秋の期間限定海域は北欧のノルウェー沖、三段階からなる作戦だが……。
この鎮守府が、大規模作戦を積極的に進めないのはいつものこと。
とりあえず第一段階の作戦だけを終えて、様子見に回っている。
情報を集めてから後発で作戦を開始するのが、この鎮守府のやり方だ。
鎮守府庁舎の奥には、もとは漁協の漁師さん達の
すすけてはいるが掃除は行き届き、調理用具や食器類はよく整頓され、
テーブルでは提督が、ラーメンの汁やら油に汚れたキャンパスノートを広げ、ミミズがのたくったような金釘流の達筆で何事かを書き込んでいた。
「ジャービスはここで使うから、ジェーナスはこっち……マックスにはここで出てもらって……」
いつも恒例の札割り。
これこそが提督最大の仕事だが、正しい判断を下すには情報が欠かせない。
情報源は、先行して攻略している他の鎮守府。
「ここは高速艦隊じゃないとダメだっていうから、戦艦入れるならイタリアに行ってもらうかなぁ」
もらった情報を書き足しては、メンバー表を何度も書き換えているので、紙面はグチャグチャ。
提督以外にはほとんど判読不能になっている。
「ん、これ……なんて書いてあるんだろ?」
それどころか、何を書いたのか提督自身にも分からなくなっていたり。
「札割りは順調?」
廊下からキッチンをのぞき込みながら、浴衣姿の加賀が声をかけてきた。
入渠を終え、廊下の先にあるお風呂から出てきたのだ。
「うん、難しいけど何とか……かな?」
「そう」
加賀が、着替えをくるんでいるらしい
「私の未使用の艤装が一つ、倉庫にあるから。制空に困ったらどこでも使って」
それだけ言うと、背を向けて行ってしまった。
と、コンロに置いてある大きめのシチュー鍋から、電子的な音楽が流れてきた。
火にかけているわけでもないのに、鍋からは湯気が立ち上がっている。
提督は立ち上がると、鍋に近づいて沈めてあった耐熱ポリ袋を次々と取り出していく。
低温調理器~♪(ドラ〇もん風に)
鍋にセットした棒状の機械、低温調理器が設定した時間、一定の水温をずっとキープしてくれる。
焼いたり似たりするのに比べて、食材のタンパク質の凝固や肉汁の流出を最小限に抑えながら、じっくり調理できる優れもの。
調理時間こそ長めだが、設定後はほったらかしできるのも便利だ。
家庭用の低温調理器でも、シチュー鍋で3~4枚の胸肉をまとめて調理できる。
例えば今やっていたのは、鶏の胸肉を63℃の水温で1時間半。
普通に焼くとパサついてしまう鶏胸肉も、タンパク質の凝固が決定的になる70℃を超えずじっくり熱を加えることで、しっとりジューシーな柔らか肉に仕上がる。
鶏皮を除いた鶏胸肉に軽く塩を振り、臭みの原因になる余分な水分をキッチンペーパーでふきとる。
オリーブオイルを塗り込んでマジックソルトを軽く振り、ポリ袋に入れて空気を抜くように鍋に沈めておくだけ。
これだけでコンビニやスーパーで売っているものとは比べ物にならない、美味しいサラダチキンが完成する。
さらにマヨネーズと粒マスタード、オリーブオイル、ハチミツ、レモン汁を混ぜ、塩コショウで味を調えた絶品ソースを作る。
マヨネーズのさわやかなコクと、マスタードのピリッとした辛さ、それを支えるハチミツの甘みのトライアングル。
ハンバーガー用のバンズに、サニーレタス、レッドオニオンをしき、薄切りにしたサラダチキンを並べ、トマト、チーズをのせて。
たっぷりソースをかけたら、バンズで蓋をしてバーガーに。
ボリュームの割に、牛肉のハンバーガーなどのように脂ぎっていないので食感が軽く、それでいて旨味たっぷり。
サラダチキンバーガーの完成だ。
「My admiral, できたのかしら?」
午後の演習の旗艦を任せているウォースパイトがキッチンに顔を出す。
「うん、たくさん作ったよ。ラップで巻くから持ってってね」
「私も巻くの手伝うわね」
このサラダチキンバーガーは、演習に行く艦娘たちのオヤツ。
そして、演習で顔を合わせた他の鎮守府の艦娘に聞き込みをする時の、手土産品にするのだ。
「しれー! しれーっ!!!」
突然、けたたましく時津風がキッチンに飛び込んできた。
提督がどうしたのか問う間もなく……。
「裏山に熊が出たよーっ!」
田舎の鎮守府は色々と大変です。