ある鎮守府のエンゲル係数   作:ねこまんま提督

261 / 261
海防戦艦と姫竹狩り

「今日は姫竹狩りに出撃だよ」

 

 普段は鎮守府から遠くに見る、高い高い山の麓の駐車場。

 ワー〇マンの青い高性能レインスーツに、ヘルメット、ゴーグル、グローブ、スパイク長靴、大きなバックパックには防災ラジオと熊避けの鈴を付けた、重装備の提督が宣言する。

 

 同じ格好で提督の前に並ぶのは、昨年の秋以降に着任した法王の海防戦艦娘ノルゲ、アイツヴォル、日本生まれタイ育ちの海防戦艦娘トンブリ。

 レインスーツは、彼女たちの艤装のカラーを考慮して選ばれている。

 

 また、海防戦艦たちの背中には祥鳳が竹皮で編んだ、大きな背負い籠(せおいかご)

 

 この地方の人間は、根曲がり竹(ネマガリダケ)のことを「姫竹」と呼ぶ。

 

 豪雪地帯の山間部や高原に群生し、細く、しなやかで、孟宗竹のような大きさはない。

 その若竹には山の雪解け水を吸い上げた、みずみずしい甘みと香りが詰まっている。

 

「しかし、我らに出撃と言っておいて山菜採りとはのう……平和なものだ」

「でも、竹藪は油断すると危険ですよ? タイでも山の竹藪には、熊やヘビがいますから」

「なるほど。それでこんな山岳猟兵のような兵装なのね。提督、警戒はわらわにお任せください」

 

 トンブリの言うように熊やヘビも怖いが、この姫竹狩りはもとから厄介だ。

 

 姫竹はただ地面から伸びている部分をポキッと折り取るだけ。

 だが、竹林でゆるゆる掘るような普通の竹の子堀りよりもずっと過酷だ。

 

 人の背丈ほどもある笹藪へ突っ込み、葉をかき分け、斜面を這いずり回りながら探し出す。

 山菜採りというより、半分は山との格闘である。

 

「なるほど。“狩り”という表現がぴったりの山だな」

 

 提督から説明を受けたノルゲたちの視線の先。

 朝靄(あさもや)の向こうには、まだ雪の名残を抱いた大きな山がそびえていた。

 

 丸みを帯びた稜線の上へ、ぽつりと突き出た岩峰。

 まるで古い貴人の烏帽子のような山容が、北国の6月の空気の中にたたずんでいる。

 

 山肌には濃いブナ林と竹林が広がる。

 そのさらに上には、残雪が王冠のように残っていた。

 

「うむ……いい山だ」

「フィヨルドの断崖とは違うけれど、この冷たい空気は少し懐かしいわ」

「タイの山とも違うけれど、私も懐かしい感じがします」

 

 ・

 ・

 ・

 

「ぬぅっ、前が見えぬ!」

「ノルウェーの森に比べれば、これくらいの茂み……ひゃあっ!」

「ノルゲさん、押しのけた枝を急に離したら、後ろの人が危ないですよ」

 

 生い茂る野生の竹藪に苦労しながら、匍匐前進のように山肌を登り、姫竹を狩っていく一行。

 

「ここに生えているぞ」

「よし、2本採れたわ」

「こちらも見つけました。提督、いらしてください」

「はーっ……はぁっ」

 

 みんなが順調に姫竹を採っていく中、普段から運動不足の提督は、すでに息が上がっている。

 

 濡れた苔と針葉樹の混じり合った香り。

 アイツヴォルが、木陰に残る一欠片の残雪にそっと指を触れた。

 夏の陽光にさらされながらも、頑なに冷たさを保つその結晶は、北国の長い冬の名残そのものだった。

 

「ノルウェーでもコケモモやキノコを採りに山や森へ入るが……あっ」

 

 ふと視界が開けた尾根筋で、ノルゲが足を止めた。

 その隣に並んだアイツヴォルも、深く息を吐き出す。

 

 目の前に広がるのは、奥羽山脈を包み込む六月の淡い青い(もや))。

 それはかつて彼女たちが守り抜こうとした、ノルウェーの峰々を流れる静謐な空気と似ていた。

 

 笹の葉が風にそよぐ、サワサワという音が潮騒のように響く中、二人はただ立ち尽くす。

 その静寂を破ったのは、トンブリが揺らした熊よけの鈴の、澄んだ音色だった。

 

「ここで休憩にしましょうか。提督も限界のようですし」

 

 屈託のない笑みを浮かべるトンブリの後ろでは、提督がゼーハーと喘ぎながら地面に座り込んでいた。

 

 ・

 ・

 ・

 

 みんなで籠いっぱいの姫竹を集め(提督は猫の手ほども役に立たなかった)、山の上の見晴らしの良い場所で、提督がバックパックで運んできた七輪とガスバーナーを囲んで料理会。

 こういう重たいものを背負ってきたから、提督は早々に体力が尽きたのだが⋯⋯。

 

「採れたての姫竹は、皮のまま焼くのが基本だね。熱々を剥いて、自家製の味噌をつけて食べるんだ」

 

 食事時になったら急に元気を取り戻した提督が、軍手で七輪の網の上の竹の子を転がす。

 

「このシャキシャキとした食感……」

「北の海の氷が砕けるような、心地よい響きだわ」

 

「スップ・ノーマイというタイ東北部の料理を真似て、秋田の“しょっつる”を使って作ってみました」

 

 トンブリがガスバーナーにかけた携帯フライパンで作ったのは、姫竹のピリ辛和え、スップ・ノーマイ風。

 本来は、茹でた竹の子をメンマのように細く裂き、唐辛子とナンプラーで和えたもの。

 ノーマイはタイ語で竹の子、スップは英語のスープからきた汁を指す言葉。

 

「うーん、これは⋯⋯独創的な味だね」

 

 想像したより斜め上で、かなり塩辛かった。

  

「同じ魚醤でもなかなか塩味の濃さが違って、分量の研究が要りますね。精進します」

「そうか? エキゾチックで美味しいと⋯⋯ぶふっ」

「⋯⋯うん、しょっぱい。あと舌がビリビリする」

 

 とはいえ、単品料理としてはともかく、細かく刻んでアルファ米のご飯に混ぜると、かなり美味しく食べられた。

 

 

 ノルゲとアイツヴォルが小鍋で作ったのは、竹の子のクリーム煮。

 

「ノルウェーでは根菜をホワイトソースで煮るのが定番」

「この竹の子の甘みなら、絶対に合うはず。さあ、召し上がれ」

 

 えぐみの少ない姫竹は、味噌汁に入れてもよく合う。

 クリームシチューにしても、それは同じだった。

 

「姫竹の旨味が溶け込んで、とても上品な味だね」

「みんなの故郷の味と姫竹がこんなに合うなんて、ちょっと不思議で、素敵ですね」

 

 

 食後、提督たちは七輪の炭を消し、ゆっくりと荷物をまとめ始めていた。

 山の上を吹き抜ける風は冷たく、汗ばんだ肌に心地よい。

 遠くでは、沢の流れる音がかすかに響いている。

 

「……静かだな」

 

 ノルゲがぽつりと呟く。

 戦場の砲声も、港の汽笛もない。

 あるのは風の音と、笹の葉が擦れ合う音だけ。

 

「この山、少しだけ故郷に似ているわ」

 

 アイツヴォルが空を見上げる。

 薄い雲の向こうを、初夏の陽光がゆっくり落ち始めている。

 

「タイの山はもっと暑いですけど……でも、こうやってみんなでご飯を食べるのは同じですね」

 

 トンブリが、焦げた竹皮をまとめながら笑う。

 

「また来ようか。今度は秋に、キノコでも採りに」

 

 提督がそう言うと、三人は小さく頷いた。

 

 

 その時。

 ガサガサッ、と笹藪の奥で何かが動いた。

 

「ぬっ、熊か?」

「ひゃあーっ、クマァっ!?」

 

 警戒するノルゲの声に、提督が反射的に悲鳴を上げて飛び退いた。

 アイツヴォルが庇うように提督の前へ出て、トンブリが熊鈴を強く鳴らす。

 

 だが、藪から顔を出したのは――。

 

 キョトンとこちらを見つめる、一頭の小鹿だった。

 

「…………」

 

 しばしの沈黙。

 

「提督……、今の悲鳴……完全に声が裏返っていましたよ?」

「く、くっ……」

 

 トンブリが肩を震わせ、ノルゲも提督の悲鳴を思い出したのか必死に笑いをこらえている。

 

「でも、提督が一番大きな声を出したので、熊避けとしては正解かもしれませんね」

 

 アイツヴォルの真面目な言葉に、みんなが吹き出した。

 

 山の緑の中に、笑い声が静かに広がっていく。

 

 5月の北国は、まだ少し雪の匂いがした。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

鎮守府島の喫茶店(作者:ある介)(原作:艦隊これくしょん)

主人公がやってる喫茶店に来た艦娘達や提督が、いろんな美味しいものを食べるだけのお話。大きな事件もないほのぼの日常系です。▼時折ラブコメ空間が発生する事もありますが、恋愛物やハーレム物にする予定は今のとこありません。▼艦これ×料理物ですが、主人公(店主)は一般人です▼艦娘轟沈・鬱展開はありません。▼独自解釈・設定有▼艦娘の性格はゲーム中のセリフなどから感じたま…


総合評価:5090/評価:8.47/連載:121話/更新日時:2018年12月31日(月) 23:00 小説情報

疑心暗鬼提督のブラック鎮守府再建(作者:ライadgj1248)(原作:艦隊これくしょん)

 ブラック鎮守府再建ものを書いてみたくなったので始めてみました。ただし明るい提督が艦娘の心に寄り添ってといった王道ではなく、思いっきり邪道を突き進んで行きたいと思います。▼―追記―▼ 砂糖増し増しのIfものを書いてしまいました。良ければ読んでみて下さい。▼https://syosetu.org/novel/243742/▼ このお話の外伝「厨二病提督の崩壊鎮…


総合評価:10122/評価:8.13/連載:240話/更新日時:2024年12月22日(日) 03:19 小説情報

鬼畜提督与作(作者:コングK)(原作:艦隊これくしょん)

この物語は某18禁ゲームメーカーエ○フ作の鬼畜ゲームをやりまくり、いづれは自分もそうなりたいと願った一人のおっさん提督の欲望と闘いの記録である。▼下ネタありのコメディ風小説です。▼新規艦多め。▼男塾要素あり。ご都合主義多数です。▼一部、二部共に人によっては胸糞要素があります。▼


総合評価:7761/評価:8.23/連載:129話/更新日時:2025年12月07日(日) 06:31 小説情報

二周目提督がハードモード鎮守府に着任しました(作者:ベリーナイスメル/靴下香)(原作:艦隊これくしょん)

モニタに吸い込まれる式異世界転移したら艦これ世界でした。▼ゲームと違ってハードモードな鎮守府で提督として頑張るお話。▼俺tueee系ハーレム物書こうとしたらカップ麺出来るまでに飽きたので少年漫画風味にしてみました。▼艦これ戦記小説()として頑張りたい、頑張りたくない?▼【挿絵表示】▼


総合評価:27422/評価:8.65/完結:114話/更新日時:2019年08月21日(水) 00:01 小説情報

艦これの進め方(作者:sognathus)(原作:艦隊これくしょん)

鎮守府を立て直していく話……になると思う。


総合評価:16442/評価:8.18/連載:60話/更新日時:2025年10月14日(火) 23:11 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>