日中は汗ばむほどだったのが、夕刻が近づくと急激に冷え込んできた。
それでも日は高く、辺りはまだ明るい。
夏が近い証拠。
空がまだ帰りたがっていない。
「作戦完了だよ。おつかれっ!」
「司令、佐渡様たちが燃料を持ってきてやったぜ!」
「なんとか無事に戻りました、はぅ……」
提督が埠頭でメバル釣りの竿を垂らしていると、皐月が海防艦たちを連れ、ブルネイ泊地沖哨戒の遠征から戻ってきた。
「ありがたや」
普段、
資源量をいちいち気にしていると、ぽんぽんが痛くなる。
だが、そんな無計画性だから、昨年の期間限定作戦では前段の掘りに夢中になりすぎ、三陸沖太平洋での最終決戦の最中に燃料が尽きてしまった。
毎日、遠征と伊勢クル、昭南クルに駆けずり回っては、日雇いの給料握りしめてパチ屋に駆け込むような出撃を繰り返すハメになった。
「今回は十分な資源を備えたいからね」
叢雲と霞の説教効果で、提督も心を入れ替えて備蓄に励んでいる。
なお、マヌケな提督はともかく、艦娘たちの名誉のために付け加えておくと……。
全海域を友軍到来前の甲攻略で抜けており、友軍がくるまで燃料を貯めながら待っていれば、最終海域突破も楽勝ではあったのですよ。
「ふぅん…、ふふふ」
「いひひっ、一匹も釣れてないじゃん!」
「あの、司令……対馬ちゃんと佐渡ちゃんが……ごめんなさい」
提督の釣りバケツを覗いた対馬と佐渡が笑い、それを松輪が謝ってくる。
「まだ
提督が取り繕うように言い訳する。
マズメとは、朝夕の日の出・日の入りによるプランクトンの活動変化をきっかけとして、魚の活性があがって餌に食いつきやすくなる時間帯だ。
と、ゆるやかにリールを巻き上げていた竿にアタリがきた。
「お、きたよ。そろそろ活性が上がって……」
「ふふっ、うふふ」
「なんだよ、オンギャじゃん」
釣れたのはこの地方ではオンギャとかジャッコ(
河口付近の海にも現れ、堤防釣りの外道として知られている。
ちなみにウグイの英語名は「ジャパニーズデイス」。
潜水艦娘「デイス」の名前の由来は、ウグイのコイ科ウグイ属と近い、コイ科キタノウグイ属に分類される魚のデイスだ。
「げっ、海防艦がウヨウヨいる」
提督が針を外したウグイを逃がそうとするのと同時に、そのデイスが埠頭付近の海面に浮上してきて嫌な顔をした。
伊201、伊41、まるゆ、
「みんな昭南航路おつかれさま。潜水艦たちが帰ってきたから、釣りは危ないね。今日はもうやめとこうか」
言い訳がましく竿をしまおうとする提督だが……。
「ふーん、釣れたのそれだけ?」
埠頭に上がったデイスが、釣りバケツと提督の手元のうぐいを見比べながら尋ねてきた。
「綺麗だね。なんて魚?」
鮮やかなオレンジ色の縞模様をまとったウグイに、デイスの目が留まる。
婚姻色と呼ばれる、春の産卵期特有の美しさだ。
提督の説明を聞くうち、デイスの顔にどんどん興味の色が広がっていく。
自分の名前の由来となったデイスと近種の魚と知り、明らかに食べてみたいと思っているようだ。
「オンギャって食えんの?」
空気を読まず、佐渡がストレートな質問をぶつけてくる。
「少し面倒だけど、ちゃんと下処理して適切な調理法を選べば、実は美味しい魚だよ(僕は食べたことないけど)」
目を泳がせながら、どこかで読んだ知識の受け売りで答える提督だが、デイスの顔はパッと明るくなった。
「野埼に頼めばやってくれるかな?」
名案だった。
史実の艦としてのデイスは、給料艦の野埼を撃沈しているが、艦娘となった今では仲良しになっている。
野埼ちゃんマジ天使。
「じゃあ、もっと釣ろうか。ウグイは群れで行動するから、まだたくさんいるはずだよ」
「ボクも手伝うよ。竿持ってくるね」
「佐渡様もな、いひひっ」
「あたいもやったるお」
オレンジ色に染まり始めた空の下、ウグイ釣り大会がスタートした。
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もとは漁協の事務所だった、無味乾燥な鉄筋コンクリート2階建ての鎮守府庁舎。
2階へと上がる階段の奥には、4人がけテーブルが2つ置かれキッチンがある。
ウグイを美味しく食べるには、釣った直後と調理前の下処理が大事。
釣れたらすぐにエラを切って血抜きをし、氷水でしっかり冷やすと臭みが激減するそうだ。
ウグイはぬめりが強いので、塩を振って揉み洗いし、ぬめりをしっかり落としてからウロコを取る。
お腹を割ったら、内臓だけでなく背骨のところに臭みのもとになる血合いがあるので、歯ブラシで綺麗に洗い流す。
ウグイの調理で大事なポイントは2つ。
コイ化特有の多くの小骨をいかに処理するか、いかに水分を飛ばして旨味を凝縮させるか。
「はい、野埼にお任せください!」
三枚におろしたウグイの身の皮目に、数ミリ間隔で細かく包丁の切れ目を入れる野埼。
煮切りした醤油と酒、おろし生姜のタレに20分ほど漬け込んで淡泊な身に味を補充。
片栗粉をしっかりまぶし、低温の油でじっくり揚げた後、最後に高温でカラッと二度揚げ。
じっくり揚げることで、小骨もサクサクになり、丸ごと食べられるようになる。
「できました、ウグイの唐揚げです」
まずはデイスから、と提督に促されて大皿に盛られた唐揚げへと、たどたどしい指使いで箸をのばすデイス。
熱々の唐揚げをかじると、サクッとした衣の下から、味の染みた身がフワッと崩れ出す。
「ん……これはビールやハイボールに合うやつ」
「あたいもいただくお。ん、ワインでもいけそう」
「あつっ、うふふっ」
「佐渡様はご飯が欲しいぜ」
みんなも次々と唐揚げをほおばり始める。
「夕飯が入らなくなったら間宮さんに怒られますから、食べ過ぎ飲み過ぎはダメですよ」
そう言いながらもお酒やご飯も用意してくれている野埼。
みんなでちょっぴりキラキラした夕暮れでした。