えると、後日、近所の物置にあったものはタダでもらえた)

 

 

その後、数度の寮の拡張を経て囲炉裏もグレードアップしてきた。

 

コンクリートで基礎を造り、耐火レンガを張ってモルタルで仕上げ、明石が作った鉄板製の内炉をピッタリと埋め込んだ。

 

小座敷の頭上には木材を格子状に組んだ火棚を置いて目隠しにし、ぱんぱかぱーんと建築板金技能士2級、配管技能士1級の愛宕が、排気ダクトと換気扇を設置してくれた。

 

ただ、いくら換気扇があったにしても、木造平屋建ての古民家暮らしでない限り、炭火だけでがまんしておき、薪での焚き火はしない方がいいのを学んだ。

一度焚き火をやったら、真上の部屋が煙と煤ですごいことになって、鳳翔さんに怒られてしまった……。

 

でも、やっぱり鉄鍋は、赤々と燃える焚き火にかけると映えるし、宮ジイの家の囲炉裏みたいに、囲炉裏の上に麦わらを縄で束ねた「弁慶」を吊るし、小魚や貝類などを串刺しして燻製を作っているのを見ると憧れるんだよなぁ。

 

 

などと悩んでいたところで、この鎮守府のもう一人の恩人・庭師の徳さんの指導で第三次改修が行われた。

囲炉裏の下の石組みを本格的に作り直し、木枠を組み直して、隙間には自作の藁入りの粘土を詰め、灰を入れた。

 

さらに二階部屋を取り壊して、吹き抜けの天井の煙抜きとして開け直して、囲炉裏から出る煙が、玄関の上からたなびくように仕上げた。

おかげで、今では薪を使った焚き火も(鳳翔さんの顔色をうかがいながら)できる。

 

この建物に使われている古い柱と梁は太く剛直で、囲炉裏の煙に燻されてから渋く黒光りし、さらに元気を取り戻したようにさえ思える。

 

 

と、前置きが長くなってしまったが、今日は練習巡洋艦娘の香取と鹿島と、演習計画の打ち合わせを兼ねた囲炉裏晩酌。

 

障子行燈(あんどん)にぼうっと照らされた、ほの暗い座敷。

囲炉裏の灰はきれいに掃かれ、五徳の中には炭火が赤々と(おこ)っている。

 

五徳の横にあるのは銅壷(どうこ)、誰が考えたのか日本酒お燗文化の傑作品だ。

銅壷は銅でできた飯盒(はんごう)のような形で、円筒形の穴が二つ開いている。

この穴の一つに徳利(とっくり)やちろりなどを入れ、もう一つの穴には水を注ぐ。

銅壺と五徳は、この水を循環させる細い銅パイプでつながっていて、炭火の熱がじっくりと伝わり、優しく酒をお燗してくれる。

 

 

隼鷹の焼いた白磁の徳利。

(すすき)が茂る水辺を飛ぶ雁の染め付けが、なんとも秋らしい。

 

お燗するのは、秋田の飛良泉(ひらいずみ)・山廃純米酒。

銀閣寺が建立された頃から500有余年、日本でも三本の指に入る長い歴史を持つ蔵元の酒だ。

 

五徳にかけたスキレットで、鹿島がパチンパチンと殻を割ってくれた銀杏を塩炒りする。

塩をしいたスキレットをゆすりながら、じっくりと炒っていく。

 

燗がつくのを楽しみに待ちながら、車エビとシシャモの串を、五徳の周りの灰に刺していく。

バーベキューや焼き肉と違って、動物性の食べ物はできるだけ側面の火で炙るのが、囲炉裏調理で無駄な煙を出さないコツ。

 

しばらくすると、ぷーんと銀杏の香りが漂ってくる。

 

「はい、提督」

 

浴衣姿の香取が徳利を取り上げ、楚々とお酌してくれる。

提督も、香取と鹿島のお猪口に酒を注ぎ返す。

 

さしつさされつ、あえて言葉にするのが苦手な日本人だからこそ生まれた、無言で好意を伝えるコミュニケーション。

 

お猪口も隼鷹が焼いたもので、錨のマークと薄い桜の模様が散りばめられているが「作品」ぶったところは一切なく、フォルム自体は酒造会社が販促で配る大量生産品そのものといった感じで、酒を飲むための道具に徹しているのが素晴らしい。

軽くお猪口を掲げて、キュッと……人肌の燗酒が五臓六腑に染みわたる。

 

飛良泉、力強くどっしりしたお酒だ。

酒銘は江戸時代、良寛和尚に「飛びきり良い白い水」としたためて贈ったことに由来するとか。

 

「銀杏もできましたよ」

 

「アチ、アチッ」などと言いながら指で残った殻をむく。

フワッと湯気立つ翡翠のように輝く銀杏は、秋のお宝。

もちもちした身を口へと運べば、ほっこり熱い銀杏のほろ苦さと、わずかな塩気が舌に広がる。

 

「秋だねぇ」

「秋ですねぇ」

「朝夕はかなり冷えるようになりましたものね」

 

香取の言うように冷えが一段と厳しくなった今日この頃だが、炭からじんわりと伝わってくる温もりがありがたい囲炉裏端。

 

 

シシャモは皮目が香ばしく色づき、皮と身の間の脂がフツフツし始めたら食べごろ。

ほのかな苦みの身肉とあっさりした脂、たっぷり抱えた卵のプツプツ感がたまらない。

 

はい、これはカラフトシシャモです。

実は日本でシシャモとして食べられている魚のほとんどは輸入品。

太平洋や大西洋で広く獲れ、アイスランドでは貨幣のデザインになるほど親しまれている、このカラフトシシャモ(正式名称カペリン)。

 

北海道の太平洋沿岸の一部だけで獲れる、上品な脂の味がする本シシャモは確かに美味しいが、このカラフトシシャモだって立派な日本の秋の味覚だ。

 

他に、凍った湖に穴を開けて釣るので有名な繊細な味のワカサギ、そして、この鎮守府の近くでもいっぱい釣れる淡泊でクセのないチカという魚も、同じキュウリウオ科の魚。

キュウリウオ科の魚は、それぞれ多少の味の差はあるものの、どれもあっさりと美味しい。

 

「だけど、キュウリウオだけは食べたことがないんだよなぁ」

 

いくら打ち合わせを兼ねているからといって、飲み始めからいきなり仕事の話をするのは無粋というもの。

まずは、その場の食べ物の話などから入りたい(やだよね、乾杯直後からいきなり「うちの会社はそもそも〇〇がダメなんだよ……」とか七面倒な話を始めちゃう奴)。

 

「ほっぽちゃんに頼んで、案内してもらうのが良いんですかねぇ?」

 

北海道でも多少の水揚げがあるが、果ては北極海に住むというキュウリウオ界の総帥、本キュウリウオ。

積極的に輸入されないところをみると、あまり味に期待はできないのかもしれないが……現在、提督の食べてみたい未食魚トップ3にランクインしている。

 

 

「マサチューセッツさんとジャン・バールさんは、お互い切磋琢磨(同士討ち)しながら順調に練度を上げています」

「レンジャーさんも頑張っていらして、もうすぐ改装可能の予定です」

 

酒も適度にすすみ、香取と鹿島のやわらかい声に耳を傾けながら、しっかり焼いた車エビを頭ごとカリッとかじる。

殻の香ばしさと塩っ気、やわらかくも弾力ある身の甘さとコク、まさに絶好の酒の肴だ。

 

「早潮はそろそろ演習引退でいいかなぁ?」

「はい、もう通常海域で戦える力があります」

「香取がそう言ってくれるなら安心できるね」

 

「ブルックリンはサンマ漁に連れてっても大丈夫そう?」

「はい、提督さん。ブルックリンさんなら、北方海域も十分に務まります。でも、念のため増設バルジか高圧缶を装備させてあげると安心だと思います」

 

美味い酒と肴にすっかりくつろぎ、ふむふむ、と鹿島の意見を聞きながら……。

 

五徳の上に焼き網をのせ、鶏ささみに山葵(わさび)を塗ったサビ焼きと、汁がたれないように注意して包丁を入れて出汁をかけたホタテの貝焼きをセット。

この、大人のおままごと感もたまらない。

 

「どもっ、恐縮です! 今後の演習計画と艦隊編成について、取材をお願いします!」

 

福井県の地酒、黒龍・純米吟醸の一升瓶を抱えた青葉が突撃してきて、囲炉裏晩酌はまだまだ終わりそうにない。

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