「今日は姫竹狩りに出撃だよ」
普段は鎮守府から遠くに見る、高い高い山の麓の駐車場。
ワー〇マンの青い高性能レインスーツに、ヘルメット、ゴーグル、グローブ、スパイク長靴、大きなバックパックには防災ラジオと熊避けの鈴を付けた、重装備の提督が宣言する。
同じ格好で提督の前に並ぶのは、昨年の秋以降に着任した法王の海防戦艦娘ノルゲ、アイツヴォル、日本生まれタイ育ちの海防戦艦娘トンブリ。
レインスーツは、彼女たちの艤装のカラーを考慮して選ばれている。
また、海防戦艦たちの背中には祥鳳が竹皮で編んだ、大きな
この地方の人間は、
豪雪地帯の山間部や高原に群生し、細く、しなやかで、孟宗竹のような大きさはない。
その若竹には山の雪解け水を吸い上げた、みずみずしい甘みと香りが詰まっている。
「しかし、我らに出撃と言っておいて山菜採りとはのう……平和なものだ」
「でも、竹藪は油断すると危険ですよ? タイでも山の竹藪には、熊やヘビがいますから」
「なるほど。それでこんな山岳猟兵のような兵装なのね。提督、警戒はわらわにお任せください」
トンブリの言うように熊やヘビも怖いが、この姫竹狩りはもとから厄介だ。
姫竹はただ地面から伸びている部分をポキッと折り取るだけ。
だが、竹林でゆるゆる掘るような普通の竹の子堀りよりもずっと過酷だ。
人の背丈ほどもある笹藪へ突っ込み、葉をかき分け、斜面を這いずり回りながら探し出す。
山菜採りというより、半分は山との格闘である。
「なるほど。“狩り”という表現がぴったりの山だな」
提督から説明を受けたノルゲたちの視線の先。
丸みを帯びた稜線の上へ、ぽつりと突き出た岩峰。
まるで古い貴人の烏帽子のような山容が、北国の6月の空気の中にたたずんでいる。
山肌には濃いブナ林と竹林が広がる。
そのさらに上には、残雪が王冠のように残っていた。
「うむ……いい山だ」
「フィヨルドの断崖とは違うけれど、この冷たい空気は少し懐かしいわ」
「タイの山とも違うけれど、私も懐かしい感じがします」
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「ぬぅっ、前が見えぬ!」
「ノルウェーの森に比べれば、これくらいの茂み……ひゃあっ!」
「ノルゲさん、押しのけた枝を急に離したら、後ろの人が危ないですよ」
生い茂る野生の竹藪に苦労しながら、匍匐前進のように山肌を登り、姫竹を狩っていく一行。
「ここに生えているぞ」
「よし、2本採れたわ」
「こちらも見つけました。提督、いらしてください」
「はーっ……はぁっ」
みんなが順調に姫竹を採っていく中、普段から運動不足の提督は、すでに息が上がっている。
濡れた苔と針葉樹の混じり合った香り。
アイツヴォルが、木陰に残る一欠片の残雪にそっと指を触れた。
夏の陽光にさらされながらも、頑なに冷たさを保つその結晶は、北国の長い冬の名残そのものだった。
「ノルウェーでもコケモモやキノコを採りに山や森へ入るが……あっ」
ふと視界が開けた尾根筋で、ノルゲが足を止めた。
その隣に並んだアイツヴォルも、深く息を吐き出す。
目の前に広がるのは、奥羽山脈を包み込む六月の淡い青い
それはかつて彼女たちが守り抜こうとした、ノルウェーの峰々を流れる静謐な空気と似ていた。
笹の葉が風にそよぐ、サワサワという音が潮騒のように響く中、二人はただ立ち尽くす。
その静寂を破ったのは、トンブリが揺らした熊よけの鈴の、澄んだ音色だった。
「ここで休憩にしましょうか。提督も限界のようですし」
屈託のない笑みを浮かべるトンブリの後ろでは、提督がゼーハーと喘ぎながら地面に座り込んでいた。
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みんなで籠いっぱいの姫竹を集め(提督は猫の手ほども役に立たなかった)、山の上の見晴らしの良い場所で、提督がバックパックで運んできた七輪とガスバーナーを囲んで料理会。
こういう重たいものを背負ってきたから、提督は早々に体力が尽きたのだが⋯⋯。
「採れたての姫竹は、皮のまま焼くのが基本だね。熱々を剥いて、自家製の味噌をつけて食べるんだ」
食事時になったら急に元気を取り戻した提督が、軍手で七輪の網の上の竹の子を転がす。
「このシャキシャキとした食感……」
「北の海の氷が砕けるような、心地よい響きだわ」
「スップ・ノーマイというタイ東北部の料理を真似て、秋田の“しょっつる”を使って作ってみました」
トンブリがガスバーナーにかけた携帯フライパンで作ったのは、姫竹のピリ辛和え、スップ・ノーマイ風。
本来は、茹でた竹の子をメンマのように細く裂き、唐辛子とナンプラーで和えたもの。
ノーマイはタイ語で竹の子、スップは英語のスープからきた汁を指す言葉。
「うーん、これは⋯⋯独創的な味だね」
想像したより斜め上で、かなり塩辛かった。
「同じ魚醤でもなかなか塩味の濃さが違って、分量の研究が要りますね。精進します」
「そうか? エキゾチックで美味しいと⋯⋯ぶふっ」
「⋯⋯うん、しょっぱい。あと舌がビリビリする」
とはいえ、単品料理としてはともかく、細かく刻んでアルファ米のご飯に混ぜると、かなり美味しく食べられた。
ノルゲとアイツヴォルが小鍋で作ったのは、竹の子のクリーム煮。
「ノルウェーでは根菜をホワイトソースで煮るのが定番」
「この竹の子の甘みなら、絶対に合うはず。さあ、召し上がれ」
えぐみの少ない姫竹は、味噌汁に入れてもよく合う。
クリームシチューにしても、それは同じだった。
「姫竹の旨味が溶け込んで、とても上品な味だね」
「みんなの故郷の味と姫竹がこんなに合うなんて、ちょっと不思議で、素敵ですね」
食後、提督たちは七輪の炭を消し、ゆっくりと荷物をまとめ始めていた。
山の上を吹き抜ける風は冷たく、汗ばんだ肌に心地よい。
遠くでは、沢の流れる音がかすかに響いている。
「……静かだな」
ノルゲがぽつりと呟く。
戦場の砲声も、港の汽笛もない。
あるのは風の音と、笹の葉が擦れ合う音だけ。
「この山、少しだけ故郷に似ているわ」
アイツヴォルが空を見上げる。
薄い雲の向こうを、初夏の陽光がゆっくり落ち始めている。
「タイの山はもっと暑いですけど……でも、こうやってみんなでご飯を食べるのは同じですね」
トンブリが、焦げた竹皮をまとめながら笑う。
「また来ようか。今度は秋に、キノコでも採りに」
提督がそう言うと、三人は小さく頷いた。
その時。
ガサガサッ、と笹藪の奥で何かが動いた。
「ぬっ、熊か?」
「ひゃあーっ、クマァっ!?」
警戒するノルゲの声に、提督が反射的に悲鳴を上げて飛び退いた。
アイツヴォルが庇うように提督の前へ出て、トンブリが熊鈴を強く鳴らす。
だが、藪から顔を出したのは――。
キョトンとこちらを見つめる、一頭の小鹿だった。
「…………」
しばしの沈黙。
「提督……、今の悲鳴……完全に声が裏返っていましたよ?」
「く、くっ……」
トンブリが肩を震わせ、ノルゲも提督の悲鳴を思い出したのか必死に笑いをこらえている。
「でも、提督が一番大きな声を出したので、熊避けとしては正解かもしれませんね」
アイツヴォルの真面目な言葉に、みんなが吹き出した。
山の緑の中に、笑い声が静かに広がっていく。
5月の北国は、まだ少し雪の匂いがした。