ある鎮守府のエンゲル係数   作:ねこまんま提督

250 / 259
第三十二駆逐隊と豚冷しゃぶサラダ

 一面の田んぼでは新緑色の稲穂がそよぎ、絵に描いたような入道雲の夏空に、なだらかな裾野を引く優美な山がそびえている。

 

 そんな日本らしさ全開の風景の中に何となく溶け込んで、青い三角屋根に白壁のお洒落なガラス工房が建っていた。

 

 高校の美術教師を定年退職し、こちらに移り住んできたという、某黄色いクマのキャラクターのような優しい雰囲気のご主人が淹れてくれたアイスコーヒーを飲みながら、提督は涼波、藤波、早波、浜波ら第三十二駆逐隊が吹きガラスのコップ作り体験をしているのをぼんやり眺めていた。

 

「はい、吹き棒をゆっくり回してるから、強めに息を吹き込んでみてね」

「浜ちん、がんばれー」

「ん……ふーーーーっ!」

 

 今日は、制作を依頼しておいた品々を受け取りに来ただけなのだが、提督は急いで鎮守府に帰りたくないため、涼波たちにコップ作り体験をすすめて一緒に連れてきたのだ。

 

 鎮守府に居候している重巡ネ級改が、夏モードになって近海で大暴れしている。

 

 先に欧州に行ってなさいと言って送り出したのに、飼い主のあとをついて回る犬のように艦隊を追跡し、キャンキャンとじゃれついてきたのだ。

 

 夏のネ改は、レ級と同じ深海烏賊魚雷(雷装+18、命中+5、先制雷撃)と、深海対空レーダーMark.III+FCS(驚異の対空+19、命中+16)を持っているので、本人は遊びで甘噛みしてるつもりでも、こちらの被害が尋常ではない。

 

 矢矧や長門でさえ先制雷撃でワンパン大破されたし、昼は的確にフィニッシャーの北上や初霜を潰しにくるお上手プレイで、鎮守府のバケツを大量に溶かしてくれた。

 

 そんな苦戦の中で提督は、支援艦隊として編成した金剛、ビスマルク、ワシントン、サラトガ、時雨、夕立を、誤って戦闘海域に出撃させて札をつけるというPONをやらかして、みんなの足を引っ張った。

 

 前回春の作戦でも、連合艦隊を組み忘れて誤札をしている提督。

 

 艦隊指揮能力に関する提督の信用度は、CCC(トリプルシー)(重大な不安要素あり)。

 提督株はもとから底値安定していて、今さら暴落することもないが、問題はそこではなく……。

 

 後段の札が見通せない現状で誤札をやらかした以上、提督としては海域攻略を一度中止したいのだが、一部の艦娘たちが進撃続行を熱望している。

 

 具体的には、姉妹艦との邂逅が待ち遠しい、第四号海防艦(よつ)第三〇号海防艦(みと)、鵜来ちゃん、吹雪型駆逐艦娘たち、そして自らと同じ英国で建造された大先輩の朝日を探したい金剛。

 

 彼女たちが期待を込めた目でキラキラと見つめてくるのが、提督が鎮守府に居づらい理由。

 

 アメリカ潜水艦娘のサーモンが見つかった時の、アメリ艦や潜水艦娘たちの喜びも見ているだけに、早く希望をかなえてあげたいし、でも「史上最大の作戦」となるかもしれない後段の情報が出るのを待ちたいし……と、提督は悶々としていたが。

 

「それじゃあコップの口を広げていくよ。棒を転がしてコップを前後にコロコロ回転させるから、口穴に鉄箸を入れたらコップの動きに合わせながら、だんだんと鉄箸を開いて口を広げてみてね」

「はーい」

「や、やって……みます」

 

 楽しげにコップ作り体験に興じる娘たちを見て、提督も心を決めた。

 

 やっぱり新しい子たちを一刻も早くお迎えしたい!

 

 後段情報なんて待ってられるか、我慢できねーぜ、ひゃっはー!!

 

 

 ガラスは急激な温度変化に弱いので、完成した作品は、徐冷炉という温度管理ができる釜で、ゆっくり時間をかけて冷まさなければならない。

 

 涼波たちが作ったコップは明日取りにくると約束して、鎮守府へと戻った提督。

 

 工房で作ってもらった品々の中に、泡ガラスの綺麗な大皿があったので、夏らしい豚の冷しゃぶサラダで腹ごしらえすることにした。

 

 しっとりとした、美味しい豚しゃぶを作るには何点かコツがある。

 

 まず、豚肉は冷蔵庫から出したら、一枚一枚広げて塩をふり、常温に戻しておく。

手間はかかるが、これで仕上がりが大きく変わってくる。

 

 お湯には臭みとりに、日本酒、しょうが、青ネギを入れる。

 さらに砂糖を加えると、砂糖が豚肉のタンパク質が硬くなるのを防いでくれる。

 

 グツグツと煮たてると豚肉が硬くなってしまうので、お湯がフツフツするぐらいの弱火で。

 豚肉を広げて泳がすように茹でるのが大事。

 

 そして、茹で上がった豚肉は流水で冷やすと旨味が流れてしまう。

 ザルにあげてしばらく粗熱をとってから、冷蔵庫で10分ほど冷やす。

 

 

 提督が豚肉を茹でている間に、涼波たちもご飯を炊いて、サラダの準備をしてくれている。

 たっぷりのもやしに、トマト、レタス、しゃきしゃきの水菜、香り高い大葉。

 

「お姉ちゃん、タレはどうしようか?」

「藤波はネギダレがいいかなー。司令、浜ちん、どうかな?」

「提督、ゆで汁はもち捨ててないでしょ? すず特製の卵スープ作るからさ♪」

 

 食べようと思った瞬間、すぐに出来るレトルト食品は世の中にたくさんある。

 でも、多少の時間はかかっても、こうやってみんなで料理をして、ご飯を食べる時間は大切だと、提督は思っている。

 

 うん、そこに新たな家族を迎えるべく、これを食べたら海域攻略がんばろう。

 

「いただきます」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。