ある鎮守府のエンゲル係数   作:ねこまんま提督

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軽巡ム級と那珂のおやつサンド

 前回の期間限定海域(イベント)から5ヶ月もの時間が過ぎた。

 資源回復や戦力強化などやることはたくさんあるものの、鎮守府はすっかりチルモード。

 

 それは深海棲艦たちも同じらしい。

 色々な深海棲艦がちょくちょく遊びに来る。

 

 最近、提督が熱心に餌付けしていたム級も、ついに初めてお泊りしていた。

 

 初日は「よく来たね」と美味しいものを出され、那珂ちゃんとラ級姉妹のライブを楽しんでいたム級。

 夜には温泉に入り、鳳翔さんの居酒屋で豪勢な船盛(ふなもり)をご馳走になった。

 

 しかし、2日目の朝食の後、えんじ色のダサジャージを渡され、那珂ちゃんから無情(?)な宣告が下された。

 

「うちの鎮守府の家訓は『働かざる者食うべからず』だよ。今日はしっかり働いてもらうからね」

 

 麦わら帽子を被らされ、軍手をはめられて、きょとんとするム級。

 ラ級姉妹や駆逐棲姫は馴れたもので、すでにジャージに着替えて第四水雷戦隊に交じっている。

 

 ここの鎮守府では、お客様扱いは1泊2食まで。

 3食目も食うなら居候(いそうろう)として、労働力の提供が求められる。

 

「今日も1日、頑張りまっしょーう!」

「涼風の本気、見せたげるぅ!」

「ム級も早くするっぽい!」

 

 駆逐艦たちに囲まれ、鎮守府の畑へと連行されるム級だった。

 

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 鎮守府から裏山を挟んだ反対側には、広大な畑が広がる。

 

 まだ外の風は少し冷涼な5月。

 だが、ビニールハウスの中は汗ばむほどの陽気。

 鈴なりのキュウリから放たれる、むわっとした緑の匂い。

 

「太陽が昇ると、一気にサウナ状態になるからね」

 

 白露が慣れた手つきでサイドのビニールをクルクルと巻き上げると、ハウス内に涼しい風が通り抜けた。

 

「朝一番にハウスのビニールを巻き上げて換気をしないと、キュウリが蒸れて病気になっちゃうんだよ」

「いい風だね」

 

 時雨が気持ちよさそうに目を細めた。

 

 ハウス栽培のキュウリは、限られたスペースを活用するため、天井から吊るした紐やネットにツルを巻き付けて高く育てる。

 定置網の漁師さんからもらった古い漁網を仕立て直したネットに、ツルを巻き付ける「誘引」に、余計な脇芽を摘み取る「芽かき」という細かい手作業が毎日欠かせない。

 

「このツル、くるくるして可愛いっぽい!」

「もう、夕立姉さん、遊んでちゃダメですよ。こういう風に、ム級さんもやってみてください」

 

 夕立がツルを指に巻き付けて遊んでいる横で、春雨が誘引の仕方を教えてくれる。

 

 ム級は、ものすごく丁寧な手つきで、ツルをネットに絡ませる作業へ没頭し始めた。

 自分の艤装から伸びる管のような器官と似た、キュウリのツルの「くるくる感」に親近感を覚えたのかもしれない。

 

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「収穫もやってみようか?」

 

 キュウリのジャングルの奥から、ハサミを持った那珂がム級を手招きする。

 

 那珂の横まで行ったム級が、その株を見て戸惑った。

 収穫と言っても、まだ細い株に小さなキュウリが3本なっているだけだ。

 

「なり疲れって言って、若い株が弱るのを防ぐために、最初の方にできた実は小さめのサイズで早めに収穫するんだよ。まだ小ぶりだけど、味が詰まってて美味しいから期待して」

 

 那珂がハサミをム級に渡す。

 

「ほら、ハサミでここを切るんだよ。トゲが痛いから気をつけて」

 

 もぎたての新鮮なキュウリにはトゲがある。

 特にハウス栽培のものは風雨にさらされないため、このトゲが全く摩耗しておらず、チクチク痛いほどだ。

 

 軍手越しにキュウリを握るム級。

 想像以上の刺激に一瞬「ッ!?」と驚いて思わず手を離しそうになるム級だが、握り加減を調整して、那珂に指定されたツルと実をつないでいる部分をチョキンと切った。

 

「そのトゲが痛いのは、新鮮で美味しい証拠だよ」

 

 那珂が笑いながら、バケツに汲んだ井戸水で洗ってトゲを落としたキュウリをパキッと折り、ム級に手渡す。

 みずみずしい翡翠色の断面に、ム級の目が輝いた。

 

「食べてみて」

 

 青い匂いがじわりと立つキュウリをかじった。

 シャクリ……えぐみなく、みずみずしい爽やかな風味が口に広がる。

 汗をかいた体に、染みわたる涼感。

 

 そのム級の表情だけで、感想を聞くまでもなく、那珂は嬉しそうに笑った。

 

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 太陽が昇り、たっぷり汗を流した一同。

 ジャージを泥だらけにしながらも、バケツ一杯のキュウリを収穫してどこかドヤ顔のム級。

 しっかり働いて、お腹はペコペコ。

 

「みんな、よく働いたねっ。おやつにしよう♪」

 

 那珂の言葉に、駆逐艦たちとム級の心の尻尾がブンブンと激しく振られる。

 

 畑の物置小屋から出してきた、折り畳みの長テーブルで調理。

 井戸水で冷やした採れたてのキュウリを、萩風が小気味いい音を立てて刻んでいく。

 

 そのリズミカルな包丁の音の隣。

 タッパで持ってきていた、柔らかく茹で上げた鶏ささみを、野分が黙々と細かく割いている。

 

 ラ級β(ベータ)がこっそりささみをつまみ食いしようとして、ラ級(デルタ)に「メッ」と手を叩かれた。

 艦娘から笑い声が上がる。

 

「お待たせ~」

 

 いったん鎮守府に戻っていた村雨と五月雨が、自転車で焼きたてフカフカのコッペパンを運んできた。

 

 那珂はボウルで、からしとマヨネーズを合わせる。

 自家製のコッペパンを包丁で割り、からしマヨネーズを塗って。

 

「みんなが頑張って採ったキュウリ、たっぷり挟んじゃうからね」

 

 

 ささみキュウリのからしマヨサンド。

 

 フカフカのコッペパンとシャキシャキのキュウリ。

 絶妙な味付けのからしマヨの刺激と、しっとりしたささみのじんわりした滋味。

 

「おいしーっ!」

「からし効いてるっぽい!」

「パンふわふわ~!」

 

 美味しいの大合唱。

 ム級もサンドをガブッと攻める、マヨネーズのコクとささみの旨味に目を輝かせた。

 が、あとから迫る「からし」のツンとした刺激に、一瞬動きが止まる。

 

 でも、その刺激がクセになって、次の一口が止まらなくなる。

 コッペパンの素朴な甘みと合わさると、からしマヨの鼻に抜ける香りが一段と輝く。

 

「はい、お茶」

 

 那珂が、冷たい麦茶を紙コップで差し出してくれた。

 それを飲み、プハァーっと息を吐く。

 

 ラ級α(アルファ)が夕立の口元についたマヨネーズを拭いてあげるのを、駆逐棲姫と春雨が優しく見守っている。

 

「ム級ちゃん、今日も泊まってく?」

 

 那珂の問いにム級は、空になった紙コップをぎゅっと握りしめながら、小さく頷いた。

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