ある鎮守府のエンゲル係数   作:ねこまんま提督

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2023夏作戦前のバーベキュー

 緑々(あおあお)しい木々のトンネルを抜け、カーブを曲がると海が現れ、全身で温かい風を感じた。

 梅雨明けの明るい空に吹く南風を、白南風(しらはえ)という。

 

 提督は、岬と入り江が連続するリアス海岸の曲がりくねった細道を、白いスーパーカブで走っていた。

 

 2018年式のJA44型スーパーカブ110、クラシカルホワイト。

 

 一時期、中国へと生産拠点を移し、海外市場のトレンドを受けて角目ライトとなってしまっていたスーパーカブ。

 それが日本の熊本工場へ、伝統の「カブらしい」デザインとなって戻ってきたのを喜んだ提督が即買いしたものだ。

 

 滑らかで静粛性が高いのに力強いエンジンと、洗練されたサスペンションによるキビキビとした走り(あくまでも従来のスーパーカブ比)。

 狭い道で対向車とすれ違うのも、小さく軽い車体のおかげで苦にならないし、抜群の安定性と足つきの良さのおかげで、未舗装の林道や砂利道にも臆さず入っていける。

 

 農道の脇にある竹藪の前でスーパーカブを止めると、提督はカブの前カゴ(荷物の飛び出し防止にバネ付きバーがついたホンダ純正の優れもの)に入れておいた紙箱から、豆銀糖(まめぎんとう)とミカンを取り出した。

 

 豆銀糖は、地元名産の青豆のきな粉に、もち粉、水飴、砂糖を加えて、棒状に練り固めた郷土菓子だ。

 

 それを、地元の人の話によれば日清戦争の頃にはもう建っていたという、お地蔵様の前に置いて手を合わせる。

 月に一度、鎮守府の周辺に無数にある(ほこら)やお稲荷(いなり)様などを巡っては、お供え物をして回るプチツーリングが提督の習慣になっている。

 

 そのご利益(りやく)があってか、これまで10年間の期間限定海域で、新たな艦娘を漏れなくお迎えしてきた。

 

 もうすぐ始まる夏の大規模作戦。

 また新たな家族をお迎えできるよう、提督は熱心にお地蔵様に祈るのだった。

 

 

 提督が鎮守府に戻ると、プライベートビーチではバーベキューの準備がだいぶ進んでいた。

 期間限定海域が開く前恒例の宴会は、今年は野外で開くことにした。

 

 プライベートビーチと言うと聞こえはいいが、実際は切り立った岩肌に沿って続く、長さ300メートルほどの玉砂利の浜だ。

 浜には多くのタープが張られ、焼き台やテーブル、椅子のセッティングに艦娘たちが走り回っている。

 

「提督、邪魔よっ」

「ごめんね、提督」

 

 巨大なクーラーボックスを運ぶ山城の声に、提督は慌てて横にどく。

 ズカズカと歩いていく山城に続いて、ビールケースを運んでいる時雨に謝られた。

 

 提督は笑顔で2人を見送る。

 きっとクーラーボックスは氷がいっぱいで、提督には持ち上げることすらできない。

猫の手程も役に立たない提督としては、せめて邪魔にならないように気を付けるだけだ。

 

 この10年で、鎮守府のバーベキューレベルは、格段に上がっている。

 アクリルコップや紙皿に、名前を書いたマスキングテープを貼って目印にするとか、あらかじめ焼酎を入れてあるジュースやお茶のペットボルは一目で区別できるように、キャップをマジックで塗りつぶしておくとか、肉や具材は1テーブル6人分ぐらいを目安にタッパーやビニール袋で小分けに保冷しておき、進行に応じて配って食中毒を予防するとか……小技も満載だ。

 

 手際のいい艦娘たちのおかげで、準備はあっという間に終わった。

 

「それでは提督、乾杯の挨拶をお願いします」

 

 赤城にうながされ、提督がビールの注がれたコップを手に立ち上がる。

 

「うん、まあ……僕も頑張るんで、皆もいつも通りよろしく。じゃ、かんぱ~い!」

「「「「カンパーイ!!!」」」

 

 挨拶が苦手な提督の、いつも通りの覇気のない挨拶で、楽しいバーべーキューが始まる。

 

 乾杯の前から、ドイツ艦娘たちが作ったソーセージを最初に焼いておくのが、いつの間にか伝統になっている。

 火の通りが早くて乾杯直後にも食べられるし、にじみ出てくる脂で焼き網がコーティングされて、次からの食材が焦げにくくなるからだ。

 

 そして、豚肩ロースの塊肉を載せてじっくり焼きつつ、その間に牛のタン、ハラミ、カルビ、鶏の手羽先、そして海老やホタテの海産物などを、季節の野菜で挟みつつ連発するのが王道。

 焼き順や下味の付け方は、その回を仕切るためにくじ引きで選出されるバーベキュー実行委員会に任されるが、特に委員長となった艦娘のプレッシャーは相当なものだという。

 

 などと思いながら、すりおろしたリンゴとニンニクが入っているであろう、醤油とコチュジャンで味付けされた絶品のカルビ肉を頬張っていると……。

 

「提督、水母水姫さんから、大事なお話があるそうです」

「中枢棲姫カラ、次ノ戦イニツイテノ連絡ダ」

 

 大淀に連れられてきた、水母ちゃんが言うには……。

 

 

「生食もできる広島牛に、お酒とお塩をかけてあります。軽く火を通して、わさびでお召しあがりください」

 

 今回のバーベキュー実行委員長の能美ちゃんが、次の肉を持ってきてくれた。

 先の期間限定海域で春にお迎えしたばかりの新人海防艦娘なのに、くじ運悪く今回の委員長に選ばれてしまったのだ。

 

 提督もそれを聞いたときは心配したが、どうやら杞憂(きゆう)だったようだ。

 

「うん、とっても美味しいよ」

 

 舌の上でとろけるような食感の、上質な和牛からこぼれ出す肉汁の旨味を、さわやかな本わさびの風味が引き立てつつ、若干の脂くどさという弱点を見事に覆い隠してくれている。

 

「ふわぁ、美味しいのです!」

「あ、秋月姉さん! 涼姉とお冬が泣き出したぞ!?」

「Oh,Excellent!」

「Molto buono!」

「コノ……私ガ……ココデ……コンナ肉ニ……」

 

 日本のみならず、海外艦娘や深海勢たちからも高い評価を得ているようだ。

 

 

 豚の血を使った腸詰めブーダン・ノワール、サーモンとズッキーニのホイル焼き、つぶ貝とミニトマトのアヒージョ、最強ナ級串(のどぐろの赤ちゃんの串焼き)、なんていう酒のつまみも充実している。

 

 小さい子たちには、新鮮な採れたてのトウモロコシ焼きや、マシュマロ串が人気を得ている。

 

 

 それはともかく……。

 

 内地及び同隣接海域や周辺航路の海上護衛作戦を主軸とした前段作戦の作戦海域規模は、「四作戦海域」構成!

 その第三作戦海域は、八戸から三陸沖方面(この鎮守府の正面海域)。

 

 作戦開始前日にもなって、今さらの情報に慌てたり怯えても仕方ないが……。

 

 オラ、ドキドキしてきだぞ!




皆さん、今回も厳しい大規模作戦になりそうですが、頑張りましょう!
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